花火と少女は空を舞う

紺青くじら

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第二話 協力してあげる

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「だましたなっ!」
 上京し家を出た姉の部屋を借りることになったハナは、その部屋で荷物の片づけをしながら、憤る涼平を見上げた。
「だました?」
「お前、俺に秘密にしてただろ! それにさっきは覚えてないんだとか言ってたけど、会った事なかったんじゃねぇか」
「ははは、涼平面白かった」
「その呼び捨てやめろ、母さんの前では『お兄ちゃん♪』とか言いやがって。将来が恐ろしいわまったく」
 涼平はそうため息をつくが、ハナはまったく気にせずニコニコしている。
「涼平はさ、あの女の子の事が好きなの?」
 いきなりの質問に、涼平は面食らう。だが彼女はずいっと近づいてきた。
「かわいい子だったね。名前は、なんて言うの」
「なんでお前にそんな事」
「名前は」
「……神沢詩織さんだよ」
 涼平はそう言うと、自分の顔が真っ赤になったのが分かった。
「へー、好きになったキッカケは」
「べ、べつに……図書館でたまに見かけてて、かわいいなと思って」
「学校は違うの」
「一緒なんだけど、同じクラスにはなった事はないんだ」
「ふーん。それで?」
「そ、それで……俺が図書館で本を落としそうになった時、その子が拾ってくれたんだ」
「ほうほう」
「そ、それでお礼言ったら、すごい良い笑顔で『私もこの本好きです』って言ってくれて……ちょっと話できて……」
「ほうほうそれで」
「終わりだけど」
 そう言うと、ハナは明らかにつまらなそうな顔をした。
「それ以来、話はしてないの」
「ぜ、全然……たまにすれ違う時に、挨拶する事はあるけど」
 そこで深くため息をつかれる。
「って、なんでお前みたいなガキに教えないといけないんだよ!」
 涼平の顔はもう真っ赤で、今にも噴火しそうだ。怒りのままにドアを開け、部屋から出ようとする。だが、その体を後ろから何かに引っ張られ尻餅をついた。見ると、ハナの小さな手が涼平の服の袖をつかんでいた。彼女はまたニヤリと笑う。
「私が、貴方と詩織さんの仲をとりもってあげよう」
「……は?」
「お近づきになりたいんでしょ。私が、二人を仲良しにしてあげる。ちょうど暇だし」
「いやいやいや! 何言ってるんだよ! それただの迷惑。全然いらない」
「なんで?」
「なんでって……俺は、そんなんじゃないんだよ。つまんない人間だし、こんな奴から好かれてる事知っても、困るだけだろ。だからいいんだ。ただ遠くから、たまに眺められたらそれでいい」
 彼女が楽しそうに本を読んでいる。その姿を見てるだけで、十分だし幸せだ。ハナはそんな涼平に対し冷ややかな視線を向け、「きしょい」とだけ呟いた。どこで覚えたそんな言葉。
「いいんだよ!俺みたいな地味でいいところもない奴に、これ以上はないんだ。 分かったら、お前はぜってーついてくんなよ! いいな!」
「はーい」
 ハナはけだるそうに手をあげそう答える。少々不満ではあるが、これ以上話しても無駄だ。部屋を出て、自分の部屋に戻る。その日はなかなか寝付けなかった。変な子供に絡まれたと思ったら、親戚の子で。オマケに家にしばらく泊まるなんて。ハナは結局本名なのか。でも何か、腑に落ちない。ハナが名乗った時のあの感じ。彼女には本当は、他に名前があるんじゃないだろうか。
「涼平、おはよう」
 次の日の朝、パジャマ姿の寝ぼけた姿の涼平に母は笑顔でそう声をかけた。涼平はまだ眠い目をこすりながら「おはよう」と返す。
 朝食に食パンを焼く。スライスチーズを乗せようかと思ったが、なかった。今日はマーガリンにするか。トーストの前でそう考えていると、母に「ハナちゃんね」と話しかけられた。
「お母さんが遠くに行っちゃって寂しいの。仲良くしてあげてね」
「へいへい」
 涼平は焼けた食パンを皿にのせながら投げやりにそう答える。
「でもももう、すっかり仲良くなったみたいね。ハナちゃんからね、伝言。『図書館先行ってます』だって」
「……え」
 パンにマーガリンを塗る手をとめた。
「早く言ってよ母さん!」
 食パンを急いで口に含み、コーヒーを流し込む。のんきな「いってらっしゃーい」という母親の声が遠くで聞こえた。
「ハナ!」
 図書館の飲食ができるスペースの、窓側の赤い丸いテーブル。そこにハナは神沢さんと一緒に座っていた。ハナは涼平に気づくと、大きく手を振った。そんな彼女を、ジロリと睨み付ける。
「お前な、昨日の俺の話聞いてなかった?」
「聞いた。ついてくるなって言うから、先に来た」
 しれっとそう言われ、思わず言葉をなくす。そんな中、くすくすと控えめな笑い声が聞こえた。神沢さんだ。
「仲いいね」
「あっいや」
「糸田くん、でいいのかな」
「あ、はい。えと、あの」
「私はね、神沢詩織。何回か話した事あるよね」
「う、うん」
 爽やかな彼女に対し、涼平は全身汗だくだ。髪も起きたばっかりのボサボサそのままで、服も何も考えずに着て来たよれよれのさえないシャツの自分を思い出し、恥ずかしくなってきた。
「お姉ちゃんに宿題教えてもらってたの。涼平全然役に立たないから」
 ハナの言葉に、涼平はテーブルに視線を落とす。確かにそこには算数のドリルが置いてあった。
「なっ聞けば俺だって教えてやったよ!」
「じゃあこの問題解いて」
 指し示された問題は、兄が自転車で弟が徒歩で目的地に行く問題だった。小学生の時もこういう問題が苦手だった涼平は頭を抱える。そもそも何故こんな兄弟のプライベートを計算しなければならないのか。何故バラバラに出発したうえ、違う手段で行くのか。涼平が頭の中でそう迷走しているうちに、ハナは神沢さんに尋ねて教えてもらっていた。神沢さんは教えるのが非常に上手だった。声も優しくて、その姿はまるでシスターが邪悪なクソガキに聖書を教えているかのようだ。
「お姉ちゃんありがとーー! すごい分かりやすかった」
 結局すべての問題を神沢さんが教えてくれた形になってしまった。涼平は彼女に頭を下げる。
「本当ありがとう。ハナが迷惑かけてごめん」
「迷惑なんて。全然」
 神沢さんはそう言ってにこりと笑う。天使のようなその笑顔に、涼平は顔が真っ赤になるのを感じた。それを隠そうと視線をさまよわせ、近くの自動販売機を指さした。
「あ、ジュース飲まない? お礼におごるよ」
「え、悪いよ」
「いやいや」
「私アイスココア!」
「誰がお前にもやるって言った!?」
 涼平がそう言うと、神沢さんはまた楽しそうに笑った。その顔に見惚れていると、ハナはまたニヤリと笑った。
「かわいかったね」
 その日の帰り道、ハナは楽しそうにそう告げてきた。涼平は最初怒っただけに、バツが悪くて遠くを見る。
「お前のおかげで話せたなんて思ってないから」
「はいはい。じゃあ、明日来ちゃダメ?」
「いや……」
 彼女は最後、「またね」と言った。明らかに俺でなく、ハナに。悔しいが。
「明日は一緒に……来てほしい」
 ハナは「あいよ」と応えた。涼平は不思議で首を傾げる。
「なんでお前は、協力してくれるんだ?」
 そう言うと、彼女は一瞬寂しそうな顔をした。だがそれは一瞬で、次の瞬間にはまた下衆な笑みに戻っていた。
「暇だから」
 彼女はそう言って、それ以上何も言わなかった。
 それから、ハナの勉強を教えてもらうという名目のもと、神沢さんと涼平たち三人は図書館でよく集まるようになっていった。場所は最初に座った赤いテーブル席が定番となり、時には談笑をする。そうして、少しずつ仲良くなっていったある日。神沢さんは恥ずかしそうに告げて来た。
「実はね、前から糸田君と話してみたかったんだ」
 彼女が笑いながらそう言った時、涼平はこの世は天国かと勘違いしそうになった。
「前次何読むか考えてる時にね、糸田君が見てる本の表紙たまたま見ちゃって。面白そうだなと思って次見つけた時借りたの。そうしたら、すごい面白かった。いつもは現代小説ばかり読んでたから、すごい新鮮で」
 そこで涼平は驚いた。彼女は色んな作品を読んでいると思っていた。それがまさか、自分の影響を少しでも受けてたなんて。
「それ以来、時々次読むのに悩んだ時は参考にしてたの。ごめんね、ストーカーみたいだよね」
「い、いや」
「だからこうやって話せるようになってすごく嬉しい。ハナちゃんに感謝」
「えへへ」
 ハナはその言葉に得意げに笑った。二人の横で、涼平はどんな顔をしていいか分からなかった。にやついた顔になってる気がして、慌てて顔を隠す。
 そこでハナが涼平の背中をポンと叩いた。その行動の意味に、涼平はたじろぎながらも口を開く。
「あ、あのさ、今度一緒に、水族館に行かない?」
「水族館?」
「うん。母さんが会社で割引券もらってきてさ。三人まで大丈夫だから、良かったらと思って」
 そこまで言って、涼平は神沢さんの言葉を待った。彼女はにこやかに微笑んだ。
「いいね、行きたい」
「ほ、本当?」
 涼平は心の中で小さくガッツポーズをした。その隣で、ハナが小さく笑う。 
 かくして三人で水族館に行く事になった。
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