雨の庭で来ぬ君を待つ【本編・その後 完結】

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《その後》二人で見た海であなたを待つ

初めての温もり 2

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「それにしても、どうして、僕の居場所が分かったの?」

テレビもステレオもないこの部屋は、会話が途切れたら否応なしに沈黙が訪れることになる。あの家で二人きりでいた頃は、もう少し平静を装えていたのに。それなのに、どうにも今の僕はだめみたいだ。それは、この部屋が狭いからか、それとも、彼女も僕を想ってくれていると知ってしまったからか。もう誰のものでもない彼女がここにいる。

「勘みたいなものです」
「勘?」
「勘というか、願望というか。春日井さんが手紙に書いてくれた気持ちがもし今でも変わっていないなら、思い出の場所で働いているんじゃないかって。だから私、いろんな地方の図書館に行ったんですよ? でも、一番可能性が高いのは、ここなんじゃないかって勝手に思って。ここが、私たち二人の思い出の場所だから……って、こんなこと言うの、恥ずかしいですね」

ここに来るまでに、そんなにもその足で歩いてくれたのか――。

未だ信じられない、”彼女が僕を想っている”ということが、現実なのだと僕に訴える。目の前にいる糸原さんが、少し頬を染めて目を伏せた。

「なんだか、春日井さんは今でも変わらず私を想ってくれているはずだと思っていたって自分で言っているようなものだから……図々しい、ですね」
「あ……まぁ、でも、それは、事実だ」

なんとも、気恥ずかしい。

 「でも、僕がここに来たのも、また図書館で働き始めたのもほんの三か月前なんだ。君が来るのがもう少し早かったら、僕たちは会えなかった」

僕がそう言うと、糸原さんは顔を上げた。

「そうだったんだ……。それなら、神様は私の味方をしてくれたんですね」

心底嬉しそうに笑う。――本当に良かった。そう言わんばかりに。そんな彼女の表情を見ていると、どうしても不思議に思えて仕方ない。

どうして、彼女は、僕を好きになったのだろうか――。

その要因が僕には全然思い当たらない。糸原さんの弟で長年の恋人だった人は、男の僕が見ても見惚れてしまうほどの美青年だった。身長も顔立ちも、僕とは似ても似つかない。彼を知っているからこそ、現実味がないのかもしれない。

「それにしても、捨てたはずの手紙が君の手元に行ってしまうとは思いもしなかったよ」

だからと言って、『どうして』だなんて聞くのもおかしいだろう。何か別の話題をと探したら、そんなことを言い出していた。

「春日井さんの部屋を片付けに来てくれた璃子さんが、ゴミ箱から見つけて。細かく破られていたのを一生懸命セロハンテープでつなぎ合わせてくれたんです」

それは、一体、どんな執念だ。時間に追われていた中で焦って書いたもの。そして、それを捨てるのにも焦っていた。そんな中でもかなり破ったはずなのに。僕は思わず苦笑する。

「璃子さんから伝言です。『勝手に手紙を読んでごめん。勝手に手紙を渡してごめん』と言っていました。それと、『私だけが悪いんじゃない。見られて困るなら持って行け』とも言っていました」
「そうか……。それも、そうだな」

もう笑うしかない。あの、ただ感情のままに書き綴ったものを、璃子も読んだのかと思うといたたまれなくなる。きっと”バカだ”と呆れただろう。

「……ずっと、璃子さんたちにも連絡していないんですよね?」

糸原さんの表情から、少し笑みが消える。

「ああ」
「だったら、もう、連絡してあげてみたらどうですか? きっと、心配していると思います」
「……そうだね。そうするよ」

僕が頷くと、糸原さんは安心したように再び笑顔になった。もう、糸原さんから逃げも隠れもする必要はないのだ。そこで、会話が途切れる。不意に訪れた沈黙の中で、彼女から空腹を知らせる音が聞こえて来た。

「あ……」

糸原さんが咄嗟にお腹を押さえる。そして、俯いて「ごめんなさい」と小さく言った。そんな姿すらも、ついこの表情が緩む。

「ううん。もう、夕飯の時間だもんな。気付かなくてごめんね。どこか、食べに行こうか――」

恥ずかしさを早く忘れてほしくて、僕は自然と早口になる。そうしたら、前のめりになって彼女が言った。

「だったら、私、作ります」
「でも、大した食材はないと思うよ」

僕は慌てて立ち上がり、小さい冷蔵庫を開けてみた。糸原さんと一緒に暮らしていた時から、少しは自炊をするようになっていた。でも、男の一人暮らしで作るものは限られている。やはり、キャベツににんじん、玉ねぎくらいしか見当たらなかった。それと、豚肉の余りがパックに入ったままだ。いつの間にか僕の隣に来ていた糸原さんが、一緒になって冷蔵庫の中を覗き込む。

「あんまりないだろう?」
「でも、ちょうど、焼きそばなら作れそうですよ? 塩焼きそばなんてどうですか?」

思わず近くにあった彼女の顔に驚いたけれど、あまりに満面の笑みを向けられたものだからそれを顔には出さずに頷いた。

「――じゃあ、お願いしていいかな」
「はい!」

元気よく返事をすると、早速糸原さんは台所に立った。
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