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1話

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 田んぼ道、畑、牛糞の匂い、ハクビシンやタヌキによる畑荒らし

 そんなニュースが溢れてそれが酒の肴になるような田舎から高層ビルとコンクリートで覆われた憧れの東京にやってきたのだ。親からの希望でもあったことと自分が行きたい分野でもあったので望んで大学と学部進学を目指した。そのための努力を惜しまず、受かるように寝る間も惜しんで勉強した結果、見事に1発でその権利を得て実際にやってきたのに、なんでこんな場所にいるんだろう?

 そこで聞こえるのは自分に関係ない話で盛り上がる周囲と、それによって感じる疎外感だけだ。

 むむっ、これはどういうこった??

 1時間前、入学式の翌日学部学科関係なく新入生全員オリエンテーションで先輩との交流の場が設けられた。そこで、学部学科は考慮されずにランダムで数人のグループに分けられて1人の先輩が各8人グループにつく。そこで、高校とは違う大学のシステムで不安なこと、サークルのこと、他には1人暮らしのことの私生活での質問をして先輩とのつながりを作る場だった。しかし、都内の都立だったので都内出身者が多く、地方出身者は少数派のうえ共通の話題がなく、他で盛り上がっている流行もついていけず、ポツンとなってしまうことは予想ができた。その会場に入ってから。
 学校という場で親しい人ができたことはなく、女子たちには身長が170センチと大きいためか怖がられ、男子からは喧嘩の対象にさえなっており、恋愛なんて遠い世界の話だし、地元にいたころはそんなことにかまけている余裕がなかったのも大きい。

 やっと退屈な交流会が終わって帰宅かと思いきや、私は腕をつかまれて振りほどくこともできず身動きが取れなくなった。

「ねえねえ、これから合コン行かない?」

 なんて、そんな初対面の人、いや、さっきまで同じテーブルに座っていたので初対面とも言い難いのだが、それでもほぼ初対面っていうカテゴリに分類できるはずだ。私の中ではだが。

 しかも、明らかにその誘ってくる女子は私とは違う次元で生きているのだ。

 私の恰好はスキニージーンズとTシャツ、それに春先なのでまだまだ寒いため薄手のコートを羽織っていて、何よりスッピンで髪もはねた部分が目立っていた。田舎で畑や田んぼの仕事を手伝うことが多く、化粧やふわふわと腕や足の部分に風でなびく余分な布は邪魔以外の何物でもなかった。だから、私が持っている服は全て体に合ったものばかりだった。運動がハードだったからか、お米や野菜、お肉をたくさん食べても太ったことがないので良かった。

 一方、声をかけてきたかわいい声を出す女子はいわゆる、女の子、と表現される格好だった。薄い桜色のふわふわとした長袖のフレアのワンピースと腰が細く見えるように黒いベルトをしていた。そして、もちろん化粧はばっちりとこれ以上ないほどに整っている。アイシャドウは桜色、口紅も薄いピンク、チークが薄い赤で、濃くはなく薄化粧で女子らしさをアピールしていた。

「行こうよ。人数足らないの。お金なら心配しないで、もちろん私が無理に誘ったんだから私が払うからね。」

 彼女は自分の魅力を最大限に生かすように下から上目遣いで聞いてくる。
 しかし、そう言いながらもぐいぐいと掴まれている腕を引っ張られていて、田舎者の私はそれから逃れる術がわからず、そのまま彼女に連れていかれた。

 田舎者は小心者なので、誘われると断れないのだ。トホホ

 合コンで使われるお店は今人気らしいイタリアンだった。いや、偉そうに言っているが人気っていうのは連れて行かれている間に彼女から聞いた話だ。最初は『バズっている』とか訳わからない単語に首をかしげていた。同年代と会話することすら怪しく思えて先々の生活が不安になった。

 お店のことを彼女から聞きながら、名前すら知らない相手だとに気づいたのだが、向こうも知らないのだからお相子だと考えて、私はもう突っ込まないことにした。考えたら疲れるから。

 ランチタイムから少し外れていたが、ランチタイムの時間帯ではあるので安くコースが頼めるし、場所が高いので一面ガラス窓で眺めがとてもよく、東京で有名な某タワーなんかも見られた。

 まあ、そんな景色を楽しめる余裕はなかったけど。

 私たちが到着すると、空席が2席だったので私と彼女以外はそろっている状態であり、彼女が入った瞬間、男女から歓声が上がり、私には変な空気が流れた。周囲を見ると集まった男女はちょうど同数で集まり、男子は髪をワックスとか染めたりとかで整えていて、ピアスやネックレス、腕輪や指輪を付けたりしてカジュアルな服装が全員おしゃれに見えるような人ばかりだ。そして、もちろん女子もまた私以外の全員がスカートをはいて服装と化粧に気を遣っていて完全に私は場違いだった。

 はあ、こんなところに来るんじゃなかった。でも、来てしまったのは私だしな。

 自己紹介そっちのけで入口に一番近い端に座り頭を抱える。

 どうしたら、コソッと出られるかが気になってチラチラと出入口の方に視線を向けてしまう。
 
 トントン

 急に肩を叩かれたのでその気持ちがバレたのかと思って、私の体はビクッと大げさに反応してしまうが、それよりも周囲、特に女性陣からは”早くして”という目で見られてしまう。無理やり強制参加らしく、私は渋々と立ち上がり(実は立たなくてよかったらしい)、

「都立大学の1年の南部なんぶです。趣味は昼寝です。どうぞよろしくお願いいたします。」

 と、無難に挨拶をした。これには全員苦笑い。
 私の両親も祖父母も礼儀には厳しくて、一礼の仕方も姿勢も厳しい人だったので、こういうしぐさに田舎でも年配の人には好印象だったが、同年代にはちょっと一歩引かれていた。

 うう、出ないようにしていたのに。兵隊礼

 私は座った後に、ああしまった、と思ったが、あとの祭りなので表面上は無表情で通す。

 ちなみに、表情にも親たちは厳しくて、大きな声で笑うこともあまり好まなかった。

 まあ、そんなことに気にしていない現状では別にいいのだが、今後同年代の友人を作ろうと思ったら注意するべきことだと再認識できただけでもここに参加できてよかった。

 そんなことを考えているから、彼らの注目株である私を連れてきた女子の自己紹介を聞き逃してしまったが後の祭り。もう、これで私が彼女の名前を知る可能性はほぼ0に近いだろう。

 うう、困ったな。

 私は腕を組んで悩むも、そうして考えてみれば、私が彼女にかかわることは学部が違うので(彼女は文学部、私は医学部)ほとんどなかった。それに、ここにはの人数合わせなので講義が開始されれば私は相手にされず、彼女は派手な集団の一員になっていただろう。つまり、ここで名前を知らなくても今後の生活に支障はなかった。

 それに気づいて私は内心ガッツポーズだ。

 それにここにいるメンバーは私抜きで自己紹介の時点で盛り上がりを見せ十分楽しんでいるうえに、他の男女は大学すら違うので会う確率は隣の彼女よりグーンと下がった。

 それにもさらにさらにガッツポーズを静かに心の中で留めておくのだけどね。

 ここまでが私の回想だ。
 場違いな場所での同席と疎外感だが、今後関わりないような人たちだと割り切ることにする。

 一番難関だった、絶対に話さないといけない、自己紹介は終わり、ホッとしたところにお水を飲むと喉が潤される。そして、そこにコース料理が運ばれてくる。パーティー仕様なので大皿で自分で食べたい分だけお皿に盛る形式だ。初めて食べるイタリアンに私は興奮する。

 なんといっても、私は外食チェーン店も喫茶店もない、あるとすれば近所からのおすそわけと家族で丹精込めた野菜や穀物を使用した家庭料理だけだ。だから、目の前に盛られた食べたことがない食べ物に思わずよだれが出そうになるが、それをつばを飲み込んで押しとどめ、周囲とタイミングと量を合わせる。

 チラチラ見ながらテレビで見たことがあるおしゃれなサラダとパスタを取り、彼らが食べるタイミングで

「いただきます。」

 と言って食べる。
 他の人たちは手を合わせていないので不思議に思ったが、私がしたら他の男女が顔を見合わせて慌ててしている。

 どういう意味??もしかして、これも合わせないといけなかった!?

 私は周囲の反応に動揺したが、彼らは何も言わなかったので胸につっかえ棒を残しつつも目の前のおいしそうな匂いを漂わせる食べ物たちに誘われるがままに誘いに乗る。

 「うーん、おいしい。」と声を大にして言いたいが、ここはグッとこらえたのだが、なんと、隣の自己紹介で盛り上がっていた面々は食べながら、

「おいしい、おいしい。」
「うん、ここは予約が大変だったけど何とかなった。」
「うん、今度はディナーに来たいね。」

 なんて楽しそうに話している。
 それに気をよくした私はとりあえず周囲の真似をしようとしていたので、彼らに乗っかって先ほどせき止めていた言葉を吐く。

「おいしい。今まで食べたことがない。」

 感動が抑えきれずに出してしまった言葉はもう戻らない。

 それに私が何か言うまでは朗らかな空気が流れていたのに、急に今は冷え切っている。

 どういうこと??
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