一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第六百六十二話 銀だらみりん

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 ああ、いい。目が覚めてもすぐに動かなくていいことも、布団の中からうちの庭を眺めていられることも、うめずが横にいることも、ここがじいちゃんとばあちゃんの家だということも、すべてが、いい。
 宿泊訓練というものはきっと、日常の尊さを教えるために行われるのだ。そう思うほどには、俺は幸せだ。
「わう、わふっ」
「おはよう、うめず」
「う~わうっ」
 そうだな、もうそろそろ朝飯だな。
 身支度を整えて居間に向かう。ガスコンロに火をつける音、冷蔵庫の扉を開ける音、テレビから流れてくる朝のニュースの音声。誰かがいる朝って、いいな。
「おはよう、春都」
「おう、起きたか」
「おはよう」
 よく晴れた空から降り注ぐ朝日が、小窓の型板ガラスを通って不規則に揺らめいている。
「もう朝ごはんの準備していい?」
「うん」
 炊き立てご飯に豆腐とわかめの味噌汁、たけのこの煮物の残り、両面焼きの目玉焼き。
 フワフワと湯気が漂って、まるで夢みたいだ。
「いただきます」
 たけのこの煮物は昨日よりも味が染みていて、少し柔らかくなったように思う。ご飯にのせて、一緒にほおばるのがいい。甘い味の煮物はほっと安心する。
 豆腐は絹ごしで舌触りがいい。わかめと豆腐のみそ汁って、シンプルだけど、これがあることで食事が一気に豪華になる気がする。好きなんだよなあ、みそ汁と白米。しかもばあちゃんはかつお節からしっかり出汁を取るから。うちで作るのとはまた違う。
 炊き立てのご飯って、それだけでごちそうになる。不思議だよなあ、お米って、毎日食べても飽きないって。
 両面焼きの目玉焼き。半熟にこだわってた時もあったけど、しっかり焼いた黄身ってうまい。白身もプリッとしてて、醤油の風味も相まって香ばしい。
 朝ごはんからこんなおいしい思いができるなんて、幸せだ。
「ごちそうさまでした」
 ぬるくなった緑茶を一気に飲み干す。少し渋みのある風味、饅頭に合いそうだ。
 さて、今日は何をしようか。疲れたからのんびりしようとも思ったが、それはそれで時間を持て余す。
 うめずも朝食を終えたようで、こちらにやってくると行儀よくお座りをしてじっと見つめてくる。
 よし、少し休んでから、とりあえず散歩に行こう。
 今日は思いついたとおりに過ごしてみるとしようかな。

 桜の花はすっかり散って、今は青々とした葉が茂っている。真夏ほどではないが、季節の流れを感じるほどには青い。
「もうセミが鳴きだしそうだな」
「わうっ」
「夏なったら、うめずの散歩の時間も考えなきゃなあ」
「わふ」
 のんびりと歩いていたら、ジャージ姿の二人組が走ってくるのが見えた。ああやって軽やかに走れるの、憧れるよなあ……
「ん?」
 あれ、なんか見覚えのある二人だ。
「おー、春都? 春都だ!」
「勇樹。と、宮野か」
「昨日ぶりだな」
二人の来ているジャージは学校指定のものではなく、部活用のジャージのようだった。
「うめず~。久しぶり~、元気にしてるかあ~」
「わうっ」
 勇樹に撫でまわされ、うめずもご満悦だ。宮野はうめずを見て少し表情を緩ませた。
「なんだ、部活か?」
「ああ、午前中だけだがな」
「大変だなあ」
 まったくだ、という宮野の隣で、勇樹は「まー、家にいても時間持て余すし」と言ってうめずから離れた。うめずはジッと勇樹を見た後、宮野の方を向いた。
「わうっ」
「ほら、健太。うめずが撫でてくれって」
「……いいのか?」
 その確認は俺に対してなのかうめずに対してなのか、あるいは両方か。その律儀さに思わず笑いながら「ああ」と答えれば、宮野はうめずのふわふわのけに手を埋めた。
 うめずは、勇樹に対してはハイテンションだったが、宮野に対してはずいぶん落ち着いていた。嬉しいことに変わりはないが、何というか、小さい子に触ってもらってるって感じにも見える。
「命のぬくもりを感じる」
「はは、そりゃそうだ」
「わうっ!」
 初夏の兆しがうかがえる空に、うめずの朗らかな声が響いた。

 結局、のんびりと過ごし、昼飯もばあちゃんに甘えっぱなしで、気が付けば夜になっていた。合宿中は時間が過ぎるのが遅かったというのに、どうして休みってこんなにも儚いんだろう。
 晩飯も、ばあちゃんが準備してくれた。ご飯、じゃがいもと玉ねぎのみそ汁、小松菜と揚げを炊いたやつ、それに銀だらみりん。あー、良い匂いだ。
「いただきます」
 やっぱり、焼きたての銀だらから食べたいよな。
 薄くパリっとした表面。オレンジ色に近いが、それだけではいいきれない深みのある色。散るごま、ほくっとした白い内側。
 匂いだけでも十分米が食えそうだが、やはりここはしっかりと食すべし。んん、これこれ、淡白な風味の白身に、甘辛い味付け。皮目との境目は脂がのっていてジューシーだ。
 たまにごまがはじけると、風味がいい。
 噛むととろりと溶けるような食感と、ご飯がよくなじむ。
 あんまりにもおいしいから、ついつい食べてしまう。気が付けばもう、半分もなくなってしまった。
 みそ汁を飲もう。
 薄切りのじゃがいもに、玉ねぎ。ほくほく、ほろほろとしたじゃがいもはみその風味をよく吸って甘く、玉ねぎもほんのりシャキッとした食感が残っていてうまい。
 こうやって食べてみると、やっぱり、味噌もそれぞれ味が違うんだなあと思う。出汁の取り方も相まって、うちの味ってあるよなあ。
 小松菜と揚げを炊いたものは、出汁の味。ほのかに苦みがあるが、みずみずしく爽やかで、甘い味もする。揚げのうま味はもちろんだが、揚げに染みた出汁があふれ出してたまらない。葉っぱの方はくったりとしていて、茎の方との食感の違いがいい。
 銀だらって、小さいのかな。あっという間に食べてしまう。俺が食うのが早いのか。
 ともかく最後の一口だ。しっかり味わおう。少し冷えた銀だらも、うま味たっぷりでおいしい。
 楽しいものって、儚いんだなあ。

「ごちそうさまでした」
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