雪降る夜はあなたに会いたい【本編・番外編完結】

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第二部

"前夜" 2

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 日曜日の夕方、家族三人団欒のひと時、私一人が緊張しながら夕食を食べていた。

「――実は今日、大事な話があって」

心を決めて、食べ終えた茶碗をテーブルに置き姿勢を正した。

「なに? 改まっちゃって。怖いじゃないの」

つられたように母も箸を置き、私を見据える。

「あのね、私、結婚したい人がいるの。だから、今度会ってもらえないかな。彼が挨拶に来たいって言ってて――」
「え!」

母より先に、優太が声を発した。

「姉ちゃんが付き合ってるっていう男か? どこのどいつだか素性の知らない男――」
「優太、ちょっと静かにしなさい」

何故だか興奮しだした優太をたしなめ、母が落ち着いた表情で私を見た。

「前に、お付き合いしてる人がいるって言ってたよね。その人?」
「そうなの」
「どんな人? 同じ、市役所で働いている人?」

どんな風に説明しようか。何から言おうか。頭の中で必死に答えを探す。

「それならそうと言えばいいものを。変に隠すから、俺はてっきり人には言えないような怪しい奴なんじゃないかと心配してたんだぞ。オフィスラブかー。やるなあ、姉ちゃん」

――言えないような怪しい奴。

失礼な言いぐさだけれど、言いにくい人だったことには変わりない。でも、きちんと説明しなければならない。私だけじゃない、きっとこの先、母にも多かれ少なかれ肩身の狭い思いをさせてしまうことになる。

「職場の人じゃないの」
「そうなの?  お母さん、職場の人だと思ってた。職場以外にも出会いがあったの?」
「五年前に知り合って、それでちゃんとお付き合い始めたのが二年前。その人と結婚しようってことになって……」
「へぇ。それはそれは長いお付き合いなのね。なら、お互いをよく知った上でのことでいいじゃない。それで、どんな人?」
「問題はそこだ。どこの誰だよ。五年前からの知り合いって、姉ちゃん、まだ学生じゃん」

二人して身を乗り出して私を一心に見つめるから、たじろいでしまう。心を決めて口を開いた。

「三歳年上の人で、榊創介さんって言うんだけど――」
「三歳差か……ちょうどいいわね」
「確かにな。それでそれで?」

母も弟もどこか楽しそうで、ますます私は顔を引きつらせていく。もう単刀直入に言ってしまうことにした。

「丸菱グループって知ってるよね。その家の人」

こうなったら開き直るしかない。

「――まるびしグループって、どこのグループだよ。サークルか何か?」

優太が「え?」という表情を一瞬見せたけれど、すぐに元の表情に戻る。どんな勘違いの余地も与えないように、はっきりと言った。

「有名な企業の丸菱。二人とも聞いたことくらいはあるでしょ?  そこの創業家の生まれで、今、創介さんは丸菱グループに勤めてて。お父様が社長で、ゆくゆくは創介さんも社長に――」
「ちょっと待った!」

さっきまでへらへらしていた優太が突然声を張り上げた。

「丸菱って、あの丸菱? 寝言は寝て言えだ。丸菱って言ったら、日本で一、二を争う大企業だ。歴史も格式もある、旧財閥系の大大大企業だよ。そこの息子って、そんなの、うちみたいな家の人間が出会うわけない。それ、騙されてんじゃねーの? 『俺、丸菱の関係者だから』とか言って、甘い言葉で誘惑して。姉ちゃんみたいに気のいい人間はすぐに騙されるぞ!」

身振り手振り、すさまじい勢いで優太がまくし立てる。

「――優太、静かにしなさい。雪野が地位なんかで男の人を選ぶわけがないでしょ」
「でもだな――っ」

母の静かな声が、興奮する優太を押し止めた。でも、その目は決していつもの優しい目なんかじゃなかった。

「雪野。二年という期間、お付き合いしてきたのよね? それで、二人で結婚を決めた。それでいい?」

母が私の目を真っ直ぐに見つめる。

「うん。相手が相手だし、私もいろいろと考えた。それでも、やっぱりあの人の傍にいたいと思った。お母さんには、何かと迷惑をかけるかもしれない。でも、どうか――」
「話は分かった。来週の日曜日、お母さんパートないから、榊さんの都合がよければ来てもらって」

私に最後まで話させずにそう言った。

「分かった」
「じゃあ、夕飯の片付けでもしちゃおうかな」

母はそれ以上その話には触れずに、さっさと台所へと行ってしまった。残された私に、優太が口を開く。

「……姉ちゃん。ちゃんと分かってるのか? 結婚だぞ? ただの付き合いじゃない、相手の家族も絡んで来るんだ。そんな得体の知れない家に入って行って、大丈夫なのか?」

いつもは冗談交じりの会話しかしない優太が真面目な顔で私を見た。そう思う気持ちはよく分かる。私だって怖くないわけじゃない。

「もう充分、考えて来たことだから」

優太はそれでもまだ何かを言いたげだったけれど、ふっと息を吐き立ち上がった。

 一人になった部屋で、私も大きく息を吐く。

二人とも、”おめでとう”とは言ってくれなかったな――。

母は反対だとは言わなかった。それが救いかもしれない。かもしれないけど……。

私の胸には、消えない不安が鉛のようにのしかかった。
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