726 / 747
第六百七十九話 コロッケ
しおりを挟む
マイクロバスって、なかなか乗り慣れない。しょっちゅう遠征やら練習試合やらする部活に所属したこともないからなあ。でも、なんかちょっと、非日常な感じがして楽しい。
今日は、歴史資料館へ行く日。放送部だけでなく、協力してくれる百瀬たちも一緒だ。
「すぐ着くから、のんびりするんじゃないぞ」
乗り込むときに先生が言ったように、歴史資料館へはあっという間に到着した。まあ、近いもんな。おや、入り口には誰かいる。おそらく、町おこしの立役者とでもいうべきか、要は企画の担当者だろう。
「こんにちは。今日はご協力ありがとうございます」
その人は今日の簡単な予定と、趣旨について話をした。
いったん自由に見て回って、それから、動画を撮るのだそうだ。その中で誰か一人、感想を言ってもらうことになるらしい。へー、誰が言うんだろう。大方、部長か副部長といったところか。
大変だなあ。即興で感想言わなきゃいけないなんて。あ、でも前もって話が来てたんなら、もうカンペ準備してんのかな。
「え、感想って、誰が?」
小声で、部長が副部長に耳打ちしているのが聞こえた。
「私は何も聞いてないよ。動画のナレーションをして、ってしか……」
「だよね、私も」
おや、違うのか。じゃあ、早瀬とか? いや、たぶん、三年生に花を持たせるだろうから、それはないかな。
「感想を言っていただけるのは……?」
担当者が先生に聞くと、先生は迷うことなく言った。
「一条です」
「……んっ?」
今、信じがたい言葉が聞こえてきたのだが?
先生はにこにこと笑って、俺を前に引っ張ってきた。担当者の期待に満ちた視線が痛い。
「彼が言ってくれます」
「そうですか、では、よろしくお願いします」
「え、ああ、はい……?」
訳が分からず先生の方を見ると、先生は「やってくれるよな?」と笑顔で問いかけてきた。いやいや、やってくれるも何も、今の状況で「できません」とは言えんだろう……!
はっ、もしや謀られた?
「では中へどうぞ」
呆然としながら中へ入る途中、先生が話しかけてきた。
「一条なら大丈夫だろう。文章を組み立てるのは上手だから、私は心配していないよ」
できればその言葉、別のタイミングで聞きたかったなぁー!
まあ、今更あがいてもしょうがないだろうけど……ただ、一つだけ聞きたい。
「なんで、今なんですか?」
様子からして前もって教えられていた段取りだろうに、直前になってどうして。しかし先生は、してやったりといった表情で言ったものだ。
「だって一条、前もって言っていたら、資料館のことを調べてカンペを用意するだろう? あるいは、断るか。私は、一条に、実物を見て感想を言ってほしかったんだ」
計画通り、というわけか。まったく、矢口先生にはかなわない。
「春都なら大丈夫だよ」
「……咲良」
「頑張れ!」
俺じゃなくてよかった、といわんばかりの笑みを浮かべる咲良。
「てめえ人ごとだと思いやがって……」
まあ、やるしかないかあ。できればやりたくないんだけど。なんかの拍子に、やっぱやめ、ってなんないかな。ならないか。淡い期待は打ち捨てて、頑張るとしますか。
資料館の中は、静かで、ひんやりとしていて、博物館とはまた違う雰囲気だった。
実物大模型や実際に使われていたもの、資料、手紙……いろいろなものが展示されている。資料館の存在自体は知っていたけど、来たことはなかったからなあ。こんなだったんだ。
思ったよりも広いし、天井は高い。
さーて、こういう時の感想って、どういうふうに言えばいいのだろう。思った通り言葉を言い連ねるだけじゃだめだろうし、うまいことまとめないとなあ。
「はー、くたびれた」
何とか無事に終わった。感想もうまくまとまり、先生からは「実はカンペ用意してたか?」などと言われてしまった。それは、誉め言葉ということでいいのかな。都合のいいように解釈しておくとしよう。
今日は普段よりも少し早く帰れた。しかし、飯を作るには気力がちょっと足りない。
あ、そうだ。なんか総菜を買って帰ろう。バスセンターの中の総菜屋、そろそろ何かしら揚げたての時間じゃないかな。
「うーん……」
コロッケか、いいな。こないだ食べたばっかりだけど、今日はおかずとして買って帰ろう。せっかくだし、じゃがいもとかぼちゃ、カニクリームコロッケなんかも買っちゃおうか。だって俺、今日、頑張ったし。
紙袋に揚げたてのコロッケ、って、なんかいいな。
揚げ物だけってのもなんだし、野菜はどうしようか。うちにはキャベツとかぼちゃがあるから……ああ、蒸し野菜とかいいかも。
生もうまいんだが、最近は、蒸し野菜が好きなんだよな。それに、味噌マヨネーズ。
ポン酢こそベスト、と思っていたが、味噌マヨネーズ、これがなかなかにうまい。ザクザクと切ったキャベツと薄く切ったかぼちゃを皿にのせ、ラップをかけてレンジでチン。
蒸し器で一度、作ってみたいな。
「いただきます」
なんとなく、キャベツから食べてみる。味噌とマヨネーズをただ混ぜただけのソースだが、これが野菜に合うんだ。
外側の方はやや歯ごたえがあり、甘さはそこまでない。キャベツそのものの味が際立っているようだ。味噌単体ではしょっぱいであろう味をマヨネーズがうまくまろやかにしている。うま味がすごいなあ。
中心部分は柔らかく、甘い。ほくほくとしていて、こりゃ、ちょっとした料理である。
かぼちゃはねっとりとした口当たりで、鼻から抜ける甘い香りと皮の風味がいい。かぼちゃはみそ汁にしても、天ぷらにしても、煮物にしてもうまい。どんな食い方をしてもうまいって、すごいよな。お菓子にもなるし。
さて、コロッケも揚げたてのうちに。
じゃがいものコロッケは安定の味。ソースをかけるとまた風味が変わる。サクッとした衣は徐々に柔らかくなり、もちもちとしたような、でもやはりほくほくとしたじゃがいもに染みていく。
これがご飯と合うんだ。
かぼちゃのコロッケは、何もつけないのが好みだ。あ、かぼちゃ被った。ま、いいや。うまいし。蒸したかぼちゃとはまた違うねっとり感。ほぼかぼちゃだけの中身だが、それがいい。濃いうま味と甘み、衣の香ばしさのバランスがちょうどいいな。
そう言えば、前からコロッケはかぼちゃが好きだったなあ。この甘さがよかったんだ。
カニクリームコロッケ、ちょっと贅沢してしまったかな。
俵型のコロッケに箸を入れる。他のコロッケとは違う、サクッ、とした箸から伝わる感覚の後の、スッと軽い感じ。中身はたっぷりだが、とろとろしているからだろう。
物によっては苦手なカニクリームコロッケ。この店のは好きなんだ。かに特有の香りが控えめというか、うま味はありつつも癖がなく、とろりと濃厚なクリームがたまらない。なかなか食べないからなあ、これ。しっかり味わうとしよう。
さて、資料館へ行ったということは、次は脚本だ。
やることは詰まっていた方が、退屈しない。でも、やっぱり少し疲れる。
だからたまには、ちょっとゆっくり、好きなことを楽しまないと。次は何を食べようかなあ。
「ごちそうさまでした」
今日は、歴史資料館へ行く日。放送部だけでなく、協力してくれる百瀬たちも一緒だ。
「すぐ着くから、のんびりするんじゃないぞ」
乗り込むときに先生が言ったように、歴史資料館へはあっという間に到着した。まあ、近いもんな。おや、入り口には誰かいる。おそらく、町おこしの立役者とでもいうべきか、要は企画の担当者だろう。
「こんにちは。今日はご協力ありがとうございます」
その人は今日の簡単な予定と、趣旨について話をした。
いったん自由に見て回って、それから、動画を撮るのだそうだ。その中で誰か一人、感想を言ってもらうことになるらしい。へー、誰が言うんだろう。大方、部長か副部長といったところか。
大変だなあ。即興で感想言わなきゃいけないなんて。あ、でも前もって話が来てたんなら、もうカンペ準備してんのかな。
「え、感想って、誰が?」
小声で、部長が副部長に耳打ちしているのが聞こえた。
「私は何も聞いてないよ。動画のナレーションをして、ってしか……」
「だよね、私も」
おや、違うのか。じゃあ、早瀬とか? いや、たぶん、三年生に花を持たせるだろうから、それはないかな。
「感想を言っていただけるのは……?」
担当者が先生に聞くと、先生は迷うことなく言った。
「一条です」
「……んっ?」
今、信じがたい言葉が聞こえてきたのだが?
先生はにこにこと笑って、俺を前に引っ張ってきた。担当者の期待に満ちた視線が痛い。
「彼が言ってくれます」
「そうですか、では、よろしくお願いします」
「え、ああ、はい……?」
訳が分からず先生の方を見ると、先生は「やってくれるよな?」と笑顔で問いかけてきた。いやいや、やってくれるも何も、今の状況で「できません」とは言えんだろう……!
はっ、もしや謀られた?
「では中へどうぞ」
呆然としながら中へ入る途中、先生が話しかけてきた。
「一条なら大丈夫だろう。文章を組み立てるのは上手だから、私は心配していないよ」
できればその言葉、別のタイミングで聞きたかったなぁー!
まあ、今更あがいてもしょうがないだろうけど……ただ、一つだけ聞きたい。
「なんで、今なんですか?」
様子からして前もって教えられていた段取りだろうに、直前になってどうして。しかし先生は、してやったりといった表情で言ったものだ。
「だって一条、前もって言っていたら、資料館のことを調べてカンペを用意するだろう? あるいは、断るか。私は、一条に、実物を見て感想を言ってほしかったんだ」
計画通り、というわけか。まったく、矢口先生にはかなわない。
「春都なら大丈夫だよ」
「……咲良」
「頑張れ!」
俺じゃなくてよかった、といわんばかりの笑みを浮かべる咲良。
「てめえ人ごとだと思いやがって……」
まあ、やるしかないかあ。できればやりたくないんだけど。なんかの拍子に、やっぱやめ、ってなんないかな。ならないか。淡い期待は打ち捨てて、頑張るとしますか。
資料館の中は、静かで、ひんやりとしていて、博物館とはまた違う雰囲気だった。
実物大模型や実際に使われていたもの、資料、手紙……いろいろなものが展示されている。資料館の存在自体は知っていたけど、来たことはなかったからなあ。こんなだったんだ。
思ったよりも広いし、天井は高い。
さーて、こういう時の感想って、どういうふうに言えばいいのだろう。思った通り言葉を言い連ねるだけじゃだめだろうし、うまいことまとめないとなあ。
「はー、くたびれた」
何とか無事に終わった。感想もうまくまとまり、先生からは「実はカンペ用意してたか?」などと言われてしまった。それは、誉め言葉ということでいいのかな。都合のいいように解釈しておくとしよう。
今日は普段よりも少し早く帰れた。しかし、飯を作るには気力がちょっと足りない。
あ、そうだ。なんか総菜を買って帰ろう。バスセンターの中の総菜屋、そろそろ何かしら揚げたての時間じゃないかな。
「うーん……」
コロッケか、いいな。こないだ食べたばっかりだけど、今日はおかずとして買って帰ろう。せっかくだし、じゃがいもとかぼちゃ、カニクリームコロッケなんかも買っちゃおうか。だって俺、今日、頑張ったし。
紙袋に揚げたてのコロッケ、って、なんかいいな。
揚げ物だけってのもなんだし、野菜はどうしようか。うちにはキャベツとかぼちゃがあるから……ああ、蒸し野菜とかいいかも。
生もうまいんだが、最近は、蒸し野菜が好きなんだよな。それに、味噌マヨネーズ。
ポン酢こそベスト、と思っていたが、味噌マヨネーズ、これがなかなかにうまい。ザクザクと切ったキャベツと薄く切ったかぼちゃを皿にのせ、ラップをかけてレンジでチン。
蒸し器で一度、作ってみたいな。
「いただきます」
なんとなく、キャベツから食べてみる。味噌とマヨネーズをただ混ぜただけのソースだが、これが野菜に合うんだ。
外側の方はやや歯ごたえがあり、甘さはそこまでない。キャベツそのものの味が際立っているようだ。味噌単体ではしょっぱいであろう味をマヨネーズがうまくまろやかにしている。うま味がすごいなあ。
中心部分は柔らかく、甘い。ほくほくとしていて、こりゃ、ちょっとした料理である。
かぼちゃはねっとりとした口当たりで、鼻から抜ける甘い香りと皮の風味がいい。かぼちゃはみそ汁にしても、天ぷらにしても、煮物にしてもうまい。どんな食い方をしてもうまいって、すごいよな。お菓子にもなるし。
さて、コロッケも揚げたてのうちに。
じゃがいものコロッケは安定の味。ソースをかけるとまた風味が変わる。サクッとした衣は徐々に柔らかくなり、もちもちとしたような、でもやはりほくほくとしたじゃがいもに染みていく。
これがご飯と合うんだ。
かぼちゃのコロッケは、何もつけないのが好みだ。あ、かぼちゃ被った。ま、いいや。うまいし。蒸したかぼちゃとはまた違うねっとり感。ほぼかぼちゃだけの中身だが、それがいい。濃いうま味と甘み、衣の香ばしさのバランスがちょうどいいな。
そう言えば、前からコロッケはかぼちゃが好きだったなあ。この甘さがよかったんだ。
カニクリームコロッケ、ちょっと贅沢してしまったかな。
俵型のコロッケに箸を入れる。他のコロッケとは違う、サクッ、とした箸から伝わる感覚の後の、スッと軽い感じ。中身はたっぷりだが、とろとろしているからだろう。
物によっては苦手なカニクリームコロッケ。この店のは好きなんだ。かに特有の香りが控えめというか、うま味はありつつも癖がなく、とろりと濃厚なクリームがたまらない。なかなか食べないからなあ、これ。しっかり味わうとしよう。
さて、資料館へ行ったということは、次は脚本だ。
やることは詰まっていた方が、退屈しない。でも、やっぱり少し疲れる。
だからたまには、ちょっとゆっくり、好きなことを楽しまないと。次は何を食べようかなあ。
「ごちそうさまでした」
応援ありがとうございます!
22
お気に入りに追加
238
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる