花火と少女は空を舞う

紺青くじら

文字の大きさ
4 / 8

第三話 思い出

しおりを挟む
「五点」
 ハナのその言葉に、涼平は不満げな顔を浮かべる。今ハナが発した言葉は、涼平の服への点数だ。白いTシャツに、ジーパンをはいている。
「最高にださい」
「え、でも雑誌をちゃんと見て……!」
「お洒落な人が着れば最高にかっこいい。涼平が着たら最高にださい」
 その言葉にさすがに落ち込む。そう言うハナは母に買ってもらった白いワンピースだ。このワンピースと最初に出会った時に着ていた赤いワンピースがお気に入りらしく、ローテーションで着ている。
「ほら、上はコレ着て」
 ハナはそう言って、涼平のタンスから出した服を押し付ける。それは紺色のシャツだった。
「え? なんか微妙じゃない?」
「こっちだと三十点くらいになる」
「それでも低い気がするんですが」
 そうは言ってみたが、さっきよりは自分でも似合ってる気がしたので、素直にハナの意見に従うことにした。
 水族館には電車で行く。その為、神沢さんとは最寄りの駅で待ち合わせだ。待ち合わせの時間の五分前に着くと、彼女はすでに来ていた。今日は淡い黄色のブラウスに青いズボンを履いている。
「ごめん、待たせたかな」
 涼平がそう言うと、神沢さんは「ううん」と笑顔で首を横に振った。いつも見ているその笑顔が、場所が違うとまた一段と輝いて見える。涼平がそう思い固まってる中、ハナと神沢さんは券売機に向かっていく。
「S駅まで行けばいいんだよね」
「うん、そう」
 見ると、ハナは券売機を不思議そうに眺めている。
「ハナ、お前電車乗った事ないの?」
「うん、はじめて!」
 その言葉に少し驚く。なんとなく大人びているから、意外だった。
「じゃあ買ってみな。S駅までで、お前は子供料金だからこのボタン」
 そう言うと、ハナは恐る恐るボタンを押す。出て来た切符を見て、感嘆の表情を浮かべる。
「ハナちゃんかわいい」
 神沢さんのその言葉に、涼平も笑みを浮かべた。普段は生意気で仕方ないが、かわいいところもあるようだ。
 電車は三十分ほどだったが、その間もハナはずっと電車の外の街を見ていた。神沢さんとは、彼女が今読んでいる小説について話が盛り上がった。
「ついた!」
 目的の水族館に着くと、ハナは嬉しそうにそう叫んだ。平日だが、夏休みということもあって人はわりと多い。
「はしゃぐのはいいけど、はぐれるなよ」
「はーい」
 涼平にとってこの水族館に来るのは二回目だった。それはまだ小学生にあがったばかりくらいだったろうか。懐かしさと、覚えてない部分もあり小さく心が躍る。一階にある巨大水槽は、ここの目玉の一つだ。中にはたくさんの魚がいて、サメもいる。その光景に、ハナは感嘆の声をあげた。
「イルカショーが十三時からあるって」
 神沢さんがパンフレットを見ながらそう言うと、ハナが「見たい!」と挙手をした。時計を見ると、時刻は十一時少し前だった。
「少し早いけど、ご飯食べようか。十二時になると混みそうだし」
「そうだね」
 フードスペースには、既にちらほら人がいた。空いた机を見つけ、神沢さんに場所をとっててもらう。
「詩織さんオムライスがいいって!」
 いつのまにか詩織さん呼びになっているハナに軽い嫉妬を抱きつつ、涼平は頷いた。
「じゃあ俺はカレーで……ハナは何にする? お子様ライス?」
「子供扱いしないでもらえる?」
「でもオモチャついてくるよ」
 そう言ってメニュー表のお子様ランチを指さす。そこに載っているオモチャは、イルカの姿をしていてボタンを押すと鳴き声が出るものだ。
「俺が小さい頃来た時もこれついてたな」
「ペットしか話し相手がいなかった時代?」
「そうそう。……って、そんな時代ねぇよ」
 涼平の反論に、ハナは口で弧の字を描いて笑った。そうして「じゃあこれがいい」と告げる。メニュー表にあったとおり、イルカのオモチャがついてきた。ハナはそれを神沢さんに嬉しそうに見せる。その姿が幼い自分を見ているようで、どこか懐かしかった。
 イルカショーも、とても楽しかった。構成も工夫されていて、観客も拍手や口笛で参加できる場面もあり盛り上がった。
「楽しかった!」
 ハナがそう言うと、三人で笑った。そこにはついこの間まで見てるだけだった神沢さんもいる。不思議な気分だ。
「お姉ちゃんなに見てるの?」
 帰りの電車の中。ハナの質問に、神沢さんはハッとして振り向く。彼女が見ていたのは、地元の花火大会のチラシだった。二週間後、八月の終わり近くにあるお祭りだ。
「わー、花火大会! いいなぁ」
「ハナちゃん見た事ないんだっけ?」
「うん! すごいおっきな音がするんでしょ?」
「そうそう。最初は私もびっくりしたな。この花火大会はそんなに数は多くないんだけど、すごい綺麗なんだよ」
 神沢さんはハナに、花火についてとても楽しそうに話している。
「行かない?」
 涼平は、気づけばそう口にしていた。神沢さんは驚いたようにこちらを見ている。
「えっと、いやあの、今日みたいに三人で」
「いいね、行こう!」
 ハナが元気よく答えたのに対し、神沢さんは少し戸惑っているようだった。涼平が何か言うべきか悩んでいると、彼女は口を開いた。
「うん。いいね、行こう」
 その笑顔が可愛くて、涼平はもうさっきの一瞬の彼女の表情に感じた不安を忘れてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁

柴田はつみ
恋愛
王国の公爵令嬢セレーネは、家を守るために王太子レオニスとの政略結婚を命じられる。 婚約の儀の日、彼が告げた冷酷な一言——「心配するな。俺の好きな人は別にいる」。 その言葉はセレーネの心を深く傷つけ、王宮での新たな生活は噂と誤解に満ちていく。 好きな人が別にいるはずの彼が、なぜか自分にだけ独占欲を見せる。 嫉妬、疑念、陰謀が渦巻くなかで明らかになる「真実」。 契約から始まった婚約は、やがて運命を変える愛の物語へと変わっていく——。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

義母と義妹に虐げられていましたが、陰からじっくり復讐させていただきます〜おしとやか令嬢の裏の顔〜

有賀冬馬
ファンタジー
貴族の令嬢リディアは、父の再婚によりやってきた継母と義妹から、日々いじめと侮蔑を受けていた。 「あら、またそのみすぼらしいドレス? まるで使用人ね」 本当の母は早くに亡くなり、父も病死。残されたのは、冷たい屋敷と陰湿な支配。 けれど、リディアは泣き寝入りする女じゃなかった――。 おしとやかで無力な令嬢を演じながら、彼女はじわじわと仕返しを始める。 貴族社会の裏の裏。人の噂。人間関係。 「ふふ、気づいた時には遅いのよ」 優しげな仮面の下に、冷たい微笑みを宿すリディアの復讐劇が今、始まる。 ざまぁ×恋愛×ファンタジーの三拍子で贈る、スカッと復讐劇! 勧善懲悪が好きな方、読後感すっきりしたい方にオススメです!

処理中です...