流れる星、どうかお願い

ハル

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最高の贈り物

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 久しぶりに帰った家は閑散としている。木造平屋の小さな家。都内であることは変わりないのに、周囲には畑と田んぼがあり電車の駅なんて近くにないから静かで都内ではなく田舎に来たような感覚だ。
「久しぶりだな、この家も。」
 ギギッと音を立てながら開くドアを開けると埃が溜まっているのか、うっすらと床が白い。
「わ、先月掃除に来なかったんだっけ。」
 足を踏み入れて少し舞った埃に結弦は咽る。
 結弦は玄関に置いてある両親の写真に向かって「ただいま」と挨拶をしてから、畳間に鞄を置いてからすぐに掃除にかかる。間取りとしては3LDKであり一人で住むには少し広いし、父方の祖父が建てたもので年数が経っているからか掃除も手がかかるが、それでも、手をかけた分だけきれいになってくれるのを見ると彼にとっては心地良い。
「終わったー。」
 最後に布団を外に干して掃除が終わり、すでに昼が過ぎているので帰ってくる前に買ってきた材料で昼食にする。ライフラインは止めずにおいたので問題なく過ごすことができる。
 昼食後は周囲の人に挨拶に行ったり、所有している草だらけの畑を整備したりして過ごし一日はすぐに過ぎていく。近所のおじいさんやおばあさんは帰ってきた結弦を見て驚いていたが、心よく受け入れてくれて野菜をもらうことになってしまう。一応、菓子折りは持って行ったのでたぶん野菜分は返せただろう。その際、おじいさんやおばあさんは何も結弦に聞かないが、今後のことを気にしてくれているようで色々と世間話程度に話す。彼らの話はたいてい聞き流しているだけでいいのだが長いことが欠点だ。
「疲れた。久しぶりに人とあんなに話した気がする。」
 大の字に畳間で寝転がる。心地いい解放感が大きくまどろんでしまうが、明日は病院なので夕食を食べて風呂に入ってから太陽の匂いがする布団の上で眠る。ずっと少しだけ硬いマットレスに慣れなかったのはこんな柔らかい布団でずっと寝ていたからかもしれない。
「病院に行って数日入院することになるだろうから、友明に紹介してもらう働き先に行けるのは早くて一週間後か。」
 入院に数日かかることや退院後も気分が悪くなることがあるので最低一週間ほど安静にすることが勧められているらしい。ネットの情報なのであまり当てにはできないし、副作用は個人差があるので結弦がどうなるかはわからない。
「ベータになったらやりたいことはいっぱいあるな。働いてお金を貯めて学びたいことがあったら大学にも行ってみたいな。色んな経験ができたらいいな。」
 手術後のことが結弦は楽しみでしょうがない。
「あ、流れ星。」
 そして、これだけは忘れていない。結弦は座って手を合わせる。
「要が幸せでありますように。」
 それでも、結弦にとって自分ではできなかった要の幸せを祈ることは止められない。でも、そんな祈りももう不要なほどに本郷と幸せになった彼を想像するだけで結弦の顔がほころんでしまう。

 しかし、予想外な出来事により手術は受けられないことになる。

 病院に行くとすぐに順番が来て検査を受けるのだが、医師が少し困った顔をする。
「本田さん、あなた、妊娠していますね。」
「え?」
 結弦は驚いて固まってしまう。
「妊娠四か月ですよ。気づかなかったんですか?」
「何かの冗談?」
「私は医者ですから、こんな冗談は言いませんよ。」
 全く心外な、と医師は不服そうな顔をする。そんな顔をされてもこちらも困るのだけど、と結弦は思いながらも彼女を見る。医師はため息を吐いて先ほど行った尿検査の検査結果を見せる。そこには色んな検査が記載されており、医学知識のない結弦は何のことかわからずに首をかしげていると医師がペンで指す。
「ここが“+”になっているでしょ。これが妊娠している証拠です。妊婦に手術は受けさせられないので一応こういう検査をしているのですが、引っ掛かったのはあなたが初めてですね。」
 にっこりと彼は笑みを見せる。そんなに良い笑みを向けられても結弦には身に覚えのないことなので驚いてしまう。
「想像妊娠の可能性があるとか?」
「それはないでしょ。あれは症状があるだけで、こういう検査には出ないので。」
 一つの可能性を出しただけなのに冷たく言い返されてしまう。絶対に怒らせてはいけない大石と似たタイプだと思い黙る。
「本当に自覚がなかったんですか?相当な期間、発情期がなかったと思いますが。」
「僕は抑制剤を毎日飲んでいたのもあって発情期が不定期でしたよ。三カ月とか空くこともありましたからね。その時はストレスもあったと思いますが。」
 抑制剤を毎日服用してしまうオメガは少なくない。恐怖心が消えない彼らはそれを消し去るためにその行動に出る。一種の彼らなりの防衛なのだ。だから、医師はそれに対して嫌悪はなく淡々と受け入れている。
「そうなんですね。番がいた頃も飲んでいたんですか?」
「さすがに、薬は止めていました。そもそも、初めて発情期が来たのは中学の三年の頃でしたけど、その頃から毎月来たり二カ月空いたり、半年空いたり色々です。薬を止めてからも二カ月空くことが多かったですね。」
「なるほど。」
 そこで会話が止まってしまう。
 子供か、と結弦は思いつつ、四か月とは思えないほどにぺったんこなお腹を撫でている。
「産みますか?」
「もちろんです。堕ろすなんて考えたこともありません。」
 医師の確認に結弦は迷いなく答えると、彼女はそれに目を丸くしつつも役目を果たすために話を続ける。
「そうですか。では、相手に連絡を入れた方が良いかと思いますが。」
「いいえ、彼にはもう相手がいるので知らせる必要はありません。一人で産みますし、育てます。」
 番解消処置を受けるオメガはみんなが訳アリだ。だから、この医師も深入りせずに淡々と受け入れるのだろう。
「想像以上に大変ですよ。オメガのそれも男性で出産と育児は。」
「覚悟はあります。」
 母を見ていたから知っている。目の下にクマを作って必死に働き最後には病気を患って亡くなった彼女の姿を見ていたから、それだけの覚悟を今結弦は決める。
「わかりました。では、このままお腹のエコーを撮ります。そちらのベッドに寝てください。」
 切り替えが早い医師はさっそくエコーで子供の状態を確認する。
「元気ですね。健康な子供ですね。心拍もしっかり確認できますし。大きさは少し小さいですが十分なサイズですね。」
 彼はエコーを見ながら健康であることを告げてくれたので結弦は安堵する。突然に降って来た幸運のような話だ。この子どもの父親は一人しかいないが、彼に知らせる日もこの子が知る日も生涯来ないだろう。でも、この子が寂しくないように一生けん命育てよう、大丈夫、だと結弦はエコー画像を見ながら映る子供に心の中で話しかける。
 番解消の手術は帝王切開と同時に行うことになり、そのためにしばらくは通院して入院は五ヶ月後に設定された。

 帰宅して友明に電話で妊娠のことを報告すると電話の向こうでこけたのか盛大な物音の嵐が聞こえる。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。気にするな。お前の突拍子もない報告にちょっと俺の脳が追い付いていないだけだから。」
「うん?よくわからないけど、無事ならいいよ。そういうわけだから働くのはちょっと無理だね。こんな事情で雇ってくれる会社ってないし。」
「そのことだけど、以前言っていたところは明日紹介するわ。」
 オメガでしかも妊娠中なのに受け入れてくれる建設会社が想像できなくて結弦は驚いて声をあげる。
「え!?本当に!?」
「お前が想像しているようなところじゃない。そうだな、その会社の代表が男性オメガで二人の子供を育てているんだ。だから、お前のことを話したら“いいよ”って軽く返事が来た。内装全般を担っている会社で今はリフォームやリニューアルが流行っているから結構給料もいい。」
「それはすごいな。じゃあ、お願いしようかな。僕も生活が懸かっているから働き口があるのは有難いし。」
「わかった。待ち合わせ場所は連絡する。」
「ありがとう、友明。」
「これぐらいたいしたことない。とりあえず、おめでとう。」
「ありがとう。」
 電話が切れる。
 妊娠を喜んでくれる人がいる。一人で良いなんて思っていた結弦はそれがとても嬉しいことなんだと知った瞬間だ。
「ねえ、君は愛されているんだ。僕だけじゃない、少なくとも一人は君の誕生を心から喜んでいるよ。」
 お腹を撫でながら結弦は小さな子に話しかける。妊娠中も子供は耳で音を拾うからもっとたくさん良い言葉を聞かせよう。音楽や楽しいこと、嬉しいことを。要がくれた最初で最後の贈り物であり、この世で一番大切な宝物だからこれからこの子を守っていく、と結弦は心に決める。
「あ、流れ星。」
 そして、結弦はこの瞬きしている間に消えていく星に祈る。ひとえに要の幸せを。
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