725 / 893
日常
第六百七十八話 弁当
しおりを挟む
休みというものはあっという間に過ぎていくものである。そして、休みの日の朝に限って、ぐっすりと眠れ、今寝たら気持ちいいんだろうなあ~、という気分で目が覚めるのだ。
「休みの日は起きられるのに……」
そうぼやくと、母さんは笑って言った。
「十二時まで寝てたって、ばあちゃんから聞いたけど?」
「一日だけね」
「寝られるときに寝ておいたほうがいいよ、ほんとに」
そう言うのは父さんだ。二人ともいつも通りの荷物を抱え、玄関に向かっている。しかしまだ時間があるとはいえ、もうすぐ登校時間だ。何となく気乗りがしない。長期休みの後の、特有の気だるさって厄介だな。
二日なんて、あっという間だ。じっと荷物を見ていると、父さんが空いた方の手で頭をなでた。ちょっと力加減が強いのは、反対の手に重い荷物を抱えているからだ、と前に言っていたのをなんとなく思い出す。
「またすぐ帰ってくるから、な?」
「ん、んー」
「あ、いけない。テーブルに置くはずで包んだのに、危ない危ない」
母さんは抱えた荷物のうちの一つ、見慣れた弁当袋を差し出してきた。
「たくさん荷物持ってるといけないね。春都の昼ご飯、持ってっちゃうところだった」
受け取った弁当袋は、慣れた重みと温度だった。あー、でも、自分で作ったときとやっぱなんか違うなあ。
「ありがとう」
足元にいるうめずが、すんすんと鼻を寄せてくる。
「これは俺のだぞ」
「わう」
「何を張り合ってるの」
父さんと母さんは笑うと、時計を見た。
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。気を付けて」
「春都も、無理しないようにな」
バタン、と扉が閉まると、途端に静かになる。耳鳴りにも似た静寂の音を久しぶりに実感しながら、居間に戻った。ま、あと少しのんびりしてもいいだろう。無駄なあがきではあるが。
ベランダに出て、父さんと母さんを見送ろうかという時、スマホが震えた。あれ、電話?
「もしもし? 母さん、忘れ物?」
『違うよ、支度して、下においで』
「え?」
『お迎え来てるよ』
「……分かった」
思わず苦笑が漏れる。
リュックサックと学校指定の鞄、そして弁当袋を抱え、うめずに留守番を頼み、エレベーターで下に降りる。と、父さんと母さんの姿のほかに、スマホをいじりながら壁に寄りかかる咲良の姿が見えた。
「あ、来た来た」
父さんと母さんはにこにこと、なぜか嬉しそうに笑いながら手を振った。それに気づいたらしい咲良が玄関ホールを見る。さっきまでスマホを見ていたから焦点が合わないのか、しばらくぼんやりした後、パッと笑った。気の抜ける笑みだ。
「春都! おっはよー!」
「声がでかい、おはよう。何で来た」
「ゴールデンウィーク中にあったことを話そうかと思って」
父さんと母さんの姿は少し遠いが前方に見え、その後ろを咲良と連れ立って歩く。なんか、変な感じだ。
「学校でもいいんじゃないか」
「だって、待ち遠しいじゃん」
屈託のない笑みを向けられ、そう言われれば返す言葉もない。ただ、「なんだそれ」というほかない。
「けっこー長くなるからさ、昼は教室に来るからな」
「長くなるのか」
「うん、長いよ」
「俺は構わんが、お前、補習とかないだろうな?」
「思い当たる節はないよ、今のところ」
今のところ、ってなんだろう。
まあいいや。どっちにしたって、今日は騒がしく過ごすことになりそうだ。耳鳴りみたいな静寂とは、しばらくさよならだな。
連休中、割とあっちこっち行ってるやつが多いらしい。朝もそうだったが、お土産合戦があちこちで巻き起こっている。
「賑やかだねー、どの教室も」
「おう、咲良」
「春都もなんか貰ったの?」
慣れた様子で椅子に座りながら咲良が聞いてくる。
「何も」
「そっか、じゃあ俺が一番乗りだな。ま、飯食おうぜ」
一番乗り、ってなんだろう。聞いても、「まあまあ」とはぐらかすばかり。まあ、いいか。
咲良が持ってきたのは、食堂で通年売っているチキンカツ弁当だ。ご飯の上にキャベツが敷かれ、上に、ザクザクと切られたチキンカツ、ソースがかかって、香ばしい香りがする、
俺は、母さんが作ってくれた弁当。
「いただきます」
……ああ、これこれ。卵焼きの黄色にプチトマトの赤、うっすらと焼かれたハムのピンクに、それに挟まるマヨネーズの薄黄色ときゅうりの緑、からあげの茶色、ご飯の白とふりかけの彩り。
目になじむ、弁当の姿だ。
まずはご飯を一口。ひんやりとしたご飯は、ぎゅうぎゅうに詰まっているから箸で切るようにして食べる。もちもち、とはまた違う、冷えたご飯特有の食感と温度。しんなりとしたふりかけ。これぞ、弁当。好きなんだ。
からあげは朝、揚げてくれたんだ。だから朝飯は揚げたてのからあげを食った。いや、まあ、こないだ食ったばっかりだけど、ほら、母さんのからあげ、次はいつ食えるか分かんないし。食いたかったし。
ジュワッと脂が染み出す衣、身はほろっと、ニンニク控えめの醤油味。噛みしめるほどにうまみが出てきて思わず顔がほころぶ。
ハムときゅうりは相も変わらず黄金コンビだ。ハムの塩気ときゅうりの青さとみずみずしさ、そこに、マヨネーズのまろやかさ。なんとなく、運動会を彷彿とさせる。それは、運動会の時、親の仇のごとく弁当に入っていたからだろう。ま、全部食ったけど。
プチトマトは甘い。これは当たりのやつを買ってきたなあ。おいしい。
そんで、卵焼き。表面が少し焦げていて、しっかりと焼けたやつ。ふわふわ、うーん、何といえばいいのか、この食感。甘くて、じゅわっとして、ほっとする。
「はい、春都、これ」
半分ほど食って腹が落ち着いたのか、咲良が何かを渡してきた。
「なんだ?」
「お土産~、といっても、近所の道の駅に売ってたやつだけどな」
犬の形をしたクッキー。ごま、おから、ナッツの三種類か。うまそうだ。ああ、一番乗りって、お土産の話か。
「ありがとな……でも、俺、何も買ってきてないぞ」
「いーのいーの、俺が春都に買いたいなーって思って買ってきたやつだし」
「……そうか」
何となく落ち着かない気分を紛らわすために、ご飯を口に突っ込む。ドッグランが併設されてるから、こういうクッキーが売られてんのかな、なんて思いながら。
「……これ、犬用じゃないよな?」
そう言ってみるが、言葉を間違えたか、と思う。しかし咲良はなぜか得意げに親指を立て、にやりと笑った。
「大丈夫、ちゃんと見て買った」
「売ってたのか、犬用」
「おう、いろいろあったぜ~。あ、今度一緒に行こうや、また」
「ああ」
春は過ぎ、梅雨の気配がしだす頃。
まだまだ雨雲には負けてたまるかと、太陽は眩しく輝いていた。
「ごちそうさまでした」
「休みの日は起きられるのに……」
そうぼやくと、母さんは笑って言った。
「十二時まで寝てたって、ばあちゃんから聞いたけど?」
「一日だけね」
「寝られるときに寝ておいたほうがいいよ、ほんとに」
そう言うのは父さんだ。二人ともいつも通りの荷物を抱え、玄関に向かっている。しかしまだ時間があるとはいえ、もうすぐ登校時間だ。何となく気乗りがしない。長期休みの後の、特有の気だるさって厄介だな。
二日なんて、あっという間だ。じっと荷物を見ていると、父さんが空いた方の手で頭をなでた。ちょっと力加減が強いのは、反対の手に重い荷物を抱えているからだ、と前に言っていたのをなんとなく思い出す。
「またすぐ帰ってくるから、な?」
「ん、んー」
「あ、いけない。テーブルに置くはずで包んだのに、危ない危ない」
母さんは抱えた荷物のうちの一つ、見慣れた弁当袋を差し出してきた。
「たくさん荷物持ってるといけないね。春都の昼ご飯、持ってっちゃうところだった」
受け取った弁当袋は、慣れた重みと温度だった。あー、でも、自分で作ったときとやっぱなんか違うなあ。
「ありがとう」
足元にいるうめずが、すんすんと鼻を寄せてくる。
「これは俺のだぞ」
「わう」
「何を張り合ってるの」
父さんと母さんは笑うと、時計を見た。
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。気を付けて」
「春都も、無理しないようにな」
バタン、と扉が閉まると、途端に静かになる。耳鳴りにも似た静寂の音を久しぶりに実感しながら、居間に戻った。ま、あと少しのんびりしてもいいだろう。無駄なあがきではあるが。
ベランダに出て、父さんと母さんを見送ろうかという時、スマホが震えた。あれ、電話?
「もしもし? 母さん、忘れ物?」
『違うよ、支度して、下においで』
「え?」
『お迎え来てるよ』
「……分かった」
思わず苦笑が漏れる。
リュックサックと学校指定の鞄、そして弁当袋を抱え、うめずに留守番を頼み、エレベーターで下に降りる。と、父さんと母さんの姿のほかに、スマホをいじりながら壁に寄りかかる咲良の姿が見えた。
「あ、来た来た」
父さんと母さんはにこにこと、なぜか嬉しそうに笑いながら手を振った。それに気づいたらしい咲良が玄関ホールを見る。さっきまでスマホを見ていたから焦点が合わないのか、しばらくぼんやりした後、パッと笑った。気の抜ける笑みだ。
「春都! おっはよー!」
「声がでかい、おはよう。何で来た」
「ゴールデンウィーク中にあったことを話そうかと思って」
父さんと母さんの姿は少し遠いが前方に見え、その後ろを咲良と連れ立って歩く。なんか、変な感じだ。
「学校でもいいんじゃないか」
「だって、待ち遠しいじゃん」
屈託のない笑みを向けられ、そう言われれば返す言葉もない。ただ、「なんだそれ」というほかない。
「けっこー長くなるからさ、昼は教室に来るからな」
「長くなるのか」
「うん、長いよ」
「俺は構わんが、お前、補習とかないだろうな?」
「思い当たる節はないよ、今のところ」
今のところ、ってなんだろう。
まあいいや。どっちにしたって、今日は騒がしく過ごすことになりそうだ。耳鳴りみたいな静寂とは、しばらくさよならだな。
連休中、割とあっちこっち行ってるやつが多いらしい。朝もそうだったが、お土産合戦があちこちで巻き起こっている。
「賑やかだねー、どの教室も」
「おう、咲良」
「春都もなんか貰ったの?」
慣れた様子で椅子に座りながら咲良が聞いてくる。
「何も」
「そっか、じゃあ俺が一番乗りだな。ま、飯食おうぜ」
一番乗り、ってなんだろう。聞いても、「まあまあ」とはぐらかすばかり。まあ、いいか。
咲良が持ってきたのは、食堂で通年売っているチキンカツ弁当だ。ご飯の上にキャベツが敷かれ、上に、ザクザクと切られたチキンカツ、ソースがかかって、香ばしい香りがする、
俺は、母さんが作ってくれた弁当。
「いただきます」
……ああ、これこれ。卵焼きの黄色にプチトマトの赤、うっすらと焼かれたハムのピンクに、それに挟まるマヨネーズの薄黄色ときゅうりの緑、からあげの茶色、ご飯の白とふりかけの彩り。
目になじむ、弁当の姿だ。
まずはご飯を一口。ひんやりとしたご飯は、ぎゅうぎゅうに詰まっているから箸で切るようにして食べる。もちもち、とはまた違う、冷えたご飯特有の食感と温度。しんなりとしたふりかけ。これぞ、弁当。好きなんだ。
からあげは朝、揚げてくれたんだ。だから朝飯は揚げたてのからあげを食った。いや、まあ、こないだ食ったばっかりだけど、ほら、母さんのからあげ、次はいつ食えるか分かんないし。食いたかったし。
ジュワッと脂が染み出す衣、身はほろっと、ニンニク控えめの醤油味。噛みしめるほどにうまみが出てきて思わず顔がほころぶ。
ハムときゅうりは相も変わらず黄金コンビだ。ハムの塩気ときゅうりの青さとみずみずしさ、そこに、マヨネーズのまろやかさ。なんとなく、運動会を彷彿とさせる。それは、運動会の時、親の仇のごとく弁当に入っていたからだろう。ま、全部食ったけど。
プチトマトは甘い。これは当たりのやつを買ってきたなあ。おいしい。
そんで、卵焼き。表面が少し焦げていて、しっかりと焼けたやつ。ふわふわ、うーん、何といえばいいのか、この食感。甘くて、じゅわっとして、ほっとする。
「はい、春都、これ」
半分ほど食って腹が落ち着いたのか、咲良が何かを渡してきた。
「なんだ?」
「お土産~、といっても、近所の道の駅に売ってたやつだけどな」
犬の形をしたクッキー。ごま、おから、ナッツの三種類か。うまそうだ。ああ、一番乗りって、お土産の話か。
「ありがとな……でも、俺、何も買ってきてないぞ」
「いーのいーの、俺が春都に買いたいなーって思って買ってきたやつだし」
「……そうか」
何となく落ち着かない気分を紛らわすために、ご飯を口に突っ込む。ドッグランが併設されてるから、こういうクッキーが売られてんのかな、なんて思いながら。
「……これ、犬用じゃないよな?」
そう言ってみるが、言葉を間違えたか、と思う。しかし咲良はなぜか得意げに親指を立て、にやりと笑った。
「大丈夫、ちゃんと見て買った」
「売ってたのか、犬用」
「おう、いろいろあったぜ~。あ、今度一緒に行こうや、また」
「ああ」
春は過ぎ、梅雨の気配がしだす頃。
まだまだ雨雲には負けてたまるかと、太陽は眩しく輝いていた。
「ごちそうさまでした」
24
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる