流れる星、どうかお願い

ハル

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友明からの報告

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 仕事終わって代表から昼の時のことを聞かれるかと思ったが何も言われることはなくいつものように“お疲れ”と声をかけるだけだった。その言葉に返して結弦はすぐに託児所に行くとドアを開けた瞬間、流星が走り込んでくる。
「おかえりー、ゆーちゃん。」
「ただいま、流星。」
 まだまだ軽い三歳の子供だが、力が強いからすでに負けそうな結弦はこの先不安になる。オメガである結弦はその性ゆえか体の線が細く力もアルファやベータに比べて鍛えてもあまり効果はない。仕事に支障はないが、それでも、体力は一日働くとへとへとになってしまうし、大きな資材を一人で運ぶ力は三年ほど働いているがまだない。だから、いくら三歳児の相手だからといって気を抜くと負けそうになってしまう。このままでは流星に負けてしまう日は思っている以上に近くやって来るだろう。
「流星、今日はともくんが来るよ。」
「ともくん?やったー。」
 そんな不安を表に出さず、飛びついてきた彼を下ろして頭を撫でながら言うと流星は体いっぱい作って嬉しさを表現し満面の笑みを浮かべる。その笑みにつられて結弦も口角が上がり、彼の手を引いて帰宅する。

 帰宅して夕飯を作っているとインターホンが鳴る。それに反応した流星がドタドタと扉の方に走って行ってしまい、結弦はガスを消して慌てて彼の後を追う。彼がドアを開ける前に追いついた結弦は流星の前に立って覗き穴から確認してから施錠を外してドアを開けて迎える。
「ごめん、突然連絡して。」
「いや、別にいい。流星、大きくなったな。」
「ともくん、りゅうちゃん、おおきいぞー。」
 すぐに後ろから出て両手を挙げて流星は自分を大きく見せようとする。そのしぐさに結弦は友明と見合わせて笑ってしまう。彼がいるだけで結弦を含む周囲が笑顔になってしまう。それがどれだけ素晴らしいことか流星はきっと知らないだろう。
 夕飯を食べて結弦が一人でブロックで遊んでいるのを見ながら、結弦は友明と話す。
「それで、突然どうしたんだ?子育ての悩みならお前の勤務先の代表に聞いた方がいいぞ。」
 友明が結弦に就職先として今の職場を紹介した理由はそれが一番大きい。子持ちのオメガは一人では生きずらいうえに、今までずっとアルファに囲われている状態で右も左もわからない結弦が一人でやっていけるわけがないと友明は心配したのだろう。だから、彼はすでに番がいて二人の子供を育てている最中の男性オメガである代表のところを紹介したのだ。それには結弦はとても感謝しているしその代表にはもちろんお世話になりっぱなしで頭が上がらない。今回はそんなことではない、と友明も察しているはずなのに、そんな風に前置きをするのは彼なりの意趣返しだろう。去年、友明はなんと結弦の担当医だった産婦人科医と結婚した。その報告を聞いた時には驚きで固まったが、並ぶ二人を見てしっくりきてしまった結弦は納得のカップルだな、と感じてしまった。そんな縁で担当医だった彼女とは今でも付き合いがある。そんなまだ新婚の域である友明は早く家庭に帰りたいのに、突然時間を作ってもらった結弦に対して思うところがあるのだろう。最近、友明は面と向かって苦情を言わなくなったのはその彼女の教育だろうか、と結弦は考えている。
 だから、さっそく結弦は本題に入る。
「今度仕事で羽水の仕事を受けることになったんだ。その担当者があの人なんだけど、何か知らない?」
 要のことを結弦は友明との会話では決して名前で呼んだりしない。今ではそんな風に呼べる関係でもないので呼称は何もないから現状は正しい。
 大きく括れば友明は建設業界の人間であり、昨年は大きな賞を受賞し新進気鋭の建築士として注目されている。だから、業界の中でも人脈は相当なもののはずだ。
「担当者がお前の元夫か。それは知らなかったな。」
「その言い方だと何か知っている?あんな大きな会社が小さいリフォーム会社に依頼してきた理由。」
「ただ、色んなところを比較してみてあそこが一番お眼鏡に叶ったんじゃないのか?あの大企業が下請けでもないところに依頼したのは有名になったな。代表が職人肌というのもあって宣伝に明るくないが、あそこはみんな腕が良いって有名なんだ。」
 最もらしい理由を言う友明だが、彼の目は何か隠しているように見える。幼い時からの付き合いだからかそんな少しの違和感はわかる。しかし、そんな時に彼が話したところを結弦は見たことがないので諦めて、ただ一つだけ確認したことだけ尋ねる。
「僕とか流星は関わっていないよな?」
「そりゃ、向こうは存在すら知らないだろう。誰も言っていなければ。ただ、あれだけ似ているとどうかわからないが。」
 ブロックで大きなクマを作ったのを見ながらキャッキャと喜んでいる流星に友明につられて結弦も目を向ける。彼の言う通り流星は主張するように要に瓜二つだ。髪も顔も目や鼻の形に至るまで。わずかに違うとすれば雰囲気ぐらいだろう。
「あの人には知られないさ。向こうとは世界が違うんだから。」
「まあな。でも、現時点でお前の元夫はすごい勢いで出世しているらしいから仕事だけして結婚の話は全くないらしいぞ。向こうの両親は見合いとかさせそうなのにな。」
「見合いなんてする必要もないよ。すでに相手はいるんだから、彼らがするなら結婚式前の両家顔合わせぐらいじゃないのかな。」
 (仕事が落ち着いたタイミングを見計らって要の両親が要と本郷の結婚を進めるだろう。そして、二人はやっと元の形に戻るのだ)
 結弦は二人を想像して笑みを浮かべる。もう心が締め付けられることはないのは流星が居てくれるからだろう。
「まあ、それも先だろうな。あそこは長男夫婦に子供ができないから。」
「いやいや、そんなの関係ないだろう。」
 友明がもたらした新情報にすぐに結弦は否定する。
 歴史を重んじる家であることは正月やお盆の行事に出かける要を見ていて結弦は何となく察していたがそこまで厳密であるとは思っていないので驚く。
「長男より先に次男に子供ができるとややこしいからな。ああいう家は。いつの時代だって感じだけど。」
「まあ、歴史は長いよね。」
 まじか、と結弦も内心で友明に同意する。
 ふうん、と友明はおや?というように結弦に視線を向けながら食後のブラックコーヒーをすする。
「何?」
「いや、お前が何も慌てないから意外だなって。」
「なんで僕が慌てるんだよ。」
「現状では唯一の子供は流星だけだろ。」
「おい、恐ろしいことを言うな。」
 最も結弦が危惧していることをあっさりと友明は口にする。今、彼のことを知られたら、あの家に奪われてしまう可能性は確かに大きい。そうなれば、会うことすらできなくなるかもしれないし、何より周囲を気にせずに見たこともない笑みを浮かべて愛し合っている人と幸せになっているはずの要をどん底に落としてしまう可能性が大きい。絶望する彼を見たくはない。
 結弦が嫌な予感に意識を飛ばしていると肩を叩かれて現実に戻される。視界が定まると友明が苦笑している。
「悪い悪い。そういえば、この前、受賞パーティでお前の元夫に会ったな。出席していたらしくあいつの父親と兄とともに俺のところに「おめでとう」と言いに来た。」
「そうなんだ。」
 何を思ってそんな話をするのか知らないが、注目の建築士に賛辞を贈って縁つなぎになりたいのは建設・不動産業界ではよくあることだろう。著名な建築士に設計してもらえれば、建物が売りに出されるときに価値が一般より高いのは想像に難しくない。
「それでお前のことを話題にしたら驚いた顔をしていたな。その三人が。」
「はあ!?」
 結弦は驚いて声をあげてしまい、それに驚いた流星は一つのブロックを落としてしまい、一気にブロックが崩れている。泣きはしなかったが目をこすりだし眠そうだったので、先に彼の寝る支度だけしてから友明との話を再開する。
 珈琲のお代わりを持って行って友明を逃がさない。
「どういうこと?」
「どういうことって、ただ、本田結弦の幼馴染だから初対面って感じしないですねって挨拶をしただけだ。お前の元夫に。すごく驚いていたから本当に知らなかったんだな。まあ、お前と高校違ったし、お前は特待生でいるのとバイトで忙しかったからほとんど連絡も取り合わなかったからな。携帯に俺の番号すら登録していなかったし。逆に、お前たちは高校からの付き合いだったから知らないのも無理はないが。」
 アハハハッ
 彼は乾いた笑いを発しているが目が笑っていないので、本気で腹に据えかねているようだ。媚びを売って来た相手に対して元番の幼馴染というのは嫌な空気になるのは当然だろう。それを避けたいから当たり障りのない話を最初はするものだが、そんなことを彼は全て無視した。もし、大きな企業に離れられれば仕事が減るのを危惧するものだが、友明の場合は海外の方からの仕事もスケールも違うのでそれだけ大胆に出られたのだろう。しかし、彼はそんな風に遠回しに嫌がらせをすることは今までなかった、この日までは。
「友明、あの人は少しも悪くないんだ。本当に。」
「お前はそう言うが、俺はそう思っていないだけだ。俺はたとえどんな風に家族になろうとも家族になったからにはお互いに話をして、一人の人として尊重し合う関係でないといけないと思うんだ。お前のことを知ろうともしなかったお前の元夫はその点が欠けている。まあ、それを言えば、お前もだけどな。」
 どれだけ言葉を尽くしてあの人が、要が悪い人ではないと説明しても友明が同意したことがなく、彼は今真剣な顔をする。今まで何も言わないで頼みごとを全て聞いてくれた彼だが、結弦に対しても要に対しても心の中で思っていることがあったのだ。
「うん、そうだな。」
 友明が譲らない性格なことも知っているし、彼の言っていることに思うことがあるので結弦はもう何も言わない。それでも、これだけは結弦は友明に知ってほしかった。
「(確かにお互いに何も知らないまま結弦は勝手に彼のことを決めつけていた節があり最初から諦めていた。)それでも、もう終わったことだ。終わったんだ、友明。僕らはもう何も話すことはない。」
「確かに番っていう関係は終わったな。でも、これからどうなるかはわからない。その時は話すんだな。全部。」
「無理だ。」
「頑固だな。」
 友明は「しょうがないな」と言いながら笑みを浮かべて結弦を小突く。兄が弟に接するようなそれに今まで結弦は何度も救われている。
 それから、彼は愛する奥さんが待つ家に帰り、残された結弦は窓から空を見上げながら冷めたコーヒーを飲む。
「今日は曇りか。」
 星は見えない。そして、この日は祈る気にもなれならからちょうどいい。
「要、僕らは終わったんだよ。それが、君の幸せだと僕は今でも信じている。」
 窓の冷たさが寄せた頬に当たり熱が冷えていく。

 目を閉じて浮かんでくるのは高校生の時、オメガで特待生だった結弦は容姿もあって目立つ存在であり、上級生から目を付けられていた。その時、そんな人たちから守ってくれた要は震えていた結弦の頭を撫でて落ち着かせ、彼は結弦の目を見て驚いていたがすぐに笑顔を見せて
『きれいだ。』
と言った。その言葉がどれだけ結弦の中に響いたのか彼はきっと知らないだろう。その時の彼の笑みに心が囚われたこともきっと彼は知らない。でも、それらを彼に言う気は結弦には一切ない。
寝室に行って寝息を立てている彼によく似た安らかな寝息を立てている息子の頭を撫でながら彼の頬にキスをする。
「流星、僕の宝物。」
 彼の温かい温もりを感じてそっと目をつぶる。
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