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第二章 嘘から始まる結婚

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 披露宴が刻々と近づいて来るなか、社内での結婚のアナウンスという、これまた厄介な作業があった。
 同じ部署の上司と部下。相手が伊藤さんなだけに、多かれ少なかれ驚かれるだろう。考えるだけで緊張する。振り返って見れば、この結婚を決めてから緊張することの連続だ。

「報告は僕の方からする。君は心配しなくていい」

と言われても。報告した後のことを考えれば不安しかない。

「……皆さん、驚きますよね。想像もつかない組み合わせだろうし」

つい、心の声が漏れてしまった。

「組合せ? まあ、社内恋愛ってことになるからね。多少のインパクトはしょうがないな」

私とは全然違う、余裕の爽やかスマイル。

ただの社内恋愛なだけじゃないんだけどな……。

私から見れば、組み合わせの問題の方が大きい。伊藤さんと私。何から何まで意外性しかない組み合わせだ。けれど伊藤さんの方は気にもしていないらしい。

「ーーじゃあ、朝イチで報告するからそのつもりで」
「はい」


ーーというわけで、発表当日。

「すみません、仕事の前に一つひとつ報告させてください」

始業時刻と同時に、伊藤さんが部長室から出てきてフロアを見渡す。覚悟は、散々してきたつもりだ。

大丈夫、大丈夫ーー。

心の中で呪文のように念じながら、緊張をやり過ごす。

「プライベートなことで申し訳ないが、結婚することになった」

一瞬の静寂のあと、躊躇いがちに漏れる女性の声や驚きつつもお祝いを口にする声。いろんな類の声がごちゃ混ぜになる。その声を聞いている私の心臓は、鼓動の速度を上げていく。

「それはおめでとうございます」

課長が社員を代表するように伊藤さんに笑顔を向けた。私の隣の席からはひそひそ声が聞こえて来る。

「ーー部長、お相手いたんだね。全然女性の影なかったけど、やっぱりいたんだ」
「誰だろ。社内?」
「まさか。普通に考えて、社外のどこかのご令嬢じゃない?」
「いや。もしかしたら学生時代からの付き合いとかで、超ハイスペな女性だったり」
「それ、あるかもね。バリキャリの大人な女性とか」
「絵になるな。でも。部長に女性の噂がなかった分、ちょっとショック」
「社内でも絶対狙ってた人多いよね」

段々と胃が痛くなって来るーー。

「柏原さん、こっちに」

そんな中、社員の間をかいくぐって伊藤さんの声が飛んで来る。それと同時に皆のひそひそ声が止んだ。そして、「あなたがどうしたの?」という視線が一斉に向けられる。

「は、はい」

どの視線も受け止めないように、ただ床を見つめながら伊藤さんの元へと向かう。

「柏原さんと結婚する。同じ部署内という事もあり、交際は皆には黙っていた」

今度は、ひそひそ声さえ漏れ伝わらない。声も出ないほどに驚いているということだ。声が出ない分だけ、ここにいる人全員の視線だけが鋭く刺さって、ただ必死に伊藤さんの隣に立っていた。

「か、しわばら、さん、ですか……?」

ようやく誰かが言葉にした。女性社員だった。

「そうですが、どうかしましたか?」

伊藤さんが真顔を向ける。

「い、いや。意外というか、思いもしなかったというか。部長と柏原さんとでは全然結びつかないというか……。あまりに驚き過ぎて、何かの冗談かな、なんて思ってしまったりして……」

それはきっと、衝撃のあまりそのまま漏れ出てしまったありのままの声。

分かります。そう言いたくなる気持ちが嫌でもわかるーー。

「冗談? 社内恋愛だ。多少驚かれるのは分かる。でも、どうして冗談という言葉が出てくるんですか?」

なのに、伊藤さんは本気で聞き返している。

「い、いえ、部長がということではなく、お相手が柏原さんだとおっしゃるので」
「柏原さんだとどうだと言うんです? そんなに不思議なことですか?」
「あ、あのーー」

いつも温和な伊藤さんにしては珍しく、その口調は少し厳しい。

そこは、相手を責めるのは可哀想ーー。

そう思っていると、とんでもないことを言い始めた。

「僕にとって、柏原さんはとても魅力的な女性ですが、それを知っているのは僕だけでいいとも思う」

えーー?

その恐ろしい発言に、思わず伊藤さんを見上げてしまう。

「でも、柏原さんがいつだって業務に真摯に当たっていること、常に周囲に気を配りきめ細やかな仕事をしていること。それに異論がある人はいないのではないかと思うのですがーーって、すみません。なんだか惚気みたいになってしまいましたね。僕も結婚を控えた浮かれた男なので、多めに見てください」

そう言ってにこりと笑う伊藤さんに、周囲も一気に和んだ。

「お幸せそうで何よりです」

そんな声が今度は躊躇いなく交わされ、社員をたちに笑顔が浮かんだ。
 ただ私一人が、動揺してしている。
 この状況に適した発言をしただけのこと。私たちが本物のカップルに見えるようにと考えて発されたものだということ。全てを理解しているというのに、この心は勝手に動悸を激しくして。ポンコツぶりを発揮している。

「というわけで、結婚に伴い、近々彼女は異動になります。色々と迷惑をかけますが、業務のサポートをよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」

激しい動揺の中我にかえり、慌てて頭を下げた。結局私が発した言葉はこの一言だけだった。

 
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