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日常
第三百九十五話 チキンソテー
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ああ、もうすぐ後期課外が始まるなあ。
「春都~、これ、あげる」
ソファに座り、ゲームをしていたら母さんが一枚のチラシを持って来た。これは……花火大会のチラシか。後期課外が始まるということは、花火大会ももうすぐということなのだ。
「見に行くでしょ。浴衣着て」
「浴衣は決定事項なのか……」
「せっかく買ったんだから、着てる所見せてよ」
母さんはワクワクした様子で隣に座った。テーブルでパソコンと向き合っていた父さんも、顔をこちらに向けた。
「せっかくなら、咲良君たちと行ってくればいいんじゃないか」
そういやあいつも浴衣持ってるって言ってたなあ。というか、俺が誘わなくても咲良から声がかかると思うんだが。
「ん、噂をすれば……」
咲良もチラシを見つけたのだろうか。メッセージが送られてきた。
いったんセーブをしてポーズ画面にし、スマホを見る。
『花火大会、菜々世も誘った!』
おう。もう行くことが決定してしまった。そのメッセージを横から見た母さんが笑って言った。
「春都、ここまで言われないと行かないからねえ。よく分かってるじゃない、咲良君」
「うん……否定はできない」
どう返事すべきか悩んだが、とりあえず、なんともいえない犬の絵の了解スタンプを送っておく。このスタンプ、意外と使いやすい。
「咲良君が友達誘うなら、春都も誘えばいいじゃないの」
「あー……それもそうか?」
だとしたら、誰を誘おう。朝比奈は家が大変そうだし、百瀬は百瀬できょうだい多くてその世話が大変だと言っていた。だとすれば……
「観月だな」
「いいんじゃない? あの子なら、浴衣も持ってるでしょう」
「でもあそこから見えるよなあ、花火」
わざわざあの人混みに出るだろうか。まあ、聞いてみるだけ聞いてみてもいい。
さっそくメッセージを送ろうとトーク画面を開くが、母さんに「ちょっと待って」と止められる。
「何」
「せっかくだから、直接言ってきたら?」
ついでに、と、母さんは実にさわやかな笑顔で言った。
「買い物して来て」
「そっちが本題だな……まあ、別にいいけど」
買い物メモを受け取り、立ち上がる。今日もずいぶん暑そうだ。帽子かぶって、自転車で行くとしよう。保冷バッグも、必須だな。
「いいよ~、楽しそう! 浴衣着る機会なんてあんまりないから、楽しみだなあ」
観月はにこにこ笑って言った。
「人ごみに疲れたらうちに寄ってくれてもいいし」
「それはありがたいな」
「友達と屋台回るとか、初めてかもなあ。いっつも家で見てるから、屋台見て回るにしても、欲しいもの買ったらすぐに切り上げてたもん」
それはそれでうらやましいが、観月には観月なりに思うところがあるのだろう。とても楽し気なその様子に、思わず頬が緩む。
「時間はまた連絡する」
「うん! その日は特に予定もないから、いつでもいいよ!」
ちょうどそこで来客があったので、会話を切り上げ、買い物へ向かった。
薄雲がかかって少しだけ日差しが弱まった空の下を行く。川沿いだからといって涼しいわけではないが、吹く風はどこか爽やかだ。
ここにいろんな店が並ぶんだよなあ。
老朽化して一時期は立ち入り禁止になっていた河川敷も、今はすっかり舗装されてきれいになっている。少し道幅も広くなっただろうか。
花火大会の日は、河川敷だけでなく、道路にも屋台が建ち並ぶ。少し陽が沈み始めるころには歩行者天国になり、いつもは車でごった返す道路には人があふれかえるのだ。その空気、熱、匂いは何ともいえない。
祭りでは何を食べようか。豚汁は出るかなあ。ああ、やっぱり粉ものだろうか。たこ焼き、箸巻き、焼きそば……やっぱり祭りには、ソースの香ばしさがよく似合う。
かき氷もいい。荒めに削られた氷は濃いシロップ味で、おしゃれなカフェのおしゃれなかき氷とは違うけど、あの祭りの熱に浮かされた体を冷ますにはちょうどいいんだ。ああ、りんご飴もいい。わたあめや冷やしパインも捨てがたいところである。
食いもん以外の屋台も気になる。金魚すくい、ヨーヨー釣り、射的にスーパーボールすくい。射的はやったことがない。アニメや漫画ではよく見るけど、実際にやったことがあるのは金魚とヨーヨーくらいなものだ。
ひとけのない通りに入り、花丸スーパーまでまっすぐ向かう。どこかの家の軒先で、風鈴が揺れて涼しげな音を立てた。
今年は、晴れるといいなあ。
買い物したときについでに買った、瓶ラムネを飲みながら晩飯を待つ。
花火大会のことを考えていたら、つい、手が伸びてしまった。開けたとき、意外と泡が噴き出さなかったのに、逆にびっくりした。
「できたよー」
今日はシンプルなチキンソテーだ。にんにくも一緒に焼いてあるので香りがいい。
「いただきます」
カリッカリに焼けた皮目に醤油が少し垂らしてある。皿にたまったたっぷりの肉汁を身に絡めて、ご飯の上にのせる。こうすると、鶏のうま味を余すことなく味わえていいのだ。
プリプリの身から、ジュワッとあふれだすうま味たっぷりの脂。絡めた醤油の風味が香ばしい。にんにくの味がよく出ている。
皮はパリッパリで食感も楽しい。肉と一緒に食うとうま味が倍増し、皮だけで食うとその香ばしさをよく味わえる。
にんにくはカリカリなのとふやふやしたのと、二種類の食感がある。カリカリなのは少し苦みを感じる気もするが、風味があっていい。やわらかい方は、鶏肉とよく合う。ちょっとイモっぽいな。
そして、鶏のうま味が移ったご飯をかきこむ。塩コショウの味と、鶏のうま味は、それだけでご飯が進む代物なんだ。
そして、香ばしく焼けた鶏には炭酸がよく合う。
「それで、観月君はどうだったの?」
母さんに聞かれ、嬉々とした様子だったことを言うと、父さんと揃って楽しそうに笑った。
「それはよかったね。楽しみじゃない」
「今年は晴れるといいな」
「うん、それは思った」
もう一つ、鶏肉を食べる。おお、皮目がものすごくジューシーだった。もちもちした感じ、これが癖になるんだよな。
口の周りに着いた油をティッシュで拭う。
晴れてほしいなら、てるてる坊主を作るのも悪くないな。
「ごちそうさまでした」
「春都~、これ、あげる」
ソファに座り、ゲームをしていたら母さんが一枚のチラシを持って来た。これは……花火大会のチラシか。後期課外が始まるということは、花火大会ももうすぐということなのだ。
「見に行くでしょ。浴衣着て」
「浴衣は決定事項なのか……」
「せっかく買ったんだから、着てる所見せてよ」
母さんはワクワクした様子で隣に座った。テーブルでパソコンと向き合っていた父さんも、顔をこちらに向けた。
「せっかくなら、咲良君たちと行ってくればいいんじゃないか」
そういやあいつも浴衣持ってるって言ってたなあ。というか、俺が誘わなくても咲良から声がかかると思うんだが。
「ん、噂をすれば……」
咲良もチラシを見つけたのだろうか。メッセージが送られてきた。
いったんセーブをしてポーズ画面にし、スマホを見る。
『花火大会、菜々世も誘った!』
おう。もう行くことが決定してしまった。そのメッセージを横から見た母さんが笑って言った。
「春都、ここまで言われないと行かないからねえ。よく分かってるじゃない、咲良君」
「うん……否定はできない」
どう返事すべきか悩んだが、とりあえず、なんともいえない犬の絵の了解スタンプを送っておく。このスタンプ、意外と使いやすい。
「咲良君が友達誘うなら、春都も誘えばいいじゃないの」
「あー……それもそうか?」
だとしたら、誰を誘おう。朝比奈は家が大変そうだし、百瀬は百瀬できょうだい多くてその世話が大変だと言っていた。だとすれば……
「観月だな」
「いいんじゃない? あの子なら、浴衣も持ってるでしょう」
「でもあそこから見えるよなあ、花火」
わざわざあの人混みに出るだろうか。まあ、聞いてみるだけ聞いてみてもいい。
さっそくメッセージを送ろうとトーク画面を開くが、母さんに「ちょっと待って」と止められる。
「何」
「せっかくだから、直接言ってきたら?」
ついでに、と、母さんは実にさわやかな笑顔で言った。
「買い物して来て」
「そっちが本題だな……まあ、別にいいけど」
買い物メモを受け取り、立ち上がる。今日もずいぶん暑そうだ。帽子かぶって、自転車で行くとしよう。保冷バッグも、必須だな。
「いいよ~、楽しそう! 浴衣着る機会なんてあんまりないから、楽しみだなあ」
観月はにこにこ笑って言った。
「人ごみに疲れたらうちに寄ってくれてもいいし」
「それはありがたいな」
「友達と屋台回るとか、初めてかもなあ。いっつも家で見てるから、屋台見て回るにしても、欲しいもの買ったらすぐに切り上げてたもん」
それはそれでうらやましいが、観月には観月なりに思うところがあるのだろう。とても楽し気なその様子に、思わず頬が緩む。
「時間はまた連絡する」
「うん! その日は特に予定もないから、いつでもいいよ!」
ちょうどそこで来客があったので、会話を切り上げ、買い物へ向かった。
薄雲がかかって少しだけ日差しが弱まった空の下を行く。川沿いだからといって涼しいわけではないが、吹く風はどこか爽やかだ。
ここにいろんな店が並ぶんだよなあ。
老朽化して一時期は立ち入り禁止になっていた河川敷も、今はすっかり舗装されてきれいになっている。少し道幅も広くなっただろうか。
花火大会の日は、河川敷だけでなく、道路にも屋台が建ち並ぶ。少し陽が沈み始めるころには歩行者天国になり、いつもは車でごった返す道路には人があふれかえるのだ。その空気、熱、匂いは何ともいえない。
祭りでは何を食べようか。豚汁は出るかなあ。ああ、やっぱり粉ものだろうか。たこ焼き、箸巻き、焼きそば……やっぱり祭りには、ソースの香ばしさがよく似合う。
かき氷もいい。荒めに削られた氷は濃いシロップ味で、おしゃれなカフェのおしゃれなかき氷とは違うけど、あの祭りの熱に浮かされた体を冷ますにはちょうどいいんだ。ああ、りんご飴もいい。わたあめや冷やしパインも捨てがたいところである。
食いもん以外の屋台も気になる。金魚すくい、ヨーヨー釣り、射的にスーパーボールすくい。射的はやったことがない。アニメや漫画ではよく見るけど、実際にやったことがあるのは金魚とヨーヨーくらいなものだ。
ひとけのない通りに入り、花丸スーパーまでまっすぐ向かう。どこかの家の軒先で、風鈴が揺れて涼しげな音を立てた。
今年は、晴れるといいなあ。
買い物したときについでに買った、瓶ラムネを飲みながら晩飯を待つ。
花火大会のことを考えていたら、つい、手が伸びてしまった。開けたとき、意外と泡が噴き出さなかったのに、逆にびっくりした。
「できたよー」
今日はシンプルなチキンソテーだ。にんにくも一緒に焼いてあるので香りがいい。
「いただきます」
カリッカリに焼けた皮目に醤油が少し垂らしてある。皿にたまったたっぷりの肉汁を身に絡めて、ご飯の上にのせる。こうすると、鶏のうま味を余すことなく味わえていいのだ。
プリプリの身から、ジュワッとあふれだすうま味たっぷりの脂。絡めた醤油の風味が香ばしい。にんにくの味がよく出ている。
皮はパリッパリで食感も楽しい。肉と一緒に食うとうま味が倍増し、皮だけで食うとその香ばしさをよく味わえる。
にんにくはカリカリなのとふやふやしたのと、二種類の食感がある。カリカリなのは少し苦みを感じる気もするが、風味があっていい。やわらかい方は、鶏肉とよく合う。ちょっとイモっぽいな。
そして、鶏のうま味が移ったご飯をかきこむ。塩コショウの味と、鶏のうま味は、それだけでご飯が進む代物なんだ。
そして、香ばしく焼けた鶏には炭酸がよく合う。
「それで、観月君はどうだったの?」
母さんに聞かれ、嬉々とした様子だったことを言うと、父さんと揃って楽しそうに笑った。
「それはよかったね。楽しみじゃない」
「今年は晴れるといいな」
「うん、それは思った」
もう一つ、鶏肉を食べる。おお、皮目がものすごくジューシーだった。もちもちした感じ、これが癖になるんだよな。
口の周りに着いた油をティッシュで拭う。
晴れてほしいなら、てるてる坊主を作るのも悪くないな。
「ごちそうさまでした」
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