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第一章 後宮の中でも外でも事件だらけ

奥方の病気

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 寿樹は明悠の元に向かうと、彼女の少し焦った顔で彼はすぐに藤以外を下がらせる。

「何があったんだい?寿樹。もう例の面談は終わったのかな。」
「殿下に頼みがあります。」
「頼み?」

 寿樹は彼の質問に答えることなく自分のことを優先する。ここまで急いている彼女に明悠は驚いている。

「私を玄純様の都の屋敷に行かせてはくれませんか?もしくは、彼の領地の屋敷。」
「どういうことかな?」
「彼の奥様に会わなければなりません。一刻も早く。」
「彼の奥方はそういえば都に来たが体調を崩したと言っていたな。それで、玄純は宴を途中で抜けて都の屋敷に戻っていた。」

 寿樹は明悠の話に安堵する。
 北の領地まで行くとなれば、馬で急いでも10日以上かかる。それでは間に合わない可能性が高い。

「それなら、その屋敷まで私と陳医官を行かせてはいただけませんか?」
「それは無理な話だ。」

 ここで動いたのは立悠だ。彼は寿樹の前に立ち明悠との間を塞いだ。

「お前は後宮の人間。そう簡単に出られるわけがない。」
「宮女なら出る許可は下りるはずです。」
「それは誰が許可をすると思う?」
「宮女長の柳さんです。」
「どんな理由で許可をもらう気だ?というか、なぜ以前俺と出ようとしたとき許可が取り消されたと思う?」

 彼に言われてやっと頭がすっきりする。
 柳が許可を取り消した際、少し申し訳なさそうにしていた。その理由は分からなかったが彼に言われて少しだけ感じた気がする。

「まさか、誰かから何か言われた?」
「そう言うことだ。」

 立悠が言おうとしていることは寿樹も何となくわかるが、その理由が全く思い当たらない。なぜなら、下級宮女であり何の後ろ盾もなく辺境出身者など見向きもされない存在のはずだ。それなのに、柳さんにそんなことが言えるのは後宮の妃から上と皇帝と皇太子ぐらいのものだろう。思わず、寿樹は明悠を見るも彼はフリフリと首を左右に振る。

「私ではないよ。それと、立悠、お前は興奮しすぎて話しすぎだよ。ちょっとは冷静になりなさい。寿樹につられてどうするの?それと、寿樹の願いは叶えられないかな。よっぽどの理由があれば別だけど。」

 明悠が笑みを浮かべて寿樹を見ている。
 彼女はふうっと息を吐いて彼を正面から見る。

「明悠様、本日玄純様との顔合わせにより、彼が過ちを犯した理由は彼の奥様にありました。」
「彼の妻はとても気遣いができて彼の為に家をまとめている素晴らしい女性だと聞いているよ。」
「ええ、ただ、彼女は大病を患っております。」
「大病?風邪だと聞いていたけれど。」
 
 明悠は知らない情報に目を丸くする。

「はい、今は軽い風邪の症状のようです。大病は治ったと言っておりますが、それを救った医師というのが怪しいのです。皇太后が彼にこう申したそうです。”そなたの妻を治すことができる。その代わり、頼まれたほしい”と。」

 寿樹は玄純から聞いた言葉を一言一句違えずにこの場にいる3人に伝える。すると、全員が肩を落とし明悠は頭を抱える。

「好機ととらえるべきか、それとも不利ととらえるべきか。」

 と呟いたのは明悠であり、悩ましい問題に直面しているようだ。

 彼はすぐに切り替えて寿樹を見る。

「それで、彼の奥方に会いたいとはどういうことだい?それに医師が怪しいとは?」
「明悠様、大病がわずか数刻で完治するとお思いですか?この国で高貴な家の当主である玄純様が見つけられないほどの病ですよ。それを一つの薬だけで一日もかからずに治せるなんて考えられるでしょうか?」
「それは。」

 寿樹の疑問に明悠は息をのんだ。他の2人も目を丸くする。
 そんなことは簡単に気づくはずなのに、医師というだけで彼らは信用しすぎている。

「それに、かの女性は何度も体調を崩しており、寝台から起き上がれる時間はありますが、とても短いそうです。」
「それは回復したてで体力がないのでは?」

 藤が寿樹に疑問を投げる。

「確かにそうですね。ですが、すでに1月は経っているのではないでしょうか?それであれば、もう体はほとんど元通りのはずです。それが以前のように動くことができないとは不思議な話。私は彼女の容体が心配なのです。もし、その医師が何らかの方法で彼女の快方を装っているとしたら、彼女の命は危ないかもしれません。」

 寿樹の真剣な目は彼らをとらえて離さない。
 それが伝わったのか明悠は短く息を吐く。

「その大病についてだけど、君は奥方を診て治せるの?時間が経ちすぎている。」
「治しますよ。命があれば。ただ、私だけでは向こうも不安でしょう。だから、陳医官とともに向かうのです。国から認められた医官であり、彼は貴族出身者。私のようなどこの馬の骨とも知らない宮女が行くよりも向こうも安心されるのではないでしょうか?」
「なるほど。確かにそうだな。」

 立悠が納得すると、明悠も藤も同じようだ。

「その提案に乗ることにする。すぐに向こうの屋敷に行けるようにこちらで手配しよう。陳医官も連れていけるように。」
「ありがとうございます。」
「ただ」

 寿樹が喜び感謝を述べるが、明悠が釘をさす。

「今回は高位貴族の奥方の件だ。これで失敗をすれば、君たちを派遣した皇族の咎になり、君たちは大きな刑に処されることになる。それでも行くのかい?」

 貴族たちの信頼で成り立っている部分が大きい皇族。
 貴族たちに手を出せば、首をはねられるのは下の者たち。
 その関係はこの国の身分制度の根幹であるために、明悠の言葉は真理であり彼の優しさだ。

「はい。もちろんです。私は決して見捨てませんから。」

 寿樹は固くこぶしを握り言い切る。
 彼女の頭の中に浮かぶのは家族のような女性の最後の顔だ。

 朗らかに笑っている顔。
 彼女はもう寿樹を忘れているけれど。


 一刻で寿樹はすでに宮城から出て玄純が都に構える屋敷に向かっている。明悠が準備してくれたのは彼の護衛が装っている御者と馬車だ。その少しだけ揺れがひどい馬車の中で、陳医官は神妙な顔つきで寿樹を見る。

「寿樹、今回の病気が私に手を出せるものでないなら。」
「大丈夫ですよ。陳医官には刑が及ばないように手配をしてもらうつもりですから。その代わり、成功したらその褒美は全て渡します。私が信頼しているのはあなたの立場のみです。」

 寿樹が迷わず言うと彼は驚いている。
 自分よりもずっと年下でまだ成人したばかりの娘がこんなにも見据えたような発言をすることに。
 彼は自分のことを心配していることを恥ずかしく思う。

「着きました。」

 到着を告げる御者。
 寿樹と陳医官は馬車から降りるとすでに話が通っているのか案内をしてくれるようだ。

 屋敷の中は寂し気で重苦しい雰囲気
 
「ははうえ!」

 廊下を歩いている最中に聞こえたのは子供の幼い叫びであり、それを聞いた瞬間寿樹らはそこに向かって走った。侍従が案内してくれようとしていた玄純の奥方である明珠の寝所だ。

 寿樹たちが部屋の入口で見たのは彼女が力なく倒れていて子供たちが彼女にしがみついて泣いている光景だ。そして、何より医師だろう者がその女性に近づきもせずに部屋の隅でボーっと立っていることは印象深い。治療をしているわけではなく、信じがたいことにかの者は医師が持っているはずの道具を何一つ身に着けていない。そんな彼を見た陳医官は眉間にしわを寄せてその男性に掴みかかり彼をとらえるように侍従に頼む。
 寿樹はその間に明珠の元に駆け寄り彼女の脈を診てまだ命が絶えていないことを知る。彼女の心臓も弱弱しいがまだ動いている。気づかせるために彼女の手の平を揉んだりすると、彼女はうっすらと目を開ける。

「気がつきましたか?」

 寿樹の声に反応がないが何回か呼びかけると明珠はやっと寿樹に視点を合わせる。

「私は皇太子から指示を受けてあなたを助けに来ました。これから治療させていただいてもいいですか?」
「私は治るのですか?」

 弱弱しい痛々しい声が寿樹の中に響く。
 寿樹はしっかりと明珠の手を握り大きく頷き安心させるように笑みを向ける。

「治ります。必ず。」

 寿樹は断言して明珠の診察を始める。

 陳医官とともに明珠の体を診察して彼女の顔色と体の冷たさから何を服用させられていたかがわかり、陳医官の頭が沸騰しそうなほどに彼は部屋の隅で縄でグルグル巻きにされた男を睨みつける。しかし、彼には彼女の病気がわからず顔をしかめる。
 寿樹には明珠の皮膚の色からすぐに検討をつける。明珠の病はヒ素による中毒であり、今は毎日服用され続けた鎮痛剤の効果があるケシの多量摂取も加わり症状が重くなっている。慢性的なヒ素中毒によって激しい腹痛や頭痛、皮膚の痛みがあるためにケシはさぞ有効に働いただろう。痛みがなければ、倦怠感のみが残るだけでほとんど症状が出ない。しかし、それはただの気休めにしか過ぎない。

「寿樹、お前、これが何の病気かわかるのか?」
「まあ、そうですね。彼女を治すことに全力を注ぎましょう。」
「そうだな。」

 陳医官は何も言わずに寿樹の指示に従って明珠を寝台に寝かせ、侍従は気を利かせて泣き叫んでいる子供たちを部屋から連れ出す。

「あとで覚悟しておくことだ。大病を患った女性に対して鎮痛剤としての薬を大量に服用させるなど殺意以外の何ものでもない。それにお前は医師ではないから薬の処方もできないはずだ。どうやって皇太后がお前などを信頼して送り込んだか知らないが、よっぽど玄家は皇太后にとって邪魔な存在のようだな。」

 ヒ素摂取も誰の仕業かまではわからないが、ここまで計画的にことが運ぶと疑わしい人は一人だ。二つに共通している人物は後宮で最高の地位を得ている人物皇太后。証拠がないので罪に問うことはできないが、疑いを向けることができる。
 寿樹は原因を伝えてはいないのだが、陳医官の怒りはそれを聞かなくてもかのような者を派遣しただけで怒りが溢れてくるようだ。
 陳医官は青家に属する家の出身であり、皇太子の母は青家の姫なので皇太子にその血は受け継がれている。そして、玄家の当主を皇太子はとても買っている。信を置いている者を害する者は一族の敵のようだ。それは医師としても立場的にも彼の怒りに変わっている。

「しかし、この病気はどうやって治す?俺に治療経験はない。」
「私がします。今から言うものを用意してください。時間はかかりますが、三日ほどで快方には向かうはずです。」

 寿樹が陳医官に指示を出すとすぐに彼は動き出す。
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