花火と少女は空を舞う

紺青くじら

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第一話 出会い

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 明るい日差しが降り注ぐ夏の日。中学二年生の夏休みを迎えた糸田涼平は、近くの公共図書館に通っていた。
 本が好きだから、夏休みの宿題をするため、と自分に言い訳しているが、本当の目的は別にある。
 二階の閲覧席。そこに、目的のその人はいた。ストレートの黒髪は、結ばずに下ろされている。この暑い夏にもそれは暑苦しく感じず、むしろ涼しささえ感じさせる。服は淡い水色のワンピースに薄い素材の白いカーディガン。読んでいるのはイギリス人作家原作の人気シリーズのファンタジ―小説だ。あの巻は真の悪役が明かされる重要な巻だ。だからだろう。彼女も熱心に読み込んでいる。そんな真剣な表情もああなんて。
「かわいいなぁ」
 その言葉に、涼平は後ろを振り返った。そこには、小学生に上がったばかりくらいの小さな女の子がいた。赤毛の髪に、大きな丸い瞳。服は赤色のワンピース。幼さはあるものの、目鼻立ちがはっきりしている。彼女はその人形のようにかわいい顔をにやりと歪ませ告げた。
「鼻の下、伸びてたよ」
 言われ、涼平は自分の顔を思わず手で隠す。対して女の子は楽しそうに笑う。
「へーー。ああいう人が好きなんだ」
「あ、あの」
 涼平は状況についていけなかった。悩んだ末当たり障りのなさそうな言葉を選び口にする。
「あ、あのさ、図書館は静かにしないと駄目なんだよ」
 精一杯の優しい声色で、にこやかな笑顔でそう告げた。だが、彼女の気には召さなかったようで、口をへの字に曲げる。
「ふーん。女の子凝視してたような怪しい人がそういう事言うんだ」
 言われた言葉に、涼平は思わずギョッとする。周りの学生や大人がクスクス笑いこちらを見てくる。幸い黒髪のあの子は小説に夢中なのか、まったく関心がない。
「なんなんだよ、初対面でいきなり。失礼だろ」
 涼平がそう言うと、女の子は黙った。居たたまれなくなり帰ろうと席を立つと、彼女はいきなり泣き出した。
 何が何だか分からない。見ると、神沢さんも読書から顔をあげこちらを見ていた。まずい。またいらない事言われたら。
「お、覚えてる覚えてる! 懐かしいな! ここの隣にあるさ、カフェ入った事ある? すごい美味しいんだよ! いこういこう!」
 涼平はそう言って、泣いている少女の手を取り図書館をあとにした。
「いっただっきまーす!」
 なんでこうなった。
 涼平は、目の前のたくさんのケーキを見ながらため息をついた。ショートケーキにモンブラン、期間限定の抹茶ケーキまで並べられたテーブル。涼平は思わず財布の残金と伝票を見比べる。なんとか払えそうだ。帰りに本を買って帰る予定だったが、今日は無理だ。知らず深いため息が出る。対して目の前の少女は、楽しそうにショートケーキをつまむ。
「おい」
「なに?」
 少女はケーキをもぐもぐ食べながらそう返す。涼平は怒りをこらえながら、努めて冷静に尋ねる。
「どういうつもりだ。大人をからかって」
「中学生はどちらかと言うとまだ子供なんじゃない?」
 彼女はそう言って、ポットを持ちティーカップに紅茶のお代わりを入れる。紅茶などをこんなお洒落な店で頼んだ事がない涼平は、ポットがついて来た事にまず驚いた。そのポットから注がれる紅茶を、思わず眺める。だがハッと気づき、慌てて指摘する。
「少なくともお前よりは年上だろうが。いいか、今回は俺が善良な人間だったからよかったんだ。大人にこんな風にたかると大変な事になるぞ」
「自分で言う? というか、そもそも涼平にしかこんな事しないし」
「なんで俺限定……ん? ちょっと待て、なんで俺の名前知ってるんだ」
 少女は涼平の顔をちらっと見た後、ケーキに視線を戻す。
「お前、本当に俺に会った事あるのか」
「……まぁ気づくわけないか……」
「へ?」
「思い出せない? 実は私、涼平の運命の相手なの」
 少女の言葉に、思わず硬直する。それを見て、少女はつまらなそうに告げた。
「馬鹿ね。冗談よ、冗談」
 その言葉に、涼平は脱力する。最近の子供は皆こうなのだろうか。なんだか自分がおじいさんになった気分だ。
「お前、名前なんて言うの」
「私? そうだね、うーん。ハナって言うの」
 引っかかる言い方だ。適当に嘘をついたのか。だがまぁいい。どうせもう会う事もないだろう。
「分かった、じゃあ俺はここの会計済ませとくから。お前はゆっくりケーキ食べとけ」
「涼平もケーキ食べたらいいじゃん。こんなにいっぱい一人じゃ食べられないし」
「なら頼むなよ! 俺のお小遣いそんな多くないんだからな?」
「はい、チョコケーキ。好きでしょ」
 そう言ってハナはまだ食べてないチョコレートケーキを差し出す。なんで知ってるんだ。子供の時は確かに良く食べていたが、今はめったに食べないのに。
「ね?」
 ハナはにっこり笑った。その顔はまるで無邪気で、涼平は不覚にも頷いてしまった。
 結局二人でケーキを食べ終えた。涼しいカフェから外に出ると、夏の暑さを一気に感じた。
「じゃあな。もうこんな事するなよ」
 そう言って涼平は家に向かって歩き出す。彼女はそれ以上、何も言って来なかった。結局なんだったんだろう。不思議な子供だった。

「ただいま」
 家の玄関で靴を脱ぎながら、母がいるであろうリビングに向け、そう声をかけた。思ったとおり、母がひょこっと顔を出す。
「おかえりなさい。あら、ハナちゃん。涼平と一緒だったの」
「うん。偶然会ったの」
 その言葉に、涼平は目を丸くする。見ると、背後に先ほど別れたはずの少女がいた。
全然気配を感じなかった。それに、母は今彼女の事を名前で呼ばなかったか。
「か、母さん。知り合い?」
「あら、涼平には言ってなかったかしら。ほら、たえおばさんの娘さんよ」
 たえおばさん。名前は聞いた事ある。だが、どんな人だったかは記憶にない。恐らく遠い親戚だ。
「おばさん、海外出張に行かないといけなくなったのよ。その間だけ、うちで預かる事になったの」
 俺は、その言葉に目を丸くする。ハナはこちらに微笑んで、天使のような笑みで挨拶した。
「よろしくね、涼平お兄ちゃん」
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