雨の庭で来ぬ君を待つ【本編・その後 完結】

文字の大きさ
18 / 154
第二章 白驟雨

しおりを挟む



 樹が、私と同じ高校に入学した。どう継母を説得したのか、詳しいことは分からない。継母が、私の前ではそのことを話題にすることはなかった。
 それでも、私はこれまで以上に細心の注意を払った。

 同じ高校に通うことで、学校にいる時だけは、親の目を気にせず過ごせる二人の時間を手に入れることができた。

(昼休み、特別教室棟の屋上階踊り場に来て)

四時間目が始まる少し前、樹から連絡が入る。それは、屋上階の踊り場だったり、空き教室だったり、校舎裏だったり。場所は違えど、ほぼ毎日のようにこうして呼び出される。

 その日も、樹に呼び出されていた。   
 昼休みに屋上階の踊り場へと向かう。これまでは、昼休みはいつも一人だった。教室にいるのは気詰りですぐに一人になれる場所に行っていた。樹がこの高校に入学して来てからは、一人じゃない時間が出来た。

こんな風に誰かと過ごす時間が、以前にもあった――。

ふっと記憶が蘇ろうとして、その記憶を押し戻す。

 長い廊下を進み、階段のある場所にたどり着いた。目の前にある階段を上れば、樹がいるはずだ。一段目に足を掛けた時だった。

「――で、話って何かな」

誰か来ているのだろうか。踊り場の方から、樹の声が聞こえて来た。一段目で足が止まる。

糸原いとはら君と同じクラスになって、糸原君のこといいなって思ってたの。もし、彼女いないなら――」

女の子の声だ。立ち聞きなんてよくないと思いながらも、進むことも戻ることも出来ない。

「それってつまり、俺と付き合いたいってことかな?」

彼女にすべてを言わせずに、樹がそう口にしていた。

「うん。どう、かな……?」

彼女がどれほどまでに緊張しているのか、その口調で分かる。きっと、勇気を出して樹を呼び出したのだろう。樹なら、こんな風に想いを寄せて来る女の子がいても不思議じゃない。私とは違って、いつも人の輪の中心にいるような人間だ。
 これ以上ここにいるのもいたたまれなくて、そのまま引き返す。

「ありがとう。でもごめんね、俺、誰かと付き合う気はないんだ。じゃあ」
「えっ」

女の子の驚いたような声と同時に、駆け下りて来る足音が近づく。慌てて、私は駆け出した。

「待って!」

腕を捕まえられて思わず振り向いてしまった。樹と、その後ろから階段を下りて来る女の子も視界に入る。
 ここから立ち去りたくて何度も腕を振り払っても、樹はその手を緩めてはくれない。そんな私たちを見ている女の子は、今にも泣きそうな目をして走り出した。綺麗な長い髪からふわりと甘い香りがする、色白で可愛らしい女の子だった。すぐにその背中は見えなくなった。

「どうしてこんなことするの?」

手を離してくれない樹に抗議の目を向ける。

「姉さんはどう思った?」

他の人の前で、こんな風に腕を掴んだり声を掛けたり、そんな樹に怒りが抑えられない。

「俺が、他の女の子に好きだって言われてるのを聞いて、どう思ったかって聞いてるんだよ」

睨んだ先にあった目は、私の怒りなんて一瞬にして無意味になる鋭いものだった。

「樹は、私なんかじゃなくて、クラスメイトの女の子とか、そういう普通の子と一緒にいた方がいいんじゃないかって――」
「へぇ、それは、姉の立場としての立場? それとも、俺の彼女として?」
「それは――っ」

樹が、掴んでいた私の腕を強く引き寄せる。そのせいで身体が樹に触れる。姉の立場なのかそうじゃないかなんて、そんな線引き出来るわけがない。私は、どちらの立場でもある。

「どっちでも同じか。姉さんが、俺と同じ気持ちじゃないことだけは確かだ。だったら分からせるまでだ。姉さんは、俺の女なんだってこと」

乱暴に唇を塞がれる。噛みつくみたいに荒っぽくて歯が何度もかち合う。抵抗するように肩を何度も叩くけれど、やめてはくれなかった。それどころか、その唇は首筋に吸いつき、ブレザーの中に手のひらを侵入させてシャツの上から胸を掴んだ。

「やっ、こんなところで止めて――」
「何が? 何をされると思ってるの? 例えば、こんなこととか?」

低くなった声が耳元で聞こえたと同時に、樹のもう片方の手が私のスカートに入り込んで来る。

「お願い、やめて……」

勝手に涙が溢れる。私は一体何が悲しいのだろう。

「……姉さん」

樹が酷く苦しそうに表情を歪める。

「樹のこと、大事だよ。一番に樹のこと考えてる。どうして、それじゃだめなの?」
「……それだけじゃ、足りないよ」

そう声を漏らすと、樹がその場に座り込んだ。その丸まった背中に胸が痛む。

「樹……お弁当、食べよう」

私にできることは、ただそばにいることだけだ。


「そろそろ県大会始まるよね? 最近、練習頑張ってるね。帰る時いつも、校庭で練習してる樹を見てるよ」

階段踊り場の壁にもたれて、二人でお弁当を食べる。

「姉さん、俺が練習してるとこなんて、見てるの?」

少し驚いたように、樹が私を見た。

「そりゃあ、見てるよ。学校違う時は見られなかったけど、今は見られるんだもん」
「そう……」
「ほら、私、部活にも入ってないし、読書以外大した趣味もないし。だからかな。樹が野球に打ち込んでいるところを見るの、結構楽しいの」

私といる時とは全然違う姿になる。真剣な目で、ひたすらにボールを追いかけている。こんな樹の姿を知れたのも、私と同じ高校に入学したからだ。

「俺には、姉さんが分からないよ」

樹は、俯いたまま、そうぽつりと零した。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

処理中です...