魔法使い物語

藤里 侑

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はじまりの樹

第19話 おくりもの

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 店に戻った面々は、各々確保してきたお菓子を確認した。
「どうして三つもあるんだ、胡桃」
「おいしい。皆で、食べる」
「すでに実食済みだったか」
 クーウォンは星が入った瓶を一つ持ち上げた。瓶が重く中身が軽いのか、それとも逆なのか、重いようで軽い、不思議な感覚だ。
 一方の胡桃は、確保したお菓子よりも何よりも、音羽の髪飾りがないことに衝撃を受けていた。
「音羽、シュシュ、どうした」
「落ち着いて、胡桃。失くしたわけじゃないから。ちゃんと理由があるの」
 わなわなと、怒りやら衝撃やらで震える胡桃を音羽はなだめる。
「実はね……」
 音羽が事の顛末を話すと、やっと落ち着いた胡桃は腕を組んでうなった。
「それなら、仕方ない、と言うべきか……」
「いいのよ。シュシュはまた買えるわ。でも……」
 音羽は少し残念そうに笑った。
「せっかく胡桃と一緒に選んだものだったから、ちょっと残念だわ」
「音羽……」
「だからね、また一緒に探しましょう。ね?」
 音羽が朗らかに言うと、胡桃は勢い良く首を縦に振り、音羽の両手を取った。
「絶対。いつ行く? 今か?」
「今はちょっと……急すぎるんじゃないかしら。落ち着いて探しましょう」
「そうだよ。まずは労をねぎらおうじゃないか」
 アネッサは言って胡桃の肩に手を置き、音羽に微笑みかけた。
「私も、いろいろ見繕わせてもらうよ」
「ありがとう」
「君たちも、よく頑張ってくれたね」
 そしてアネッサは風観と天に視線を向けた。
 風観はやっと目が落ち着いたようであったが、やはり見えづらいらしく、何度か瞬きをした。
「結構疲れましたね」
「そもそも登山がしんどかったよねえ」
 天の言葉に風観は頷く。
「俺は中腹までしか行ってませんけど、天さん、頂上まで行ったんでしょう。しかも寒い中」
「寒いのはどうにかなったけど、やっぱしんどいよ。しょっちゅう登ってるっていう村の人たちがすごいと思う」
「みんな、疲れた。そういう時、甘いもの、必要」
 そう言って胡桃は星の入った瓶を一つ開けた。開けた瞬間、小さな星粒が舞ったように見えた。
「食ってみろ」
「あ、少し光ってるのね」
「大きさがいろいろあるのは、光の強さの違いか?」
 小さなかけらを口に入れ、奥歯でカリッと噛む。硬いかと思えば、ほろほろっと崩れ、じゅんわりと口の中に甘さが広がるようだ。ほんの少しだけピリッと感じるのは、星の瞬きだろうか。
「甘くておいしいわ」
 音羽はパッと表情を明るくし、風観も相好を崩す。
「うん、うまい」
「なんかこうなったら他のものも気になってくるわね」
 と、音羽はショコラローズと甘霧に視線を向ける。
「こらこら、さすがにだめだぞ」
 クーウォンに苦笑しながら言われ、音羽は「冗談よ」と笑った。しかしその言葉には、半ば本気の色もにじんでいたので、クーウォンはそそくさとお菓子たちを遠くにやった。
「さて」
 アネッサは手を叩く。
「早速、明日世界樹へもっていくとしよう。きっとびっくりするだろうなあ」
 そう言ってアネッサは、楽しげに笑った。
「世界樹の管理局の連中は友好的に見せかけて、疑り深い性格のやつが多い。素直にこちらに頼んでいるように見せかけて、その実、期待はしていないだろう。はは、やつらの驚きに満ちた表情、楽しみだなあ」
「……仲が悪いのかしら」
 音羽のつぶやきに、戻ってきたクーウォンが淡々とした口調で答える。
「いや、ただ単に、人を驚かせるのが趣味なだけだ」
「趣味……」
「まあ、迷惑かからない程度。悪いやつじゃない」
 胡桃も心なしか呆れたような表情で笑って、アネッサを見つめている。
 クーウォンはため息をつくように「……そうだな」と相槌を打つのだった。

「えっ、もう調達してきたんですか?」
 ミオは「信じられない」という表情を隠さなかった。
「まあ、確かに信じがたいよねえ……」
 天は苦笑して小さくつぶやく。
 アネッサは「ふふん」と得意げに笑う……のを何とかこらえ、凛々しく笑って見せた。
「ええ。この三人が、頑張ってくれました」
 そう言って、音羽、風観、天を示す。三人の手にはそれぞれ、ショコラローズ、甘霧、星空の金平糖が握られていた。
「それが……三柱が求めている甘味?」
 今度こそミオは、心の底から驚いたというような表情を浮かべ、それを見たアネッサは満足そうに笑って胸を張った。そのわき腹を、胡桃がつつく。
「アネッサ、バレバレ」
「おっといけない。つい、嬉しくて。私の目標は達成できたようなものだからね」
「世界樹の三柱の機嫌を取るのが目的だろう……」
 と、クーウォンも言うが、ミオは三人の会話にかまっている余裕がないようだ。
「ええと、とにかくこれは、管理局でお預かりします。その後、どうなったかは連絡を……」
 ミオの事務的な言葉は、突然、遮られた。
 世界樹が突然、風も無いのにざわめきだした。そして三つの光がふわりとどこからか現れる。その光はゆらゆらと舞うと、三人の前に音もなく着地した。
 光は少しずつ人型に変わっていき、ついには、光がはじけ、そこには小さな子ども――コロポックルが立っていた。
 ミオはしばらく放心状態であったが、はっとして、膝をつく。
「コウ様、ラン様、オウ様」
 それぞれ、赤、青、黄色の服を着たコロポックルをミオはそう呼んだ。
 目の前に現れた彼らこそ、世界樹の守り神であった。三人はその圧倒的な魔力の圧に、膝をつこうにもつけなかった。ただ、立ち尽くすばかりである。
「お菓子、持って来てくれたの?」
 赤い服を着たコロポックル、コウが声を発する。かわいらしく可憐な声だが、その体からは想像もつかないほどの威圧感をたたえている。コウの視線は音羽ではなく、音羽の持つショコラローズに向いている。
「ええ……持って来ました」
 小さい子どものようではあるが、すさまじい魔力の圧である。それに負けないよう、音羽は足に力を入れた。
「これが、甘い花です」
 音羽はやっとのことで跪き、コウに花を差し出した。コウはじっとその花を見ると、小さなその手で受け取った。
「甘い霧は!」
 青い服を着たコロポックル、ランは勢いよく風観に詰め寄る。
「こ、これです」
 たじろぎつつ、風観も甘霧を差し出した。ランはガシッと力強く糸巻をつかんで、甘霧を抱きしめるようにして手に取った。
「甘い星もあるの?」
 黄色の服を着たコロポックル、オウは、不安そうに天を見る。こうして見れば確かに幼子のように見えるが、この不安そうな表情は、幼子のそれではないと天は直感的に思った。ここで、ない、と言ってはいけない。そんな圧を感じる。
「ございますよ」
 天が瓶を差し出すと、オウは恐る恐るそれを手に取った。
 三柱はしばらく、お互いにしか分からない言葉で何かを話すと、再び三人に視線を向けた。
「ありがとう、ありがとう」
「持って来てくれたの、君たちがはじめて!」
「嬉しい」
 三柱はそろって、すがすがしい笑みを浮かべていた。
 そして三柱は再び光の粒になると、世界樹の中に戻っていった。ざわめきは収まり、恐ろしいほどの静寂が広がる。
 そこにいる誰もが、かたずをのんで世界樹を見つめた。
 それからどれくらいの時が立ったのだろうか。とても長いようで、実際はそうでもないかもしれない。
 再び葉がざわめきだした。
 しかしそのざわめきは、先ほどのように威圧的なものではなかった。実に軽やかで、実に穏やかなものだった。
 そして、樹のあちこちに、真っ白な光がともり始めた。
 まん丸な形をしたその光は、一つ、また一つと数を増やしていき、まるで世界中を包み込むように優しい光を放ち始めた。
「……これは、うまくいったといっていいのかな?」
 アネッサは微笑んでミオに尋ねる。放心状態だったミオはアネッサの言葉で我に返って立ち上がると、はっきりと首を縦に振った。
「ええ、ええ! もちろんです!」
 そして三人に駆け寄ると、涙目で笑い、頭を下げた。
「本当にありがとうございます!」
「え、ああ……」
 三人は立っているのもやっとという様子であった。そんな三人を胡桃とクーウォンが支えた。三人は、心の底から喜ぶミオを見て、疲労困ぱいの中、少しだけ微笑んだ。
「お役に立てたようで、何よりです」
 世界樹の光はやがて落ち着いた。ミオもそれを確認すると、表情を引き締める。
「あとは私たちの仕事です。本当に、ありがとうございました」
 帰り際、音羽は世界樹を振り返った。
 昨日よりも穏やかな魔力に満ちた世界樹は、まさしく世界の守り神であり、この世界の始まりなのだと、この肌で実感した。
 風観と天も音羽に並び、ともに見上げる。
 三人は視線を交わすと、すがすがしい笑みを交わしたのだった。

 店に帰りつくやいなや、音羽たち三人は崩れ落ちるようにして床にへたり込んだ。
「おっと、大丈夫かい? 気が抜けたかな」
 アネッサは三人の前にしゃがみ込むと言った。
「ずいぶん疲れただろう。神様と話すのは、なかなかに魔力を消費する」
「ほんの少し、言葉を交わしただけよ」
 音羽はかすれた声で言った。もう顔を上げる気力もないようである。
「ああ。管理局の連中は魔法道具を使って力を増強しているが、こちらは丸腰だったからなあ」
 力を増強させる魔法道具があるなら先に言ってくれ、と言わんばかりの視線を三人から向けられ、アネッサは苦笑して両手を上げた。
「その手の道具は、特別な職人にしか作れない。私が管理できるのは、若き魔法使いたちのための道具か、一般的に使用可能なものだけさ」
「そうなの……」
 三人はアネッサと胡桃、クーウォンに支えられながらソファにたどり着いた。
 アネッサは自分の机に寄りかかって話を続けた。
「三柱と会話すると疲れるのは、なにも魔力の問題だけじゃない。気も使うし、世界樹に向かうまでの道中もある。ましてや、前日に一日かけて、手に入れるのが難しいお菓子も調達したんだ」
「ただ単なる気疲れや、体力消耗もある、ということだね」
 クーウォンはさっそくお茶を入れる。金平糖を添えるが、三人とも動く気力がない。
 胡桃は三人の手に金平糖を握らせながら言った。
「子ども、体力お化け。気も使わない。だから、三柱と遊んでも、耐えられる。それに、三柱、遊ぶためなら、子どもに魔力、分けてくれる」
「じゃあお菓子を調達した俺たちにも分けてくれたっていいじゃないか……」
 と、風観は金平糖を口に入れる。天に至っては無言でカリカリと前歯で金平糖をかじっていた。
 口の中でゆったりと金平糖を溶かした音羽は、深いため息をついた。
「はあ……でも、うまくいってよかったわ……」
「ほんとに。これでだめなら、どうしようかと……」
「……頑張ったなあ、僕たち」
 しばらく、ぽそぽそと囁くように話をしていた三人だったが、やがて静かになり、規則正しい息が聞こえ始めた。
 世界樹の救世主たちは、幼い寝顔を見せて、寄り添うように眠ってしまった。
「おやおや」
 アネッサは微笑まし気にその様子を見ると、ふわりと指を回して、柔らかなブランケットを出した。ブランケットは三人を起こさないよう、優しく、三人にかけられる。
「おやすみ、小さな救世主たち」
 胡桃は店の明かりを落とし、アンティークの小さなランプをつける。クーウォンもティーカップのセットと金平糖の瓶をアネッサの机に移動させた。
 アネッサ、胡桃、クーウォンは、紅茶に金平糖を一つ溶かし、互いの労をねぎらうように、カップを合わせた。
 紅茶の中で、小さな星がはじけるようにきらめいた。
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