718 / 760
第六百七十一話 コロッケ
しおりを挟む
「ある程度、形になってよかったな」
「そうだな」
昼休みの食堂に、人は案外少ない。テイクアウトという表現が正しいのかは分からないが、今年から色々なメニューを食堂外でも食べられるようになったからだろう。とはいえ、ここで食った方が何かと快適なのも事実である。
目の前に座る咲良は、今日も今日とてかつ丼を食べる。俺は相変わらず、自分で作った弁当だ。学食だと楽なのは分かるが、どうしてもなあ。
「何とか脚本も仕上がりそうだし」
「……ああ」
確かに、完成まであと少し。本当にあと少しである。なんなら、大筋部分は先生に提出してしまったくらいである。しかし、素直に喜べない。
「なんだ、暗いな。どうしたんだ?」
何も知らない咲良に、このことを話す時が来た。
「……それが」
思わず、重い声になってしまう。卵焼きを食べて気を取り直す。
「さっき国語の授業で、矢口先生が来たんだけど」
「うん」
「今週のどこかの日に、近くの資料館に見学に行くんだと」
「ほう?」
なんでも、地元の高校生が持ち回りで町おこしPRの動画を撮るのだそうだ。それで、うちの高校は、放送部に白羽の矢が立ったのだそうだ。
咲良はとんかつをほおばり、しっかり味わってから言った。
「ただでさえ忙しいのになあ」
「んで、そこで取材して、それをもとになんか脚本書いてもいいんじゃないか、って」
「なるほどなあ……」
咲良はみそ汁を一口すすると、ぴたりと動きを止めた。そして、ゆっくりと椀を下ろすと、怪訝そうな目をこっちに向けてきた。
「待て、それって、今書いてる脚本はどうなるんだ?」
「……まあ、没になる」
先生は、少し期限を延ばしてあげるから、その取材の後に何か書いてみてほしい、とにこやかに命令……もとい、提案してきたのである。
咲良はそれを聞くと、すっかり頭を抱えてしまった。
「はぁ~? それって事前に分かってたんだろ? じゃあそれを先に言えっての」
「今思いついたとかなんとか言ってた」
「春都、言い返さなかったのか?」
「まさか。そりゃ、言うさ」
ここまで書き上げたのに、今からまた書き直すのかって。部員たちの中で役割もある程度決まっていたというのに。しかし、先生は自分の考えがとても素晴らしいもののように思えているようで、食い下がった。
「んで、半ば強制的に了承させられたわけ」
「そんなあ……」
「あ、あとそれと」
「まだあるのか?」
先生から話を聞いた時は、俺も同じことを思った。これ以上なんだっていうんだ、と。
「アニメーションのことだけど」
「絵まで俺らに描けと?」
「まあ、聞け」
俺がプチトマトを一つほおばると、咲良はつゆだくの米をかきこんだ。
「さすがにそこまでは言わなかった。ただ、他の部員で絵を描けそうなやつがいないから、誰か描けそうな人を探してほしいと」
「んん~、絶妙に難しい!」
咲良はうなりながら、七味をかつ丼にかける。色々なことを考えながらかけているのだろう、みるみる赤さが増している。
「おい、咲良。それいいのか」
「ん? うわ、しまった」
咲良は慌てて手を止め、恐る恐る赤くなったとんかつをほおばった。
「……辛い」
「だろうなあ」
それでもしっかり完食していたから、まあ、大したものである。
俺でも食ってしまうだろうけどな。
帰り道、小腹が空いたという咲良に引っ張られて、立ち寄ったのはちょっと大きめの商業施設。ショッピングモールほどでも、百貨店ほどでもないが、スーパーでもないそこには、いろいろなお店が軒を連ねている。バス会社の系列店で、ずっと昔からここにある。
ケーキ屋に総菜屋、おもちゃ屋、電気屋……それはもう、いろいろな店がある。眺めているだけでも十分に楽しい。
「まあ、とりあえず絵の方は百瀬に聞いてみるかあ」
夕飯時の総菜屋にはちょっとした列ができていて、順番が来るのを待ちながら咲良は言った。
「そうだな。とりあえず頼んでみよう」
「朝比奈もすげー困ってたな」
あの後のことを思い出して、咲良はふっと笑った。咲良にしたのと同じ話を今度は咲良が朝比奈に話したのだが、そりゃもう不機嫌というか困惑というか、近くにいたやつが後ずさるほどの顔になっていた。
「ああ、困ってた」
「だよなあ、そうなるのも仕方ないよなあ」
順番が回ってきたので、俺たちは少し悩んでから、コロッケを頼んだ。揚げたて熱々の者が出てきたので、つい反射的に。
白い紙袋に入れられたそれは、いかにも買い食い、といった風貌をしていた。
外に出ると、まだ日は高いが、確かに夕暮れの空気の匂いがした。
「いただきます」
まだジュウジュウといっている気がする衣に、そっと歯を入れる。揚げたてだと、熱さが歯を伝わってやってくるようだ。香ばしい匂いがしてくる。早く、口に含みたい。しかし、やけどしないように……
ほくっとした中身は、甘いじゃがいも。しっかり潰されているタイプのやつだから、トロトロだ。ソースをつけてもうまいが、つけなくても十分に味わえる。
少し紛れているのは牛ひき肉か。本当にわずかだが、このバランスがいいのだと分かる。
おや、この透明なのは……玉ねぎだ。薄黄色いじゃがいもの中に、小さな透明が紛れ込んでいる。この見た目が好きなのって、俺だけだろうか。無性にうれしくなっちゃうんだよなあ。この色のコントラスト。
平たく形成されたコロッケは、少し冷めてくると食べやすくなる。ちょっともちもち感も出てくる気がするな。
そういや、かぼちゃコロッケって札もあったな。売り切れてたようだけど。今度会ったら買ってみよう。
「ま、頑張るしかないかー」
「そうだな」
ずいぶんの日が長くなった空を見上げながら、どこかぼんやりと二人してつぶやき、コロッケの最後のひとかけらを飲み込んだ。
「ごちそうさまでした」
「そうだな」
昼休みの食堂に、人は案外少ない。テイクアウトという表現が正しいのかは分からないが、今年から色々なメニューを食堂外でも食べられるようになったからだろう。とはいえ、ここで食った方が何かと快適なのも事実である。
目の前に座る咲良は、今日も今日とてかつ丼を食べる。俺は相変わらず、自分で作った弁当だ。学食だと楽なのは分かるが、どうしてもなあ。
「何とか脚本も仕上がりそうだし」
「……ああ」
確かに、完成まであと少し。本当にあと少しである。なんなら、大筋部分は先生に提出してしまったくらいである。しかし、素直に喜べない。
「なんだ、暗いな。どうしたんだ?」
何も知らない咲良に、このことを話す時が来た。
「……それが」
思わず、重い声になってしまう。卵焼きを食べて気を取り直す。
「さっき国語の授業で、矢口先生が来たんだけど」
「うん」
「今週のどこかの日に、近くの資料館に見学に行くんだと」
「ほう?」
なんでも、地元の高校生が持ち回りで町おこしPRの動画を撮るのだそうだ。それで、うちの高校は、放送部に白羽の矢が立ったのだそうだ。
咲良はとんかつをほおばり、しっかり味わってから言った。
「ただでさえ忙しいのになあ」
「んで、そこで取材して、それをもとになんか脚本書いてもいいんじゃないか、って」
「なるほどなあ……」
咲良はみそ汁を一口すすると、ぴたりと動きを止めた。そして、ゆっくりと椀を下ろすと、怪訝そうな目をこっちに向けてきた。
「待て、それって、今書いてる脚本はどうなるんだ?」
「……まあ、没になる」
先生は、少し期限を延ばしてあげるから、その取材の後に何か書いてみてほしい、とにこやかに命令……もとい、提案してきたのである。
咲良はそれを聞くと、すっかり頭を抱えてしまった。
「はぁ~? それって事前に分かってたんだろ? じゃあそれを先に言えっての」
「今思いついたとかなんとか言ってた」
「春都、言い返さなかったのか?」
「まさか。そりゃ、言うさ」
ここまで書き上げたのに、今からまた書き直すのかって。部員たちの中で役割もある程度決まっていたというのに。しかし、先生は自分の考えがとても素晴らしいもののように思えているようで、食い下がった。
「んで、半ば強制的に了承させられたわけ」
「そんなあ……」
「あ、あとそれと」
「まだあるのか?」
先生から話を聞いた時は、俺も同じことを思った。これ以上なんだっていうんだ、と。
「アニメーションのことだけど」
「絵まで俺らに描けと?」
「まあ、聞け」
俺がプチトマトを一つほおばると、咲良はつゆだくの米をかきこんだ。
「さすがにそこまでは言わなかった。ただ、他の部員で絵を描けそうなやつがいないから、誰か描けそうな人を探してほしいと」
「んん~、絶妙に難しい!」
咲良はうなりながら、七味をかつ丼にかける。色々なことを考えながらかけているのだろう、みるみる赤さが増している。
「おい、咲良。それいいのか」
「ん? うわ、しまった」
咲良は慌てて手を止め、恐る恐る赤くなったとんかつをほおばった。
「……辛い」
「だろうなあ」
それでもしっかり完食していたから、まあ、大したものである。
俺でも食ってしまうだろうけどな。
帰り道、小腹が空いたという咲良に引っ張られて、立ち寄ったのはちょっと大きめの商業施設。ショッピングモールほどでも、百貨店ほどでもないが、スーパーでもないそこには、いろいろなお店が軒を連ねている。バス会社の系列店で、ずっと昔からここにある。
ケーキ屋に総菜屋、おもちゃ屋、電気屋……それはもう、いろいろな店がある。眺めているだけでも十分に楽しい。
「まあ、とりあえず絵の方は百瀬に聞いてみるかあ」
夕飯時の総菜屋にはちょっとした列ができていて、順番が来るのを待ちながら咲良は言った。
「そうだな。とりあえず頼んでみよう」
「朝比奈もすげー困ってたな」
あの後のことを思い出して、咲良はふっと笑った。咲良にしたのと同じ話を今度は咲良が朝比奈に話したのだが、そりゃもう不機嫌というか困惑というか、近くにいたやつが後ずさるほどの顔になっていた。
「ああ、困ってた」
「だよなあ、そうなるのも仕方ないよなあ」
順番が回ってきたので、俺たちは少し悩んでから、コロッケを頼んだ。揚げたて熱々の者が出てきたので、つい反射的に。
白い紙袋に入れられたそれは、いかにも買い食い、といった風貌をしていた。
外に出ると、まだ日は高いが、確かに夕暮れの空気の匂いがした。
「いただきます」
まだジュウジュウといっている気がする衣に、そっと歯を入れる。揚げたてだと、熱さが歯を伝わってやってくるようだ。香ばしい匂いがしてくる。早く、口に含みたい。しかし、やけどしないように……
ほくっとした中身は、甘いじゃがいも。しっかり潰されているタイプのやつだから、トロトロだ。ソースをつけてもうまいが、つけなくても十分に味わえる。
少し紛れているのは牛ひき肉か。本当にわずかだが、このバランスがいいのだと分かる。
おや、この透明なのは……玉ねぎだ。薄黄色いじゃがいもの中に、小さな透明が紛れ込んでいる。この見た目が好きなのって、俺だけだろうか。無性にうれしくなっちゃうんだよなあ。この色のコントラスト。
平たく形成されたコロッケは、少し冷めてくると食べやすくなる。ちょっともちもち感も出てくる気がするな。
そういや、かぼちゃコロッケって札もあったな。売り切れてたようだけど。今度会ったら買ってみよう。
「ま、頑張るしかないかー」
「そうだな」
ずいぶんの日が長くなった空を見上げながら、どこかぼんやりと二人してつぶやき、コロッケの最後のひとかけらを飲み込んだ。
「ごちそうさまでした」
応援ありがとうございます!
33
お気に入りに追加
237
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる