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8.吉田の伯父様
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(お天気が良くてよかったわ)
今日の午後、咲耶子は女学校から早々に戻ってきた。
社務所を兼ねた住まいは無駄に広くって、全部の掃除はとても間に合わない。
でも客間と玄関くらいなら、なんとかなる。
内庭のリンドウを花器に移して、花台の上に置いた。
(まあまあね)
ひととおりの準備は整えて、咲耶子はたすきを外した。
一の鳥居の外で、咲耶子は伯父を待った。
伯父はいつも、ここで人力車を下りるから。
港から続く道は、途中この町一番の商店街を抜けて時計屋に突き当たる。
そこを左に折れて五十メートルくらい先に、一の鳥居はあった。
シャアシャア……。
軽やかな車輪の音が聞こえる。
時計屋の角を曲がった人力車が見えた。
深い青の着物に羽織の伯父が乗っている。
(黒いお帽子、相変わらずハイカラね)
昔っからお洒落な人なのだ。
吉田町の大地主、竹田家の当主らしい威厳もある。
咲耶子はこの伯父が大好きだ。
「伯父様~!」
駆け寄ると、すぐに人力車を止めて下りてきてくれた。
「咲耶子、元気そうだな」
にこにこと笑う伯父は、父のような小言は言わない。
「淑女が走るなどはしたない」
父なら間違いなく言う。
(それどころか元気なのが一番って、褒めてくれるわ)
「夏に会った時より、また綺麗になったか? 波留にますます似てきたな」
懐かし気に、少し切ない表情をなさるのは、いつものことだ。
咲耶子を見る度、伯父はそんな風に言う。
亡くなった母波留は、伯父の自慢の妹だったらしい。
「伯父様、早く中へ参りましょう?」
そんなに人通りのない道だけど、ここでは人の目が多少は気になった。
小さな田舎町では、どこの家にどんなお客があったのか。
一時間後には町中の人が知っている。
うかつに軽口をたたいていたら、どこでどんな風に広まるかわからない。
「わかったわかった」
車夫さんに心づけを渡して、伯父は鳥居をくぐってくれた。
「裏の蔵へいつもの土産を運ばせる。後で見ておきなさい」
内庭が見える部屋は、咲耶子の家でも一番いい部屋だ。
その上座に案内した。
席につくやいなや、伯父は咲耶子にこそりと耳打ちをしてくれる。
(こういう心遣いも素敵だわ)
一応父のプライドを傷つけないように。
そういうことだと思う。
いつものお土産とは、もう咲耶子にとってありがたくて涙が出るようなものばかり。
お米に大豆、小豆にもち米、上等の炭にナタネ油、お醤油に砂糖にお酒、昆布や干物まである。
それも荷車に五台分も。
「伯父様、ありがとうございます。ご用意くださったの、おばあ様と伯母様でしょう? くれぐれもよろしくお伝えくださいませね」
本当に嬉しい。
この伯父にだけは素直に弱みを見せられる。
そろそろお正月のお餅やお酒をどう工面しようと思っていたので、心からほっとした。
「咲耶子が気にすることじゃない」
憮然とした表情になるのも、いつものことだ。
「波留も咲耶子も苦労させられる」
でもその先まで、全部は言葉になさらない。
(こういうとこも好きだわ)
咲耶子は母の兄が、この伯父で良かったと思う。
今日の午後、咲耶子は女学校から早々に戻ってきた。
社務所を兼ねた住まいは無駄に広くって、全部の掃除はとても間に合わない。
でも客間と玄関くらいなら、なんとかなる。
内庭のリンドウを花器に移して、花台の上に置いた。
(まあまあね)
ひととおりの準備は整えて、咲耶子はたすきを外した。
一の鳥居の外で、咲耶子は伯父を待った。
伯父はいつも、ここで人力車を下りるから。
港から続く道は、途中この町一番の商店街を抜けて時計屋に突き当たる。
そこを左に折れて五十メートルくらい先に、一の鳥居はあった。
シャアシャア……。
軽やかな車輪の音が聞こえる。
時計屋の角を曲がった人力車が見えた。
深い青の着物に羽織の伯父が乗っている。
(黒いお帽子、相変わらずハイカラね)
昔っからお洒落な人なのだ。
吉田町の大地主、竹田家の当主らしい威厳もある。
咲耶子はこの伯父が大好きだ。
「伯父様~!」
駆け寄ると、すぐに人力車を止めて下りてきてくれた。
「咲耶子、元気そうだな」
にこにこと笑う伯父は、父のような小言は言わない。
「淑女が走るなどはしたない」
父なら間違いなく言う。
(それどころか元気なのが一番って、褒めてくれるわ)
「夏に会った時より、また綺麗になったか? 波留にますます似てきたな」
懐かし気に、少し切ない表情をなさるのは、いつものことだ。
咲耶子を見る度、伯父はそんな風に言う。
亡くなった母波留は、伯父の自慢の妹だったらしい。
「伯父様、早く中へ参りましょう?」
そんなに人通りのない道だけど、ここでは人の目が多少は気になった。
小さな田舎町では、どこの家にどんなお客があったのか。
一時間後には町中の人が知っている。
うかつに軽口をたたいていたら、どこでどんな風に広まるかわからない。
「わかったわかった」
車夫さんに心づけを渡して、伯父は鳥居をくぐってくれた。
「裏の蔵へいつもの土産を運ばせる。後で見ておきなさい」
内庭が見える部屋は、咲耶子の家でも一番いい部屋だ。
その上座に案内した。
席につくやいなや、伯父は咲耶子にこそりと耳打ちをしてくれる。
(こういう心遣いも素敵だわ)
一応父のプライドを傷つけないように。
そういうことだと思う。
いつものお土産とは、もう咲耶子にとってありがたくて涙が出るようなものばかり。
お米に大豆、小豆にもち米、上等の炭にナタネ油、お醤油に砂糖にお酒、昆布や干物まである。
それも荷車に五台分も。
「伯父様、ありがとうございます。ご用意くださったの、おばあ様と伯母様でしょう? くれぐれもよろしくお伝えくださいませね」
本当に嬉しい。
この伯父にだけは素直に弱みを見せられる。
そろそろお正月のお餅やお酒をどう工面しようと思っていたので、心からほっとした。
「咲耶子が気にすることじゃない」
憮然とした表情になるのも、いつものことだ。
「波留も咲耶子も苦労させられる」
でもその先まで、全部は言葉になさらない。
(こういうとこも好きだわ)
咲耶子は母の兄が、この伯父で良かったと思う。
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