【完結】サファイア!〜リボンの棋士はあきらめない〜

四条 京

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第三局

☖ 家族

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 クラブが終わって家に帰ると、めずらしく玄関の明かりがついていた。
 そういえば、お父さんは今日、お休みの日だったんだっけ?
 ピンポーン、とインターホンのボタンを押せば、少し間をおいて『はい』と穏やかな声が返ってきた。

「お父さん、ただいま」
『蒼輝か? ちょっと待ちや』

 通話が切れると、ばたばたと小走りするような足音が近付いてくる。
 ゆっくりと開いたドアの向こうで、お父さんはにこやかに私を出迎えてくれた。

「おかえり。蒼輝」
「うん。ただいま」

 マフラーを外しながら一歩家に入れば、暖かな空気がふわりと私を包みこんでくれる。
 ああ、あったかい。
 鍵を閉めながら「寒かったやろ」と言うお父さんにうんとうなずいて、私は上がり框に座りこんだ。

「今日は、クラブやったんか?」
「うん、そうそう」
「疲れたやろ。今日はお父さんがご飯作ったるから、ゆっくりしとき」
「え!? そんなん悪いわ。お父さんこそ、せっかく休みなんやから、ゆっくりしたらええのに」

 慌てて靴を脱ぎながら言えば、お父さんは「あほ」と苦笑い。

「休みやからこそ、将棋以外のことで気分転換するんやろ」
「せやけど……」
「ほんなら、ご飯の準備と片付け、手伝ってくれんか。それやったら、お父さんも楽できるし。な?」
「……うん。分かった」

 お手伝いならお安いご用だ。私の返事に満足したようにうなずいて、お父さんは先にリビングへ戻っていった。
 さて、ご飯の準備を手伝う前に、私もやることをやっておかないと。
 手を洗ってからおやつをつまんで、宿題をして。
 そうだ。おやつの前に、一番大事なことをしなきゃ。

 自分の部屋にランドセルと上着を放り出して、すぐに隣の部屋へ行く。
 私の部屋の隣は、去年から空き部屋になっていて、ほとんど物がなにもない。
 けれど、がらんとした和室のすみっこには、たった一つの、存在感のあるそれが置かれていた。
 それの前にしかれた座布団に正座をして、お輪(りん)を二回鳴らす。目を閉じて手を合わせながら、私は小さくつぶやいた。

「お母さん、ただいま」

 仏壇に飾られた、小さな写真立ての中で、お母さんは穏やかに笑っている。
 返事がくることなんてないと分かり切っているけれど、こうしてお母さんと話をするのが、私の日課だ。

「お母さん、あのね。今日、新しい友達ができたんやで」
『へえ、そうなん? どんな子、どんな子?』

 実際に声が聞こえてくるわけじゃないけれど、お母さんだったらそう言ってくれそうな気がして。
 ここには見えない、楽しげな笑顔を想像して、思わず小さく笑ってしまう。

「ウィリアムズ君っていうねん。イギリスから来たんやって」
『へええ。留学生ってこと?』
「ほんでな、将棋が好きなんやって! 今日のクラブで一緒に指したんやけど、すごい強かってん」
『将棋ができるん⁉ ええなあ、すごいなあ!』
「友達になろうよ、って言うてくれてん。もっと一緒に将棋したいって……ちょっと恥ずかしかったけど、嬉しかったわ。私も、もっとウィリアムズ君と指したいもん」
『ええ友達になれそうでよかったやん。お母さんも安心やわ』

 返ってこない声を想像しながら、お母さんに話しかける。
 お母さんにも、いつか見てほしかったな。私とウィリアムズ君が、一緒に将棋を指すところ。

「ほんなら、おやつ食べて、宿題してくるわ」

 またね、と言って、仏壇の前を離れる。

『ご飯の前なんやから、食べすぎたらあかんで』

 小さい頃、そう言ってたしなめてくれたのとよく似た声が聞こえた気がした。




「へえ、イギリスからの転校生か」
「そう! しかもな、将棋ができるんやで」
「ほんまか! すごいなあ。海外の子で将棋が指せる子は、なかなかおらんぞ」

 向かい合ってご飯を食べながら、お父さんにも今日あったことを話す。
 ウィリアムズ君が転校してきたこと。
 彼が将棋を好きなこと。
 クラブの時間に、彼と将棋を指したこと。
 勝ったのは私だったけれど、彼もかなり強くてびっくりしたこと……
 思い返してみたら、今日は何だか、話題のつきない一日だったなあ。

 学校の話が一区切りついたところで、お父さんが、「ええなあ」とため息をつく。

「将棋の話をしとったら、父さんも指したなってきたわ」
「来週は嫌でも将棋せなあかんやんか」
「公式の対局とは全然違うやん」
「それはそうやけど」

 一度将棋のことから離れて、休憩するための日なのに、結局将棋のことを考えてる。
 お父さんって、本当に根っからの将棋指しなんだなあ。
 こうして話をすると、改めて実感できた。

「ごちそうさまでした」
「ん、おそまつさまでした」

 久しぶりに食べたお父さんのカレーは、おいしかった。私もちょっと手伝ったけど前に食べた時と変わらない、安定の味。
 自分の分の食器を片付けようと立ち上がれば、ふと、お父さんが口を開く。

「蒼輝。お父さん、来週からまたしばらく忙しくなるんや。関東に移動したり、こっちに戻ってきたりするしな」
「うん。そうやね」

 お父さんは、職業柄、関西と関東――ここ、神戸や大阪と東京を行ったり来たりをすることがたまにある。
 私は全然気にしていないけれど、お父さんとしては、さびしい思いをさせてしまっていると思ったのかもしれない。

「久しぶりに指そうや。将棋、教えたろ」

 お父さんがそう言ってくれたのが、ものすごく嬉しかった。
 だって、お父さんは――

「ほんまに? ええの? 教えてくれるん?」
「おん。今日は眠たくなるまで将棋漬けや。片付けはお父さんがやっといたるから、お風呂の準備してき」
「うん!」

 お父さんと将棋が指せる。
 こんなの、いつぶりだろう? 楽しみ!
 うきうき、わくわく、どきどき、高鳴る胸に手を当てて、私は軽い足取りでお風呂の準備をしに向かったのだった。
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