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【最終章】溺愛攻防、ついに決着

40.あたしたち、もう無理なの?

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(まったく、とんでもない休日になってしまった)


 休日とは名ばかりで、実情は仕事に限りなく近い。
 とはいえ、これが勤務割振日だったら、こうしてクラルテのために動けなかっただろう。だから、プレヤさんには(一応)感謝しなければならない。いや、人の婚約者を囮に使うな、とは思うけれども……。


「ハルト!」


 けれど、クラルテたちとともに魔術師団に戻って数刻、一人の女性が俺のことを尋ねてきて、そんな気持ちはどこかに吹っ飛んでしまった。
 ブロンド髪の派手な女性――元婚約者であるロザリンデだ。


「なんの用だ?」

「助けて……ねえ助けてよ、ハルト! セオドアが――夫が放火で捕まったって連絡が来て」

「ああ」


 そういえば、ロザリンデの夫はザマスコッチだった。彼が捕まった以上、妻である彼女のもとに連絡が来るのは当然だろう。

 まあ、俺としてはザマスコッチがクラルテにちょっかいをかけてきたことのほうが重要、重大で、ロザリンデの存在すら忘れていたのだが。


「屋敷のなかに魔術師たちが……夫の部屋だけじゃなくあたしの部屋まで捜索されていて」

「まあ、そうだろうな」


 ザマスコッチのことは現行犯で捕まえたし、証拠もきちんと確保した。けれど、過去の事件については状況証拠しかないわけで、本格的な捜査はこれからということになる。家のどこに証拠があるかわからないので、ロザリンデの部屋やものにまで捜索が入るのは当然だ。


「なんで? どうしてそんなことに? ねえ、これからあたし、どうなっちゃうの? ドレスは? 化粧品は? お気に入りの宝石まで全部持っていくって言われて……」

「そんなことは知らん」


 なにが、どうして捜査に必要なのか知る由もなければ、俺にはまったく関係ない。どうでもいい、というと酷いかもしれないが、本気で興味がわかないのだ。


「ねえ、セオドアがいなくなったらあたし、どうしたらいいの?」

「知らん。俺に聞くな」

「俺に聞くな? あなたはあたしの元婚約者でしょう!? もっとあたしに親身になってくれてもいいじゃない! ねえ、あなたの屋敷にあたしを置いてよ! あたし、このままじゃ生活できなく……」

「そんなの、無理に決まってるじゃありませんか!」


 ロザリンデが振り返る。彼女の背後には、怒りに燃えたクラルテが立っていた。


「な……またあなたなの!?」

「そうですよ! ハルト様の現婚約者であるクラルテです」


 現婚約者の部分を強調して、クラルテがグッと胸を張る。ロザリンデは眉間にしわを寄せつつ、クラルテと俺とを交互に見た。


「わたくし、この間申し上げましたよね? 金輪際、ハルト様に近づかないでくださいって! ハルト様はわたくしの旦那様なんです! わたくしだけの大事な人なんです! ちょっかいかけないでください! 大体、自ら婚約を破棄したくせに、こんなときにハルト様を頼ろうだなんてありえません! おこがましいです!」


 クラルテは俺を抱きしめつつ、ロザリンデのことをにらみつける。


(クラルテは本当に負けず嫌いだなぁ……)


 ロザリンデとの勝負は完全についているのに。……というか、勝負にすらなっていない。俺は思わず苦笑した。


「だって……! だってだって、ハルト以外に頼れる人なんていないんですもの!」

「だからなんだ? 頼られたところで俺はお前のことなど知らないぞ」

「な……!」


 ロザリンデが口をあんぐり開ける。俺は大きくため息をついた。


「俺とお前にはもう、なんの関係もない。助けてやる義理もなければ、ほんの少しの情もない。お前がどうなったところで、なんとも感じないしどうでもいい。俺にとってはクラルテがすべてだ」

「そんな……!」


 わなわなと唇を震わせつつ、ロザリンデは床に膝をついた。

 ロザリンデはクラルテとは違い、自身の生活のすべてを夫であるザマスコッチに頼っていた。手に職もなければ、家事も自分ではまったくできない。収入もない上に浪費家だし、今ある資産は捜査の過程で没収されるだろう。正直、俺たちが助けなければどうなるかは目に見えている。それでも、彼女を気の毒とは思えない。自業自得だろう、としか。


「仕方がありませんね」


 けれど、クラルテはふぅとため息をつきつつ、ロザリンデの顔を覗き込んだ。


「ハルト様に謝ってください」

「……なんですって?」

「謝って。あなたが浮気をして、ハルト様を傷つけたこと。……反省して、きちんと謝ってくださったら、わたくしが今後の生活のお手伝いを少しだけして差し上げます。もちろん、ハルト様のことは絶対にお渡しできませんし、以降のことは知ったこっちゃありませんけどね」


 ああ、まったく……俺の婚約者はどうしてこんなにも愛しいのだろう。

 俺はクラルテのつむじに口づけつつ、彼女の手のひらをギュッと握る。クラルテは俺の顔を見つめつつ、そっと瞳を細めた。


「謝る? このあたしが? ……冗談じゃないわ。そんなの絶対に嫌よ。お断りだわ」

「でしたらそれで構いません。もう二度と、わたくしたちに関わらないでください」

「言われなくてもそうするわよ」


 ロザリンデはクラルテ、次いで俺を睨みつけてから悔しげに拳をギュッと握る。そうして踵を返してから数秒、もう一度こちらを振り返り、涙目で俺のことを見つめてきた。


「ねえハルト……あたしたち、本当にもう無理なの? その女がうるさいからなにも言えないだけで、あなただって本当は……」

「無理だよ」


 もう二度と、声も聞きたくないし顔も見たくない。……そんな俺の気持ちを読み取ったのだろう。ロザリンデは地団駄を踏みながら「もういい!」と駆け出したのだった。
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