一条春都の料理帖

藤里 侑

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第六百七十七話 バーベキュー

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 バーベキュー用の串って、長いんだなあ。
「さて……」
 ばあちゃんがきれいに手入れをしている台所は、とても清潔で、すがすがしい。そんな台所で、バーベキューの準備をしている。
 牛肉と野菜をただひたすらに串打ちしていく。なんだっけ、串うちって、めちゃくちゃ難しいって聞いたことがある。まあ、うちで食う分だし、好きなようにやろう。裏の庭では、じいちゃんと父さんがガス台の準備をしていて、ばあちゃんと母さんは他の食材の下ごしらえ中だ。
 そんで俺には、串打ちの命が下ったというわけである。よし、一番下は玉ねぎにしよう。
 やっぱり、見栄えよくしたいなあ。牛肉ばっかりではなく、ピーマンにパプリカにニンジン、とうもろこし、トマト。
 色合い的にはいかにもなバーベキュー、具材はやりたい放題だ。
「次、しいたけも来るからね~」
 と、母さんが言う。
「はーい」
 しいたけはしいたけだけで刺すか。あ、そうだ。タレも作らなければ。
 市販のやつもうまいんだが、今日はなんとなく、手作りのやつが食べたい。
「ねー、ばあちゃん。鍋、どれ使っていい~?」
「どれでもいいよ。何作るの?」
「タレ、焼き肉の」
「あ、じゃあ、いつも味噌汁作ってる鍋がいいよ」
「分かった~」
 えーっと……ああ、これこれ。雪平鍋とかいうやつで、うちでもよく見る、というか使ってるやつだ。持ち手部分は木で、使い込まれていい色になっている。
 火をつける前に、材料を全部入れておく。
 砂糖、醤油、酒、少しのごま油とすりおろしたにんにくにしょうが。そこに白ごまを入れ、火にかける。砂糖がしっかり溶けるように混ぜ、沸騰しないくらいに、でも程よくふつふつとさせる。
 そうそう、ねぎも入れなければ。これ入れないと風味が格段に違う。
「七味は……」
 各自で入れることにしよう。とりあえず、味見を……
 うんうん、いい感じ。程よく甘く、しょっぱくて、ごまの風味とねぎのさわやかさがいい。
「はい、しいたけ」
「はいよー」
 粗熱をとる間、しいたけを串に刺していく。ぷつり、ぷつりと表面がはじけるみずみずしい感じが面白い。なかなか串で指すことないもんなあ、バーベキューでもない限り。
 バーベキュー、という言葉を聞くたびに、思い出すことがある。
 小学校での宿泊訓練のことだ。その時は校外学習とか、宿泊訓練とかそういう言い方ではなく、「キャンプ」といってたんだよな、そういう行事のことを。
 ただ単なるキャンプではないことは重々承知しているのだが、外でカレー作ったり山登ったり、そういうことをするもんだから、ただ単に「夕食」と書かれているだけで、なぜかみんなして、バーベキューだと思い込んでいたんだ。
 だってそうなってもしょうがないだろ。キャンプで、山登りで、カレーって。あとやってないことといえばテント泊とバーベキューじゃん、って。
 今思えば、少々安直だったかな。
 だから、バーベキューの準備の時間がなくても、先生がやってくれてるんだろう、とかサプライズかな、なんて言って。バーベキューじゃなかった時の衝撃がすごかった。詐欺だ、キャンプじゃないじゃんか、って。
 そりゃそうだよなあ、小学校の……というか、学校の宿泊訓練でバーベキューやんないよなあ。
「っし、できた」
 お盆にアルミホイルを敷き、そこに串を並べていく。お、結構重い。
「こっちは準備できてるぞ」
 と、じいちゃんはコップ片手に言う。
「なあに、もう飲んでるの?」
 ばあちゃんは呆れながらも笑っている。父さんは……ああ、飲んでる飲んでる。母さんは食材がのったお盆を父さんに渡す。
「じゃ、よろしく」
「うん」
 バーベキューって、いつも以上に楽だ。じいちゃんと父さんが焼いてくれるから。楽しそうなんだよなあ。こういう時は、率先して動いてくれる。
「じゃ、私たちも。はい、春都。オレンジジュ―スでいい?」
「あ、うん」
 透明のコップに、オレンジジュースがなみなみと。泳ぐ氷が光に当たってきらっと光った。
「かんぱーい!」
 肉の焼ける匂いを感じながら、オレンジジュースを飲む。ほんのり非日常の味だ。この時間もいいもんである。
 ……でもやっぱ、早く食べたいな。
「もうちょっとで焼けるぞ~」
 お、早いな。牛肉と野菜の串は早いのかな。野菜はそもそも生で食えるし、とうもろこしとかは一回茹でてるし。
「ほれ、春都」
「ありがとう」
 皿の上に、じいちゃんがのせてくれる。うわあ、ジュワジュワいってる。そこにたれをかけて……
「いただきます」
 ステーキ肉を切り分けた肉だから、結構大きい。赤身の肉だが、脂身とのバランスがいい。噛み応えはあるが柔らかで、すいすい食べられてしまう。
 香ばしく、脂がほんのり甘い。タレも肉と一緒に食うともっといい感じだ。噛みしめるとにじみ出てくるうま味、これぞ肉、というような風味。うんまいなあ……うまい。これがまだまだあるとは、嬉しいな。
 玉ねぎはしゃきしゃきで、ほんのり生っぽいが、火が通ったところはうっすら透明で、甘い。
 ピーマンは大ぶりに切ったから、ちょっと苦めだ。でも、うまい。こってりとした肉の間にちょうどいい。パプリカは甘いなあ。
 とうもろこしは熱い。ジュワッと甘い汁があふれ出す。そうそう、この風味。この甘さ、無性に食べたくなる時がある。シンプルに塩ゆでもいいもんだが、濃いタレと合わせるのもいいんだなあ。
「それ、どんどん食え」
 わ、次は鶏肉か。んー、皮がカリッカリでジューシーだ。フライパンで焼くより身がふっくらしている気がする。タレは多めに絡めたい。
 ウインナーはいつも食ってるやつだけど、斜めに薄く切っているから、なんか違う感じがする。お店のやつみたい。端の方はカリッとしてて、中心の方はプリッとしている。この切り方、好きなんだよなあ。
 あ、しいたけ焼けた。
 こうやって豪快にかぶりつくことなんて、滅多にない。うわあ、しいたけって、こんな感じだったっけ。香りも、水分も、うま味も、バーベキューでしか味わえない感じ。香ばしくて、プリプリしてて、おいしい。
 芯はなんだかホタテの乾燥した貝柱みたいだ。でも、うま味も味も、しいたけそのものである。
 豚バラにはキムチを。相性抜群だ。カリッと焼けた豚バラは最高にうまい。
「はー……」
 オレンジジュースが、爽やかだ。
 ご飯を準備しなくてよかったのだろうか、と思ったが、十分、これだけで満たされる。
 みんな揃って準備して、焼いて、食って飲んで。もうもうと上がる煙に、初夏の日差しが揺らめいて、目に染みるようだった。

「ごちそうさまでした」
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