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第一章 後宮の中でも外でも事件だらけ

南に縁がある人ばかり

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 立悠との話で侍女がつけていた翡翠の腕輪が最高級品だということがわかり、寿樹は彼女がそれをつけていた理由を考えていると、庭に座っていた彼女の肩を叩く存在がやってくる。

「やあ、寿樹。どうしたんだい?」

 こんなに気さくに話しかけてきたのは信じがたいが、この国で2番目の地位が高い高貴な方だ。皇太子明悠、その人である。寿樹はもちろん目線を合わせようとする彼から避けるように顔を俯かせて宮女らしく最上の礼を取る。

「そんなに身構えなくていいのに。君は私の妃を助けてくれたんだから。」

 いじけたように明悠は言う。その言葉に寿樹は反応してしまい、思わず顔をあげてしまう。それに、にんまりと笑うのは彼だ。

「君のおかげで彼女は健康だよ。陳医官が言うにはもう心配ないそうだ。君が助けてくれなかったらもっと大変なことになっていた。ありがとう。」

 明悠は感謝の言葉とともに頭を下げるので、寿樹はそれよりさらに深く頭を垂れる。将来国を背負う彼がこんなに簡単に頭を下げると寿樹のような下っ端はどんな態度を取ればいいかわからない。彼が今連れているのは1人の宦官のような男性で、曰く付きの宮殿にあまり近寄りたがらないためか、ほとんど人がこの場所を訪れることはないのでまだ寿樹は運がよかった。
 ここを去った美人の時が異常だっただけだ。

 彼は今にもため息を吐きそうな顔をしている。彼に助け船をお願いしようと、寿樹はチラチラとその男性を見ると、彼も見かねていたのか明悠に話しかける。

「明悠様、そのような態度は下の者たちを困惑させるだけだといつも言っているではありませんか。彼女が妃を助けるのは当然のことであり、彼女が自分の役割を果たしただけです。」

 その強い口調の男性に明悠は悲し気な視線を送る。ただ、その表情や態度は芝居がかっているように見える。

「お前は冷たいな、藤。お前がそうして硬い態度をとるから、乳母兄弟の私が柔らかくなったんだよ。ほら、柔は剛を制すというだろう。ちょうどバランスを取らないと何もうまくはいかない。」
「それはただの屁理屈です。それより、早く用件を言ってください。彼女も仕事がありますし、あなたの予定も詰まっております。」
「わかったよ。」

 藤という宦官にしては肩幅のある男性に急かされ、明悠は肩をすくめてしょうがないというような態度を見せて寿樹を見る。

「実は、君に会いに来たのはその時のお礼をしていなかったと思ったんだ。だから、お礼をしようと思ってね。本当はもっと早くにそうするつもりだったんだけど、時間が取れなくて悪かったなと思っているんだ。」

 どうやら悪い話ではないと寿樹は安堵する。

「それでお礼なんだけど、君の配置転換はどうかなと思ってね。給金も増えるし、上の人とつながりを持つこともできる。君には医術の知識があるから女性の医官付き女官が合っているんじゃないかと・・・」
「ストップ!!」

 だんだん雲行きが怪しくなっていくので思わず寿樹は彼らの知らない言葉で失礼すぎる態度で静止をかけてしまう。彼らは驚いており固まっている。

「いや、待ってください。私はそんなことを望んでいません。私はこの宮殿の管理だけで十分ですよ。給金が増えるのは嬉しいですけど、そう言うことになると、色んな外部からのやっかみとか受けることになりそうですし。とにかく、注目を集めるのはごめんです。」

 ハア、ハア

 あまりに強く言ったことで、興奮したのか息が乱れる。
 寿樹は何とか呼吸を整えて正気を取り戻す。その時間があったことで明悠も藤も我に返る。

「そうか。本当に嫌なんだね。じゃあ、お礼は何がいいかな?」
「お礼はいりません。あまりほしいものはないので。強いて言うなら。」

 寿樹が続けようとしたところで

「やっぱりここに居たか。」

 と声が入る。立悠が寿樹を訪ねてきたようで、明悠が来ることは知らなかったらしく目を見開くがすぐにニヤリと笑う。このいわくつきの宮殿にも立悠が毎日のように訪ねてくるのはいつものことだが、先ほど話したのに来る彼に寿樹は驚く。
 立悠は宦官としての礼を取りつつ、寿樹をかばうように間に入る。立悠に対して藤は目上の人に対するように礼をとる。

「皇太子殿下、何用でしょうか?」
「やあ、立悠。別に大した用ではないよ。ただ、妃を助けてもらったからどうしても礼をしたかっただけだよ。」
「そうですか。それは有難いことでございますが、彼女は一般の宮女。後宮で上の方を助けるのは当然のこと。そう気にすることもありません。」
「全く。君は藤と同じことを言うね。私の周囲には頭が固い者たちばかりだ。」
「あなた様が大雑把だからではありませんか?」
「そうかもしれないけど、だからこそバランスが取れているんだよ。」

 先ほどの同じようなやり取りの応酬がされる。
 立悠の嫌味も明悠にとってはいつも通りなのか彼は嫌な顔はしないどころか自然体で楽しんで笑う。
 揃った2人を見れば、違うところを探す方が難しい顔を並べられ寿樹は下げた頭の下で笑みを浮かべる。

「さあ、長居をしてしまったな。寿樹、もし私の力が必要になった時は言うといい。そう難しいことでなければ私が対処しよう。それぐらい私は君に恩を感じているんだから。」
「ありがとうございます。」

 内心首をかしげながらお礼を言い、明悠と藤を見送る。

「お前、目をつけられたな。や・・皇太子は目をかけた者に対してはとてもしゅ・・情をかけるから気をつけろ。」

 振り返った立悠は寿樹を苦笑して憐れむように言う。
 本来なら権力者との縁つなぎは願ってもいないことだと思うところだが、彼は寿樹がそんなことを望んでいないと知っているために注意をする。

「まあ、そうですね。でも、普段は関わりがないですから。それで、立悠さんはまたどうしてここに?」
「祥元について調べた。」

 さっきの今でもう?と首をかしげつつも早く結果を知りたいので気にしないことにする。
 
 寿樹はすぐに庭の用具を片付けて出かける準備をする。

 しかし、出かける必要はないようで立悠が寿樹をそのまま宮殿の奥の部屋、本来は宮殿の主となる妃の生活する場所、に押し込む。急な出来事に寿樹は目を白黒させているが、立悠は慣れた手つきで卓上にどこから出したのかすでに中身が入った急須、お茶菓子を出して準備をする。

「そっちに座れ。」

 と短く命令して、彼はさっさと卓を挟んだ向かいに座る。

「これは一体どういったことですか?」
「ここで話した方がいい。向こうは厄介な人の目があるからな。」

 寿樹がおずおずと示された方の席に座りつつ尋ねると、立悠はどこか居心地悪そうにプイッと外が見える窓の方に視線を向けて小声でつぶやく。その人が誰なのかは寿樹にも少しだけ予想がつく。

 (確かにあの人が一緒なのはあのお茶飲み会だけにしてほしい)

 寿樹は知らぬふりをして立悠が話し始めるのを待ちつつ、お茶菓子を口にする。
 庶民は饅頭を口にするが、それは贅沢な環の国の一番の都の庶民だからできることだ。主食がお米で1日2食、それもおかずにお肉や魚を食べれれば辺境から出てきた寿樹には贅沢だ。特に饅頭は贅沢な品の1つであり、その理由は卵、小麦、小豆といった生産がほとんどない高価なものばかりで構成されているからだ。後宮では、それが毎日おやつとして出るほどに身近な食べ物だが、都以外の庶民からしたらお金を稼げたらお腹いっぱい食べたい食べ物だろう。
 そんな中、立悠が用意したのは饅頭ではなく面包だ。それは最近作られた小麦と牛乳、卵、砂糖で作られた生地の中にたくさんの砂糖と一緒に煮詰めた果物を包んだものだ。流行になりつつあるらしいが、食べることができるのは皇帝と皇太子といった皇族のみだ。
 それを知っているのだが、寿樹は気づかないふりをしてその最高級の贅沢なおやつを食べる。

「おいしいか?」

 立悠が尋ねるので、寿樹は首がちぎれるかと思うほどに激しく首を上下させる。それを見た彼は楽しそうに笑う。

「それで、本題だが、結果的に言うと祥元の所在はまだ確認中だが、今回南の領主が持ってくる品は祥元の品ではないことが分かった。まあ、これは向こうから今日皇帝宛に連絡が来たんだ。まだ、皇帝は発表していないが、行事の前に早めに来る領主と話して今後のことを決めるんだろう。」
「そうですか。祥元さんが無事だといいんですけど。才能がある人はそれを作れない時期だってあるでしょうし。」
「そうだな。それはいいとして、問題はその祥元の代わりに持ってきた同じく翡翠の品3つを作った作成者の方だ。」
「何かあったんですか?」

 疲れたように言う立悠に嫌な予感がしながらも寿樹は先を促す。彼がこんな様子の時はたいてい本当に困ったことが起きている時だ。

「その作成者は翡翠細工師として名が登録されていない無名の人だ。そして、お前が言っていた宮女梅・家名は能だが、その女性の弟だった。彼はまだ13才だ。ちなみに、祥元が最初の品を作った時は14歳で最年少だったからそれを超える形になる。それで皇帝は対応を考えている。それが本当ならな。」

 最後のは嫌味かどうかわからないが、八つ当たりのような不機嫌な声だったので彼の本心だろう。
 確かに、高等技術であり一子相伝のような師という人からしか教われない技術の翡翠細工師にそんなに簡単になれないことは寿樹でもわかる。

「しかし、梅さんのお家は確か中央貴族との太いパイプがあるのでは?それなら、彼らの援助があれば早い時期から修行には行けるのではないですか?」
「それはどうだろうな。」

 寿樹の考えにあまり賛成しない立悠。それどころか、少しばかり嘲り混じりの顔をする。

「翡翠細工師は簡単に言えば、翡翠という宝石に囚われてた人であり、それを細工することが自分の価値だと思っている。彼らはあまり人に教えることが得意ではなく、祥元も皇帝から言葉をもらうが、その間も1言でも話せればいい方だ。翡翠の細工以外には無頓着で、それには一生の熱を人生をささげていると言ってもいい。だから、彼らの作品には人が魅了されると思う。そんな人が貴族から推薦があったからと、簡単に何かを教えるか?」
「確かにそうですね。翡翠は向こうの方が飛びつくような品ですし。」
「それも祥元や名のしれた細工師なら。それに、翡翠だって南の地でしか取れないものだ。その産地を脅かすことは彼らにはできない。」
「なるほど。人脈が使えないし自分の袖の中も使えない、と言うわけですね。」
「うまいこと言うな。そう言うことだ。」
「それで、その弟さんのことは調べたんですか?」
「少しだけな。宮女とは4歳違いで母親が違う。宮女の母親は没落貴族の娘だったらしいが、早くに亡くなり弟の母親と彼女の父親が結婚した。つまり、外に女性を囲っていたんだ。宮女の母親の喪が明けないうちに結婚したらしい。それから、弟は結婚してすぐにできた子供であり、その囲っていたのは南の領地出身で色町で働いていた女性だ。結構売れっ子だったようで見受け話は中央貴族から飛ぶように来たらしい。」

 また”南”、と寿樹は思う。
 侍女も南の領地に縁があり、宮女も同じ。彼女たちにとって南の領地というより翡翠の細工はどんなものなのか、寿樹は気になってくる。

「ところで、母親は南の領地では働き口がなかったんですか?」
「いや、そうではないだろう。ただ、彼女は南の領地でも山の方だったから、女性としては重労働か体かだったんじゃないか?まあ、都に来ても同じだったかもしれない。」

 立悠は淡々と言うが、寿樹はそれを痛いほどに経験している。
 この国は豊かだとは言っても男女では大きな認識の違いがある。男には勉強の機会があるが、女には贅沢を覚えさせて美しくあるようにさせる。女は成人したら結婚させ家事が待っており、男は仕事で地位を得る。根本的に男女で求められているものが異なるのだ。だからこそ、寿樹は珍しく映るのだろう。女性でありながら文字の読み書きができ、知識があるから。彼女にとっては彼らよりを生きているから当然なのだが。

「彼女のことが気になるのか?」

 立悠が黙ってしまった寿樹を気にする。

「いいえ、特には。南の領主の言葉が真実かどうかではなく、祥元さんと翡翠のつながりがありますが、梅さんと祥元さん、もしくは翡翠のつながりは薄いな、と思っていただけですよ。」
「宮女の弟が祥元を差し置いて品を作り代表に選ばれたからではだめなのか?」

 立悠の流れも悪くはないのだが、それにしては、侍女のあたり方に納得がいかないので寿樹はうーんと頭を抱える

「頭が痛くなってきました。」
「急すぎないか?」

 立悠は頭を抱える寿樹に呆れる。そうして、そっとお茶を注いでやる。
 それから、ふと彼は窓から見える庭を見て寿樹に声をかける。

「散歩でもするか?」
「いえ、掃除をします。」

 寿樹は立悠の誘いをあっさりと断り、廊下と部屋の掃除を始める。考えをまとめるのは別のことに集中して考えないことが一番なのだ。
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