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第三章 穏やかな日々

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 冒頭。予想通り、ぽつんとある民家に何者かが押し入り、その家の娘が惨殺される。夜が明けて、明るくなるとともに晒される不審死。誰がいつどのように殺したのか、分からない。

正体が分からないままに続いて行く殺人事件――。

明かされない真実が、視聴者の恐怖を煽って行く。いよいよ主人公に魔の手が及ぶ。

――次に死ぬのはキミだよ。

ギャーっ。

切り裂くような悲鳴と共に聞こえて来たのは、

「……うっ」

画面からのものではない呻き声。

「えっ?」

突然の声に驚いて隣を見る。

「和樹、さん?!」

いつのまにかソファのクッションを抱え、それに顔を埋めていた。

「どうしたんですか?」
「襲われる場面、終わった?」

埋めたままで私に聞いて来る。

「え? あ、ああ……はい。場面は変わって、朝になって警察が来てます」

画面を確認してからそう答えると、和樹さんがクッションから顔を上げた。

「……はぁ」

そして、大きく息を吐いている。

「もしかして、こういうの苦手なんですか?」
「苦手じゃない。この映画好きだって言っただろ? ただ、血が吹き飛ぶのがダメんなんだ」
「……ふっ」

何故かムキになって訴えて来る和樹さんを見ていたら、可笑しくなってしまった。

「笑うなよ」
「すみません。和樹さんが怖がりなのがなんだか意外で」
「だから。怖いんじゃなくて。この映画観たことあるから、このシーンが一番残虐なのを知ってるの。だから――」
「分かりました。怖いんでもなく苦手でもないんですよね」
「……その言い方、なんか気に入らない」

その口調が、どこか拗ねているようで。また笑ってしまいそうになる。

「ごめんなさい」

これまで見たことのない和樹さんの素顔の一つを知ったようで、嬉しくなる。会社では絶対に見せない顔だし、これまで私に見せていたお兄さんのような顔でもない。

「それにしても、君は怖くないの?」
「はい。結構平気です」

昔から、遊園地に行けばお化け屋敷は一番に入ったし、怪談とか怖い話とか、嫌いじゃなかった。

「それも意外だ。勝手に君は怖がりなんじゃないかって思ってたけど、違うんだ」
「フィクションの世界には、怖いものがあんまりないんです」
「なるほど」

向こうの画面では緊迫感のあるシーンが続いている中、二人で笑う。

 それから映画が終わるまで、和樹さんは一度も画面から目を背けなかった。途中、結構苦しそうにしていたのを見ると、私に笑われたのが悔しくて無理をしていたのかもしれない。

「――終わった……」

エンドロールが流れたところで、和樹さんが全身から力を抜くように大きく肩を落としていた。それだけ、身体中に力を入れていたということだ。

「この映画、本当に好きなんですか?」
「本当だよ。いわゆる、怖いもの見たさ、みたいなもの」

ソファに深く背中を預けている。よっぽ疲れたのだろう。ネクタイは外されていて、第一ボタンが開いたシャツから見える鎖骨から喉仏へと続くライン。そんなところに不意に視線が行ってしまって、慌てて前を見た。

「――さて、残りの映画は明日の楽しみにして、私はもう休みますね」

ソファから立ち上がり、テレビの前へと行く。

「何本借りたの?」
「これを入れて三本です。土日にたっぷり時間がありますから、ゆっくり楽しみます」

ディスクを取り出しながら、背後から掛けられた問いに答える。

「……若林さん、独身だろ? 確か、付き合ってる人もいないんだよね?」

円盤を手にしたまま、一瞬止まる。

「――はい」
「週末会うのは、難しいの……?」

私の友達としての美久について、話をしようとしているわけではない――。

「そうですね……。美久とはいつも、月に一度金曜日、飲みに行くくらいです」
「たまには、土日に会うとか、1泊旅行とか――」
「今くらいの距離感がいいんですよ」

後ろを振り返り、和樹さんの顔を見た。

「あまりに一緒にい過ぎると、自分の気持ちを上手くコントロールできなくなるかもしれない。近付き過ぎて、この気持ちを気付かれても困るので」

その感情は、まるで和樹さんに対するものみたいだ。

「今のまま、気の置けない友人関係でいたいし、彼女を失いたくないんです。それに、彼女は今、婚活に励んでいますから。早く結婚したいみたいです」

そう言って笑う。

「そっか……」

和樹さんの表情が神妙になる。私の置かれた状況に、同情してくれているのかもしれない。

「そんな彼女を応援できるよう、頑張ります。好きな人には幸せになってもらいたい」

和樹さんと違って、私はいつも週末家で過ごしている。それを気にしているのか。

「週末一人でのんびり過ごすのも贅沢な時間ですから」

再び和樹さんに背を向け、手に持っていたままだったディスクをケースにしまう。

「――柚季」
「はい?」

手を止めずに返事をした。

「何か、吐き出したくなるような時があったら、いつでも話を聞くから」
「ありがとうございます。和樹さんも、私で出来ることがあれば何でも言ってくださいね」
「ああ。ありがとう」

和樹さんにとって私は同志だ。私も、そうありたいと思う。

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