流れる星、どうかお願い

ハル

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嫌な予感

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 子供が生まれてから約三年。
 オギャーと泣くことしかできなかったはずの赤ちゃんはちゃんと子供に成長している。
「ゆーちゃん、りゅーはきょうはいかない!」
 靴を履かせようとするがぶらぶらと足を動かし、首を横に振って完全拒否の姿勢を崩さない三歳になる息子の流星(りゅうせい)に結弦は手を焼く。第一次発達過程であるとはいえ、このままでは結弦の出勤時間に間に合わないのは間違いない。職場は友明があの時紹介してくれたオメガ男性である“代表”のリフォーム会社であり、彼も含めて社員全員が結弦に対してこれ以上ないほど優しく色々と気を遣ってくれる。だから、出勤時間も退勤時間も保育園に合わせてくれているのだ。
 しかし、その時間にすら遅刻ギリギリが最近続いているので、今日こそは、と少し早めに支度を始めたのだが、流星は全く行く気がないらしいから結局は同じだ。
「流星、どうして行きたくないの?」
「おとなのじじょーでーす」
 一体どこで覚えたのだろうか、と首をひねってしまう言葉の数々をそれも使い方をマスターしているかのようにちゃんとした使い分けをして口にするようになった息子に結弦はほとほと困ってしまう。しかし、明確な答えがないので、結弦は彼がどうしたいのかわからない。ただの成長過程であり、流星が言うように子供には子供の事情があるのかもしれない。だから、見守ろうと結弦は思っているが、このままでは結弦が仕事を休むしかない。
「わかった。じゃあ、流星は今日一日別の家に行く?」
「べつ?どこ?」
 結弦が提案をしてみると、流星はすぐに反応する。その可愛らしく首をかしげるしぐさに結弦は思わず要にそっくりな黒い瞳を見ながら柔らかい頬を撫でる。
「たまに僕が仕事の時に保育園ではないところに行くでしょ?そこなら行く?」
「・・・・・行く。」
 少し考えるしぐさをしたが、どうやら行く気になってくれたらしく、流星は靴に足を入れて自分で履いた。
 預け先予定だった保育園には事情を話し、休日で保育園が営業していない時に預けている無料の託児所に連絡をするとすぐに了承してくれたので結弦は安堵する。預けられる定員が託児所ごとに決まっているので断れる可能性も十分にあったのだが、平日のお昼だったのが幸いしたようだ。
 準備万端と表すように靴を履いてリュックを背負った流星と結弦は手をつなぐ。
「行ってきます、父さん、母さん。」
「いってきまーす、じーちゃ、ばーちゃ。」
 玄関の横に飾ってある両親の写真に向かって流星と二人で恒例の挨拶をする。前と違うのは母が最期に作ってくれた星の模様がある役目を終えた帽子と手袋が飾ってあること。二人と住んでいた古い家に今度は息子と二人で住んでいる。母が願った通り幸せだ、と結弦は挨拶をしながら彼女に毎日伝えている。
「さあ、行くよ、流星。今日はちょっと早歩きだ。」
「おー。」
 元気よく拳を突き上げて流星は元気に走りだす。

 リフォーム会社は結弦が思っていた以上に多彩な業務内容をこなしている。水回りや配線、それから、床や畳、柱のことを知っていて、それらの知識を精一杯に使って依頼主の希望を超えてくる仕上がりで魅せるのだ。そして、何より全く同じ依頼の内容はないのが、この業界の難しいところだ。そのため、卵の殻が外れかけの結弦も含めて職人域にある代表を含めた全員で話し合いながら進めている。そして、ここ数年は衰えることを知らない古民家改装や店舗リニューアルが流行し続けているために多彩はさらに広がっている。古い物を大切にする精神がある国民性なのかもしれない。ただ、それに乗れているのは、ひとえに代表を含めて社員全員の腕が良く信頼されているからだろう。そこに約三年働いている結弦は同じ業界で同年代の人に比べて経験は多い方ではないかと自負している。
「代表、あの依頼受けたんですか?」
 お昼休憩の時にみんなで弁当を囲みながら談笑していると、社員の一人が代表に声をかける。ベータである社員全員が、結弦が入るまでは唯一の男性オメガである代表をそう呼び、第二次性など関係なく、ただ一人の人として尊敬しあっている。
「ああ、大きい仕事であるのは確かでスケジュール的にちょうど次の仕事まで空いていたから受けることにした。」
「でも、なんであんな大きなところがうちになんか頼むんですかね。」
「”なんか”っていうのは失礼かもしれないが、俺もそう思う。代表ってあんなところにツテでもあるんですか?それか旦那。あそこは下請けや依頼をすれば受けてくれるところが多いだろうにな。」
「いやいや、そんなツテがあったら最初から使うだろうな。」
「代表はそんな暇もなかったじゃないですか。」
「確かにそうかもな。」
 代表たちは話をしながら笑っている。
 結弦は話が見えないが、これから大きな仕事が入ることだけはわかり黙って弁当を食べている。それに気づいたのか代表が教えてくれる。
「結弦、ここが終わったら次の仕事までだいぶ間があくなって言っていただろう?でも、一か月ぐらい前に大きな企業から大きめの依頼があったから受けたんだ。結弦も知っているんじゃないか?あの“羽水トラスト”って。国内で指折りの大企業だからな。」
「・・・・・。」
 羽水、子育てに追われてテレビもつけないしスマホでニュースを見たりしないからほとんど忘れかけていた名前に心臓が飛び跳ねる。バクバクと鳴るうるさいそれに指が震えて箸を落としてしまう。
「結弦君、大きな企業だから驚いた?俺も聞いた時は驚いたな。」
「イチは腰抜かしてたな。」
「それはそうだろう!あの天下の羽水グループだぞ。」
「確かにな。俺も最初詐欺かと思った。」
「代表は実際にあったんですよね?担当の人ってどんな感じだったんですか?」
 社員たちは初めての相手に大いに興味が出ていて代表に質問責めである。
「アルファだけど腰が低くてこっちが聞きたいことを分かりやすく全部教えてくれる人だったな。話しやすい人だった。俺ら職人のことも分かってくれていて。」
「へえ、代表がそんなに言うなんて相当なんですね。」
「苗字に羽水って付くから最初はあの羽水家のお坊ちゃんで高圧的な態度だったら断ってもよかったんだけどな。羽水要って名乗っていたな。」
 ふいに出た名前に使っていた箸をまた落としてしまう。結弦は思わず顔をあげて代表の方を見てしまった。そのあからさまな反応に代表や他の社員から注目されてしまう。咄嗟に顔を下げて笑っておく。
「ハハッ、すみません、ちょっと洗ってきます。」
「あー、うん、わかった。」
 足早にその場を離れる。
 そうしないと平常を保てない。どうしてここで彼の名前が出るのかわからないし、彼が依頼したのは偶然だろう。それでも不安になることはないのに、心臓がうるさいのでポケットにしまってある携帯で友明に連絡を取る。
“忙しい?今日、家に来れない?”
“いいぞ”
 簡単で短い了承の返事はすぐに来た。それを見て不安で高鳴っていた心臓は落ち着き、指の震えも取れる。
「あともうひと踏ん張り。」
 気合を入れ直して元の場所に戻る。
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