流れる星、どうかお願い

ハル

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 結弦が特待生として入学した学校、羽水学園高等部は財閥や旧家のご子息やご令嬢が通う歴史ある有名な幼稚園から大学までの格式が高いエスカレーター学校だった。特待生を除けば、全員がほぼアルファであり、当然将来有望な者たちが通っている。ここも羽水一族が経営している。
 そんな学校に特待生は一学年に最大で五人のみ在籍し、特待生であり続ける為には毎回のテスト全てで一桁の順位が求められ、もちろん入学試験の難易度は全国でもトップクラスだ。しかし、その最難関を通過すればこの学校は人脈の宝庫であり、無事に特待生としての規定を満たして卒業すれば明るい未来が開けることは確実である。その為、それを夢見て毎回合格倍率は百倍を超えている。
 それを突破できた結弦は幸運だった。ただ、結弦がここを希望したのはそんな夢を見たからではなく、学費だけでなく教材から制服、体操服などの学業に必要な一切が無料のうえにバイトまで許可してくれるから、という条件に惹かれたからだった。金銭的に余裕がある人ばかりなのでバイトなど眼中にないだろうが、当時の結弦にとっては死活問題だった。母子家庭で収入が少なかったから結弦は母を助ける為にはバイトしかなかった。
 しかし、入学安堵したのも束の間、オメガであることは隠せない事実だから周囲からの嫌がらせが始まった。まず、教科書やノートはすぐになくなり、財布もどこかに隠されるし机の上に花が飾られるのは毎日のことだった。暴力がなかったことと制服や体操服に対して何かをされるわけではなかっただけは良かった。前髪を伸ばしても運動した時に見える結弦の瞳も暴力が振る舞われなかった要因の一つかもしれない。しかし、高校入学してすぐに母が倒れて病院で受けた検査により治療困難な病気にかかったことがわかり、彼女に先がないことも聞かされた。新生活と母のことが重なったことで結弦の中の許容範囲を超えてしまい結弦は思考は停止した。ただ、学校に行って成績を維持する為に勉強し、発情期は不定期だがそれを抑える為に抑制剤を毎日欠かさずに飲んでいた。耐性ができてしまう恐れがあるが、低価格の粗悪品であることは承知していたのでそんなことを考えなかった。何も先のことなど考えたくなかったのだ。暗い道しか見えなかったから。

 そんな折、結弦は上級生に絡まれた。暴力を振るわれるどころか直接的に何か害を与えられることがなかったので結弦はどこか安心していた。引きづりこまれた空き教室の鍵が閉められた上で発情期でもないのに、上級生から辱めを受けようとしていた。その時にドアが開いた。開いたドアから光が指してきて上級生たちをあっという間に追い払った大きな背中をぼうっと見ていると、彼は上着を脱いでシャツ一枚だった結弦の肩にかけてくれた。その優しさに出なかった涙が流れてしまい、それを見せまいと俯くと彼は頭を撫でてくれた。優しく温かい手に心に空いていた穴が少し埋まった気がした。その人と目が合うと彼は一瞬固まったがすぐに笑みを浮かべた。その笑みに心臓が一段大きく跳ねて目が離せなかった。
『きれいだな。』
 そのたった一言に心が熱を持った気がした。母が家に居なくて誰もそんな言葉をかけてくれることはなかった。生きている人で母以外の誰もがこの瞳を見て
“気味が悪い”
“気持ち悪い”
“呪われている”
そんな言葉しか出てこなかった。それなのに、このヒーローのように現れた男子生徒が自分の瞳を“きれい”と表したのだから気になる存在にならないわけがなかった。

 最初は彼のことがわからなかったが、後で彼のことを認知した時にそれが不思議なほどに有名人だった。彼、羽水要は学校中の話題の的だったのだ。それは彼が羽水一族、それも本家の次男だったからだ。そして、彼の周囲には決まった人がいて彼らは誰もが家柄も地位も彼には劣っていても学校を代表する人ばかりだった。それだけの人が集まれば自然と注目された。結弦が彼らのことを全く知らなかったのは、そんなことを気にする余裕がなかったからだ。

 これが結弦と要の出会いだった。

 上級生に襲われそうになった翌日、彼らがどうなったのかわからないが、学校が結弦専用の部屋を用意してくれることになった。自主学習室として与えられ、そこは教室以外の居場所であり、結弦の学生証しか認識しない鍵付なので緊急避難場所として提供されたものだった。それも要がしてくれたのかと思うと何かお礼をしたい、と結弦は思ったが、何でも持っている彼に何をあげても喜ばれないと思い、結弦はお礼だけでも彼に偶然でも会えることができたら伝えようと思っていた。

 休み時間に図書室に行く途中、要が一人で美術室にいるのが見えて結弦はドアを開けて見ていると寝ていたはずの彼は目を開けたが、目を細めて眠そうにしており覚醒に時間がかかっていた。そんな彼に結弦はチャンスだと思い頭を下げた。
『羽水君、ありがとう。この間はその助かりました!それだけ言いたくて。それじゃあ。』
 君付けは失礼だったか、いや、彼とは同級生だから自然だっただろう、と内心言い訳しつつ、結弦はお礼を言えただけで満足してそのまま消えようとした。しかし、距離を詰めていた要に手首を掴まれてしまい、あまりの力にそのまま彼に引きずられて美術室の中に入らされた。前のめり足がもつれて彼の方に倒れてしまったが彼にあっさりと支えられた。ゆっくりと結弦が顔を上げると要と目が合い時間が止まった気がした。
『それだけか?』
『え?う、うん。』
 催促するように言われて結弦は慌てて態勢を整えて要から距離を取ろうとしたが、彼が少し手を引いたことでそれに抵抗はできなかった。
『ふうん、普通は何かお礼があるんじゃないのか?』
『え?何か欲しいものがあるの・・・んですか?』
 何となく敬語に直したのは要に対して学校の人たちがみんなそうしていたからだ。あまり敬語なんて使用したことはなかったので変なところで入れてしまい、要はフッと鼻で笑っていた。
『なんで敬語なんだよ。普通に話してもらえばいい、結弦。』
 まさか、彼に名前を知られているとは思っていなかったので結弦は驚いた。その隙に、彼にされるがまま手を引かれて彼が座っていたところに横に並んで座った。
『それでお前はどうしてここにいるんだ?部屋に行かないとまたあの時みたいに絡まれるぞ。』
 目は合わせないが手首は掴んだままの要が呆れたように言った。その言葉で彼が手を打ってくれたのが結弦にも分かった。しかし、彼はそのことを結弦に対する札の一つにしていなかった。それだけで彼は信頼できた。そして、彼の言う通りだが部屋に閉じこもったままでは本を返しに行くこともできないのでそれを伝えると彼は納得しつつ少し落胆したようだった。
『なんだ、俺を探しに来たのかと思ったんだが。』
『えっと・・・・。』
 落ち込んで見せる彼になんと言っていいかわからず、結弦は返事に困り果ててしまい挙動不審になった。そうしていると彼は急にお腹を抱えて笑い出した。それを呆然と眺めていると彼はやっと笑いが収まったのか、こちらを見て目が合った。
『別に責めているわけじゃない。お前のような反応が普通かと思うと他の奴らが大げさなんだと思うとおかしくなってな。』
『いや、本当は何かお礼をしないといけないと思ったんだ。でも、何をあげても喜ばれないような気がして止めたんだ。』
 最後は言いにくくなって小声になった。
 結弦は言っていてだんだん情けなくて俯いた。すると、顔を上げさせるように要が顎に指を添えてきたので自然と彼と目が合った。そんな風にされたことがなく固まっていると、彼から目を逸らせずにいた。彼はまっすぐに結弦の目を見ていた。
『やっぱりきれいだな。日が入ると本当に宝石のようだ。熱処理をかけられたウォーターサファイア。』
 宝石の名前と思われる聞き覚えのない名称がすんなりと出たことに、さすが、なんて結弦は思いつつも初対面の時と同様にこんな風に直接見られて確信した。
『気持ち悪くないんだ、羽水君は。』
『そんなことは思うはずがない。まさしく宝石であり、誰もが魅了される目だ。』
 最上級の褒め言葉に居心地が悪くなった結弦は俯こうとしたがそれは顎に添えられている要の指が許さなかった。これまで、そんなに褒められたことはなかった。母方の親類には会ったことがないが、両親も父方の親戚も黒い瞳であり、今まで出会った人の中で結弦以外に誰の目も同じである人はいなかったし、周囲がこの目に嫌悪を抱いた。だから、見えないように前髪は目が隠れるぐらいに伸ばしていた。それなのに、もったいないと言うように要はその髪を左右に分けた。
『この方がいい。隠すのはもったいない。』
『羽水君がいるときだけでいいなら。』
 急に目を出す勇気はなく結弦が言えたのはそれだけだった。そう言うと、要は一瞬驚いたようでいて嬉しそうに笑った。
『わかった。これからもここに来ると良い。この部屋はほとんど使用されていないし、この部屋の鍵はほとんど俺が持っていることが多いからな。』
『え?この部屋って美術室だよね?教室の鍵って職員室で管理されているんじゃなかった?』
『それはほら、俺は色々と見逃されていることが多いからな。』
『なるほど。』
 彼にはそれだけの“力”があった。
 本家筋の彼にこの学園内でできないことはないのだろう。そんな風に考えていると結弦の頬が要に軽くつねられた。
『何、納得してるんだよ。冗談だって。俺がそんなことをできるわけないだろう。いくら何でもそこまでは融通してくれないぞ。ただ、俺は美術部の一員で鍵の管理を任されているだけに過ぎない。』
『あ、そうなんだ。』
 要が言うと何でもありえそうに思えたから結弦は納得したのに、彼はそれが不服だったようで背中を壁に預けて前を向いて目をつぶってしまった。嫌われたらしいので、彼とはここまでだと思い結弦はあっさりと引き下がろうとしたのに、彼は手首をつかんでその場に引き戻した。その行為に訳が分からず頭が混乱していると、目を開けた要は真顔になっていた。
『ここにいろ。まだ、休み時間だろ?』
『あ、うん。でも、図書室に本を返しに行かないと。』
『ああ、そうだったのか。別に放課後でもよくないか?』
『いや、別にいいんだけど。』
 要がアルファであることは知っていたから、そんな彼と誰もいない閉め切った部屋に二人きりはオメガである結弦にとっては良くない環境だった。毎日服用している抑制剤が効いているからか、彼の近くにいても発情する兆しはないがそれでも不安は消えなかった。
 彼はやっと察してくれたのか手を離してくれた。
『俺も抑制剤は飲んでいるから気にするな。お前の匂いもあまりわからない。』
『抑制剤?』
『ああ、アルファ用の。アルファがオメガを発情期に無理やりしてしまう場合があるから、常用するように家から義務付けられている。』
『そうなんだ。』
 要はしっかり自分でケアをしていたようだ。だから、彼からフェロモン特有の匂いを感じないのかと結弦は納得した。それと同時に、彼はオメガのことを見下すことがないどころか、気遣いができる優しい人なのだと感じた。
『だから、ここにいろ。また、暇な時はここに来い。俺はほとんど毎日いるから。』
 彼が言っていることに疑問を覚えて結弦は首を傾げた。
『あれ?』
『どうかしたか?』
『あ、いや、いつも一緒にいる人たちと一緒にいないんだ、と思って。』
 要は結弦が言いたいことが思い当たり納得したように声をあげた。
『あー、あいつらとはただ顔を合わせる機会が小さい頃から多かっただけでいつも一緒にいるわけじゃない。まあ、確かに一緒に居合わせることは多いが。特に真と本郷は。』
『そうなんだ。』
 誰だろう、と思いつつも結弦は聞き流した。話題に上がる集団であり、実際に彼らを見たことがあると言っても、名前と顔の一致ができていない結弦には要が挙げた二人はすぐに思い当たらなかった。それでも、それが重要なことだと思えなかったのは確かだった。
『それで明日からここに来るのか?』
 どうしても返答が聞きたいのか、要が確認するように聞いていた。
『じゃあ、少しだけ居させてもらおうかな。』
 結弦が言うと要は笑った。
『ああ、来い。勉強でも本でも持ってくるといい。何だったら昼食も食べればいい。』
『え?部活で使う部屋だよね?弁当の匂いとか。』
『気にしない。換気すればいいだけだ。』
『あ、そうなんだ。』
 何度目の納得かわからない納得を結弦はした。噂の的になり結弦とは異なる世界で生きる人が普通に感じた。
『結弦は天体に興味があるのか?』
『天体っていうか、星が好きなだけで。』
 放課後に本を返すことにしたので時間があるが、要から話を振ってきたことは意外だった。結弦が持っていた本に興味でもあったのかと思いながら、本の話を彼はずっと微笑ましそうにこちらを見ながら聞いていた。
『羽水君も星に興味があるの?』
『いや、別に。ただ、お前が話す内容は分かりやすくていいな。』
『あ、ありがとう。』
 彼は自然と結弦を褒めた。その言葉に結弦の顔が熱くなった。
『何、赤くなっているんだ?』
『いや、そんな風に褒められると反応に困るというか。』
『なんだよ、それ。』
 ハハハッと彼は声をあげて笑った。それに恥ずかしさが増して居たたまれなくなり、結弦は本を持ってその場を去った。
 去り際に背後から
『明日も来いよ。』
 なんて要の楽し気な声が聞こえたが、もう相手にできそうにもなく結弦は何も返答しなかった。
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