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《その後》二人で見た海であなたを待つ
初めての温もり 3
しおりを挟む「僕も、何か手伝うよ」
「春日井さん、料理出来るようになったんですか?」
目を丸くして僕を見る。
「少しはね。君と暮らしていた時のことが影響してる」
「だから、食材と調理器具もあるんだ」
まな板と包丁、フライパンを準備しながら彼女が言った。
「そう。だから、野菜の皮むきくらいはしようか」
「じゃあ、お願いします」
二人で暮らしていた頃は、朝食は一緒にとっていたけれど、こんな風に並んで料理をしたことはない。あの時は、彼女との必要以上の接触を避けていた。
彼女がキャベツを切っている横で、僕はにんじんの皮をむいた。
「ちゃんと手つきが手慣れてますね!」
「そうだろう? 人間、やり続ければ、たいていは出来るようになるみたいだ」
糸原さんが明るく言うから、自然とこちらも笑みになる。こんな風に喋るのはいつ以来だろう。多分、彼女と一緒に暮らしていた時以来だ。狭いキッチンだ。どうしても肩寄せ合う形になってしまう。そんなことを意識するのを忘れてしまうくらい、こうしていることが楽しかった。
「やっぱり、手際がいいな。焼きそばって、結構、難しいだろう? 水っぽくなったら台無しだ。でも、水分も上手く抜けて、ちょうどいい」
フライパンで炒める姿に感心してしまう。
「いつも以上に慎重にやってますから。絶対に失敗できないし」
大真面目に彼女が言った。
「君は、失敗なんてしないよ。でも、もし失敗したって構わない」
「私が嫌です。少しでも、いいところを見せたいんです。ポイント稼ぎです」
そう言っていたずらっぽく笑う彼女に、僕は返す言葉を失った。
「……春日井さん、どうかしましたか?」
「あ、いや。なんでもない」
そんな風に微笑まれたら、僕はどうしたらよいのか分からない。誰かの好意を受け取ることに慣れていない。
想像するまでもなく、糸原さんの作った焼きそばは最高に美味かった。
「ごちそうさま。こんなに美味しいもの、久しぶりに食べたよ」
「良かったです」
誰かと食事を囲むのも久しぶりだ。それも、その誰かは糸原さんだ。こんな日が来るとは夢にさえ見たことはなかった。
ふと、壁にかけている時計が目に入る。時計の針は、夜の八時をとうに過ぎていた。
「――もう、こんな時間か」
僕がそう漏らすと、糸原さんの肩がぴくりと上がった。見る見るその表情が硬くなる。
「君は今、どこに住んでる? もし東京都内なら、ここからだと、そろそろ帰らないと電車がなくなるかもしれない。駅まで、送って行こう――」
少し、腰を上げたところだった。俯いていた糸原さんが、突然声を張り上げた。
「あの――っ!」
「ん?」
少し驚いて、俯いたままの彼女の頭を見つめる。
「帰りたくないって、言っても、いい……?」
敬語でなくなっている緊張気味の口調に、どきりとする。僕は今、どんな表情をしているのだろう。二十七にもなって情けない。いろんな事がぐるぐると頭の中で回り過ぎて、すぐには言葉が出てこない。
「明日は日曜日で、仕事が休みで。それに、せっかくこうして二年ぶりに会えたから、もっと春日井さんと話がしたいなとか――」
必死に言葉をつなげる彼女を見つめる。
「もっと一緒にいたいって、私は思うけど、もし、春日井さんが嫌なら――」
糸原さんの声が小さくなって行く。そんな事を言わせているのが自分だと気付いて、我に返った。
「嫌なわけがない。君がいて、嫌だなんて思うわけがない」
顔を上げた糸原さんは、力が抜けたような歪んだ笑みを浮かべていた。
「……嫌だと思われなくて、ホッとしました」
その顔を見たら、不意に抱きしめてしまいたい衝動にかられて、自分の腕が動きそうになるのを止めるのに必死だった。
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