花火と少女は空を舞う

紺青くじら

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第四話 亀裂

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 それから五日間。神沢さんの姿は図書館から消えた。姿を探しても見当たらず、知らずため息がこぼれる。ハナが「どうしたんだろうね」と呟いた。涼平はそれには何も答えられない。水族館に行ったのは、とても楽しかった。涼平はそう思っている。しかし神沢さんは違ったのか。もう関わりたくないと思ってしまったんだろうか。
しかしその次の日、図書館に神沢さんがいた。見つけた瞬間声をかけようとしたが、出しかけた声を止める。彼女は今日は一人ではなかったからだ。友達だろう。同い年ぐらいの女子と肩を並べて話をしている。
「早く来ないかなー」
「約束してるわけじゃないから、来ないかもしれないよ」
「え! そうなの、連絡しなよ」
「聞いてないもん……」
「もう、そういうとこ消極的だなぁ」
 なんの話をしているか、いまいち分からない。固まっていると、「なにやってんの、涼平」と後ろから声をかけられた。
「ハナ! びびらせるなよ」
「そっちが勝手に驚いたんでしょ。詩織さん、そこにいるよ」
「わ、分かってるよ。だけど」
「詩織、もうすぐ引っ越しちゃうんだよ。あと一週間もないんだよ」
 聞こえたその声に、涼平は一瞬思考が止まった。それは、神沢さんの友達が発した言葉だった。
「そうなったら、今みたいに会えなくなるんだから!」
「え、絵奈ちゃん。声大きい……」
 神沢さんはそう言いながら、周りを見渡した。そこで、彼女の視線が涼平たちで止まる。
「糸田君……ハナちゃん」
「や、やぁ」
 呼ばれた以上、知らん顔もできない。涼平は片手をあげて呼びかけに応えた。自分の声が裏返ってるのを感じる。
「お友達?」
「う、うん……」
「そうなんだ。こんにちはー。じゃあ、またね、神沢さん」
「あっ待って糸田君……!」
 俺は彼女のその声が聞こえない振りをして、足早にそこから離れた。
 心臓の音がうるさい。神沢さんの友達は言っていた。引っ越すまで、もう一週間もないって。でも、じゃあなんで。
『うん。いいね、行こう』
 なんであの時、何も言わなかったんだ。

「詩織さん。親の転勤が決まったんだって。最近来てなかったのは引っ越しの準備で忙しかったんだって。夏祭りは行けないみたい」
「そっか」
 今ここは、涼平の部屋だ。あの後涼平は、そのまま家に帰った。対してハナは神沢さんと話をしてきたようで、その内容を今は報告している。涼平はハナの言葉に短く答えると、宿題に視線を戻す。ハナは、自分の部屋に戻ろうとしない。
「図書館に来るのも、明日で最後になりそうって」
「そっか」
「もう会わない気?」
 ハナのその言葉に、涼平は視線を彼女に戻す。ハナは、どこか怒ってるようだった。
「うん」
「なんで? 明日行こうよ、一緒に」
「行かない」
 涼平の言葉に、ハナを目を丸くする。
「なんでよ」
「だって、迷惑だろ。最後の日くらいゆっくりしたいんじゃないかな」
「そんな事ないでしょ。なに勝手に距離おいてんのよ」
「彼女は、俺に何も言わなかった」
 涼平は気になっていた事を口にする。自分でも、小さいと思う。だがもう、止められなかった。
「挨拶しなくても、いい存在だったんだよ。所詮、図書館でたまに話すだけだったし」
「そんな言い方」
「だってそうだろ? 夏祭り行こうねって言った時も、彼女は何も言わなかった。そのまま、流す気だったんだよ」
 自分がどれだけ小さい事を言っているか分かっている。彼女は何も悪くない。彼女が親の転勤の為引っ越すのも、それを涼平たちに言わなかったのも、何も問題ない。
 ただ、悲しい。
 何故、何も言ってくれなかったのか。距離が近づいたと思っていたのは自分だけだと知って、恥ずかしくなった。
「見損なった」
 その声に顔をあげると、ハナと目が合った。彼女の瞳はとても冷たい色をしている。
「涼平は、もっと優しい奴だと思ってた」
 彼女はそう言うと、部屋を後にした。残された涼平は、ただ呆然と立ち尽くすしかない。
「……俺の何を知ってるんだよ……」
 次の日。涼平が朝起きるとハナの姿はなかった。図書館に行ったんだろう。母も出かけていて、家には誰もいない。食パンをトーストで焼く。いつもの朝だ。
 今日会わなかったら、神沢さんとはもう会えないだろう。それでもいいんじゃないかという気がしてきた。
 そこで、水色の何かがテーブルの上に置いてある事に気づいた。手に取り見ると、それは手紙だった。開いて見ると、綺麗で几帳面な文字が並べられていた。

 糸田くんへ
 突然の手紙すみません。
 ハナちゃんが届けてくれると言うので、お言葉に甘えることにしました。
 引っ越しのこと、黙っていてごめんなさい。夏祭りに行くのも、難しくなりました。でも、行きたいと思った気持ちは本当でした。
 糸田くんと、ずっと話がしてみたかったのも本当です。クラスは違うけど学校の図書室やこの図書館で見かける度、あの子も読書が好きなんだなぁってずっと思ってました。
 糸田くんが本を落とした時、仲よくなれるチャンスだと思いました。結局それはその時だけで精一杯だったんだけど。
 だからハナちゃんと仲良くなって、糸田くんとも仲良くなれて、たくさんお喋りできて楽しかったです。今年の夏休みはきっと一生の思い出になると思います。
 ありがとうございました。
              神沢詩織

「神沢さん!」
「糸田君」
 すっかりいつもの場所になった、図書館飲食スペースの赤いテーブル席。そこに、神沢さんとハナがいた。涼平の顔を見て、神沢さんは笑って、そうして今にも泣きそうな顔をした。
「来てくれたんだ」
 涼平は、小さく頷いた。そうして一通の手紙を差し出す。
「手紙、ありがとう。読んだ」
そう告げると、神沢さんは、「ありがとう」と呟いた。 
「本当、夏祭りごめんね。行きたかったんだけど……引っ越しの日が重なっちゃって」
 彼女はその後、言葉を噤んだ。何か言いかけようとして、にこりと微笑んだ。
「でもこうやって、また会えてすごい嬉しい」
 彼女はそう言うと、本を2冊取り出した。
「仲良くしてくれたお礼。何がいいかなって考えて、やっぱり本かなって」
それに俺は、困惑しながらもカバンから包みを取り出す。「俺も、これ、神沢さんに」振り絞ったその声は、裏返っていたかもしれない。だからか。神沢さんは表情を綻ばせた。
「嬉しい。有難う、糸田くん」
 やっぱり俺は、この笑顔が好きなんだと思う。神沢さんは、ハナにも本をプレゼントする。その姿を見ながら、言葉は自然と出た。
「夏祭り、行こうよ」
 思わず出たその言葉に、神沢さんは困惑の表情を浮かべた。
「今年じゃなくて、いつか! ここの夏祭りじゃなくても、どこかで! 絶対!」
 涼平は、自分の声が震えているのを感じた。神沢さんは目を丸くしている。やばい、失敗した。
「うん、行こう」
 その笑顔にホッとする。そうして神沢さんと、連絡先を交換した。もしかしたら、もう連絡はしないかもしれない。相手から返事が来ないかもしれない。それでもいい。
 今この時、彼女と笑い合えてよかった。
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