一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百六十話 豚骨ラーメン

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 百瀬が行きたいチョコレート専門店というのは、一つだけではなかったらしい。確かに人は少ないが、一店舗につき相当な時間滞在するので、三店舗目にはもう疲れてしまっていた。
 楽しくないわけではない。ただもう、シンプルに疲れただけなのだ。
 四店舗目は白を基調とした、どこに目を向ければいいのか分からないようなおしゃれな店だった。チョコレートが並んでいるが、なんか、独創的な感じだ。俺の理解の範疇を超えているというか、何というか。
 百瀬は楽しそうにチョコレートを眺め、慣れた様子の朝比奈が、これもいいのではないかと百瀬に話しかけている。
「……春都ぉ」
「なんだ、咲良」
 そんな店のすみっこで気配を隠しながら、俺と咲良は待っていた。しかし、咲良の方が限界に達したらしい。遠い目をして、つぶやくように言った。
「俺今めっちゃ座りたい」
「奇遇だな、俺もだ」
 どういうわけか、どの店にも座る場所がない。おしゃれな場所には椅子がないのが通常なのだろうか。
「お付きの人ってさあ、こんな気分なのかなあ」
 咲良が百瀬を目で追いながら言う。
「どうだろうな。賃金が発生するならまた違うんじゃないか」
「俺ら無給だもんなあ……」
「まあなあ……」
 しばらく経っても一向に買い物が終わる気配がないので、朝比奈がふとこちらを向いた瞬間に、咲良が素早く「外に出ておく」とジェスチャーをした。朝比奈は大きく二度頷いた。
「よっしゃ、外出るぞ」
「おお」
 荷物は抱えたまま、外に出る。地元とは違う、人のざわめきと交通音に満ちた空間、排気ガスの匂いがほんのり漂ってはいるが、なんだかすがすがしい。
「はぁー、疲れた!」
 咲良は大きなため息をついた。
 ベンチはないが、道路と歩道の間に設置されたガードレールみたいなところに腰掛ける。これだけでも十分だ。背後に車の気配が絶え間なく流れているのが変な感じである。
「なんか甘いもんばっかり見てたから、しょっぱいもん食いたくなってきたわー」
 咲良の言葉に黙って頷く。俺は甘いものばかりを延々と食べ続けることはできない。しょっぱいものを挟まないと、ちょっと厳しい。甘いものを口にし続けてきたわけではないが、そろそろおつまみ系の食べ物が恋しくなってきたところである。ふと視線を逸らすと、見覚えのある色合いが目に入った。
「あそこにコンビニあるぞ。なんか買ってくるか」
 都会のコンビニは、地元にあるのと同じ系列店でも、違って見える。店員とか客とかの違いだろうか。はたまた、品ぞろえやレイアウトの違いともいえるのだろうか。都会って何となく天井が低いイメージなんだよなあ。
 そして、店先には風にはためくのぼりが一つ。「焼き鳥増量中!」か……
「あ、いいな」
「値段も商品もある程度予想つくしな」
 そして、しばらくの沈黙の後、どちらからともなくじゃんけんをする。勝った。
 咲良は長いため息をついてうつむくと、パッと顔を上げ、無言で荷物を突き出してきた。それを受け取ると、咲良はゆっくりと立ち上がる。
「何でもいい?」
「おー、あるもんでいい。金はあとで払う」
「ん、りょーかい」
 しばらくして咲良が買ってきたのは、ジャンボ豚バラだった。いいチョイスするじゃないか。
「ありがとなー」
「おう、ほれ、お茶も」
「お茶?」
「二本買ったらついてきた。ジャンボ焼き鳥につき一本サービス中なんだって」
 あー、コンビニってそういうのあるよなあ。
「いただきます」
 脂身が多めだが、それがうまいんだ。いい食感で、にじみ出る甘みとうま味が幸せだ。こしょうがよく効いていて、風味がいい。付属の七味をかけてもうまい。肉の部分は噛み応えがあっておいしいんだ。程よい温かさが嬉しい。
「あー、なんか口が求めてた味」
 咲良がしみじみとつぶやく。
 濃くて苦みが強めの緑茶を一口。脂をさっぱりと流してくれる。
「ごちそうさまでした」
 あっという間に食ってしまった。荷物を咲良に預け、ゴミは俺が捨てに行く。荷物を受け取って、また同じ位置に腰掛ける。それから、通り過ぎる人たちが着ている洋服は何色が多いかとか、通り過ぎる車は何色が多いかとか、何でもないようなことをゲームにして過ごした。
「なぁ、春都」
 そろそろ朝比奈と百瀬が店から出てくる頃だろうか、というところで、咲良が足をぶらぶらさせながら言った。
「帰りにラーメン食ってかね? うまい店知ってるから」
「賛成だ」

 朝比奈と百瀬は、またデパートに戻るから、と夕暮れ時に別れた。咲良の言う店は駅構内にあり、時間がちょうどよかったのか、人はそこまで多くなかった。カウンターの隅に通され、俺は壁際に座る。落ち着くなあ。
 大荷物から解放されたということも手伝って、いつになくうきうきしている。ラーメンと餃子を頼んで待つ。店中に広がる、香ばしくてしょっぱい香り、今日一日、求めていた香りである。
「お待たせしましたーっ。あ、お二人さん、よかったら卵おまけするけど、どう?」
 気のよさそうな店長のおじさんが、にこにこ笑って言う。ちらっと咲良と視線を合わせる。答えは一つしかないよなあ。
「喜んで、お願いします!」
「はいよーっ。いっぱい食べな!」
 自分で金払ってトッピングするのも楽しいけど、おまけってなんでこんなにうれしいんだろう。じゃあ、さっそく。
「いただきます」
 麺はもちろんバリカタで。ズズッとすする、その感覚がたまらない。豚骨の香りが鼻を刺激し、麺の食感と相まってなんとも言えないおいしさだ。このラーメンの麺の口当たりってのは、他の麺には出せないよなあ。
 スープはあっさり系で、細かく刻まれたチャーシューとの相性は抜群だ。チャーシューがうまくスープを吸ってちょうどいいんだなあ、これが。
 ネギは切りたてのようで、とても爽やかだ。
 煮卵。意外と自分じゃトッピングしないんだ。うわあ、半熟。甘めの醤油で煮てあるのか。コクがあって、白身にもしっかり味が染みていておいしい。黄身がトロトロで、まったりとした口に豚骨スープと麺を追いかければ、また違った味わいになる。
 餃子は、餃子のたれを使う。テプラでちゃんと「餃子のたれ」って書いてあるの、なんかラーメン屋って感じだ。新しいのを見るあたり、定期的に変えているんだろう。
 パリッとした表面、薄皮で小さめの餃子は肉汁があふれてとてもうまい。肉のうま味とにんにく、しょうがの芳香、にらは入ってなくて、次々と食べてしまいそうだ。ほんのり酸味のあるたれが爽やかである。
 替え玉には替え玉用のたれをかけて混ぜ、スープに入れる。今度はごまと、紅しょうがを入れて味変だ。
 このごまの風味が、豚骨に合う。ざらざら、プチプチとした舌触りも程よく、紅しょうがの酸味ともいい塩梅だ。紅しょうが、さっぱりしつつも、豚骨をさらにコク深くするのだからすごいものである。
 はあ、うまかった。最後の餃子を口にして、スープを飲む。あ、スープまで飲み干してしまった。塩辛くなくてうまかったなあ。チャーシューもあっさり淡白で、余すことなく食べた。
 どんぶりの底に、「感謝」の二文字が見えた。
 こちらこそ、うまいラーメンをありがとうございます。思わずお辞儀してしまった。

「ごちそうさまでした」
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