一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百十八話 年越しごはん

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 大晦日である。今年は、店の方で年越しをする。
「うーん、これといってないなあ」
 父さんは言いながら、テレビのチャンネルを変える。バラエティやドキュメンタリー、再放送にスペシャル番組。ニュース番組は正月を迎える街の賑わいを紹介し、天気予報では参拝客であふれかえる前の神社を映している。
 どのチャンネルにしても似たような構成で、時間が変わって番組が変わっても、別のチャンネルでやってたような番組に変わるだけだ。
「まあいいか、これで」
 父さんはいつも見ている番組の特番をつけ、銀杏の皮むきを始めた。
 そもそも俺はアニメ以外、あんま見ないからなあ、テレビ。今だってゲームに一生懸命だ。片づけたら出てきたゲーム、久々にやってみたら面白かったんだよなあ。でもちょっとやり過ぎて疲れてきた。他にもゲーム、いろいろ並行してやってたし。そろそろ休憩しよう。会社は黒字、経営は順調、ついでに所持金もいい感じに増えた。そろそろ区切りとしましょうか。
 ぬくぬくとしたこたつを抜けて、頭を冷やすつもりで外に出る。でも、寒いのは嫌なのではんてんを着ておくとしよう。
「なんだ、春都。ゲームはもういいのか」
 店の掃除をしていたじいちゃんが、手を止めて言う。大方、片付けは済んでいたが、仕上げに掃いているという感じだ。
「んー、休憩」
「そうか」
「なんかする?」
「いや、大丈夫だ。怪我すると危ない」
 確かに店には、扱いに気を付けなければならないものがたくさんある。工具とか、部品とか。でも俺ももう小さくないし、多少は大丈夫だと思うのだが。そう思っていたら、じいちゃんは言葉を続けた。
「そろそろばあちゃんたちも帰ってくる。そっちを手伝ってくれと、頼まれていただろう」
「あー、そっか」
 ばあちゃんと母さんは、おせちの買い出しに行っている。大抵のものは買ってきていたらしいが、ちょこちょこ普段の料理に使って、足りなくなったものもできたようで、それを買いに行っている。荷物持ちを申し出たが、帰ってきて料理を手伝ってくれたらいいと言われていたのを思い出す。
 じいちゃんは笑った。
「相当こき使われるだろうからな、今のうちに休んでおけ」
「分かった」
 あ、なんかエンジン音が聞こえてきた。自分ちの車って、すぐ分かるのは何だろう。似てる車の音もあるから、たまに間違えるけど。
 えーっと、おせちは何を作るんだったかな……

 花に見えるようにカブに切れ込みを入れ、薄切りしたニンジンは梅の型で抜いていく。短冊形に切った昆布は真ん中に切れ込みを入れる。酢の物用の野菜に昆布の準備は、根気がいる。それにしてもニンジン、かってぇな。
「ったた……はい、出来たよ」
「ありがとー」
 母さんに野菜と昆布を渡す。わあ、手にも梅型がついてる。まじまじとそれを見ていたら、今度はばあちゃんが言った。
「次、こっちよろしく」
「うっす」
 よしきた。さっきの作業よりもっと根気と覚悟がいるやつ。数の子の薄皮を剥くのだ。これがまた大変でなあ。でも、これやんなきゃおいしく食べられないからなあ。頑張るか。寒いんだよなあ、これが。
 水にさらしながら剥くから、尋常じゃなく冷たいんだ。お湯でやるわけにもいかないし。ま、井戸水だからしばらく出してたら大丈夫か。ああ、指先の感覚が。
 きれいに剥けると気持ちがいい。つるっと、ピーッと筋みたいなのが取れるの、楽しいな。
 深追いしすぎないように、かつ、きれいに。
「あー……腰が……」
 台所の高さが俺にはちょっと低いから、腰が痛くなる。どんどんと腰を叩き、再び作業に戻る。すると、じいちゃんが小さめの脚立を持って来てくれた。
「これに座ったらちょうどいいんじゃないか」
「ありがとう、助かる」
 あ、いいな、脚立。ちょっとした作業にはもってこいかもしれない。長時間座ってると痛くなりそうだけど。ああ、クッション置いて座ればいいのか。脚立、いいな。
 さて、もうひと頑張り。明日の飯のためだ。気合入れていくぜ。

 大晦日の一日って、いつもより時間が遅く過ぎるように感じる。夕方ごろから始まる音楽番組が待ち遠しい。普段なら、スマホを見ていればあっという間に過ぎる時間も、今日はのんびり過ぎていく。
 でも、それでも時間は確実に過ぎていく。いざ時計の針が進むと、もうこんな時間か、などと思ってしまう。勝手なものだな。
「おおー、豪華」
 テーブルの上には、おせちに負けない豪華な食事が並んでいる。天ぷら、からあげ、サラダに刺身。そして、大皿に盛られたそば。年越しそばは、ざるそばスタイルだ。伸びないから、のんびり食べられていいな。長い夜にぴったりである。
 テレビの準備も万全だ。
「いただきます」
 ざるそばといっても、つゆは温かい。甘みの強いつゆは、そばによく合う。ねぎもたっぷり絡めて食べると爽やかだ。この甘いつゆのそばって、なんか特別感あるんだよなあ。なんでだろ。
 えび天も食べよう。小さなえび天。味がギュッとつまってて、つゆにつけて食べても、塩をつけて食べてもうまい。塩で食べると、せんべいっぽい感じで香ばしい。尻尾も食べられるのがいいなあ。醤油は米に合いそうな味だ。
 さて、からあげも。ああ、揚げたてうまいなあ。にんにく醤油が香ばしく、衣も肉もうまい。ぷりっぷりで、ジューシーで、カリカリのサクサクで……くぅ、うまい。マヨネーズつけるとまた……うま味がにじみ出てくるんだなあ。柚子胡椒のピリッとしたアクセントを楽しむのも、またよしである。
 刺し身はマグロとイカとかんぱちか。マグロは安定のうまさである。イカも甘い。かんぱちは歯ごたえがうまいんだよな。
 サラダはレタスの緑にトマトの赤が鮮やかだ。醤油ベースのオリーブや玉ねぎが入ったドレッシングが、なんだか安心する。トマトの酸味と甘み、レタスのみずみずしさがたまらないな。
 玉ねぎのかき揚げには小さな貝柱がまぎれている。これがあるだけでうま味が格段に違うんだよなあ。玉ねぎそのものの甘味ももちろんうまく、ここに貝柱の風味、食感が加わってたまらない。衣サクサク、玉ねぎはシャキッと柔らかだ。
 ああ、そばうまいなあ。切り分けられたかまぼこも一緒に。かまぼこは、わさび醤油で食うのもうまい。ああ、わさび辛い。板わさのわさびって、どうしてこんなに辛く感じるんだろう。かまぼこが甘いからかな。
 つゆにそばをほぐす瞬間が楽しい。それをズズッとすするのも楽しい。いつも食べるのより、ちょっとお高いやつだからか、香りもいい。
 のんびり食べると言いながら、結局モリモリ食べてしまった。ま、いい。おやつとかもいっぱいあるし、長い夜を楽しもう。

「ごちそうさまでした」
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