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第1章 黄昏のパリは雪に沈む

No,16 憂愁の円舞曲

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 ただ、じっと見詰め合う二人。

 そして──時あたかも鳴り響く憂愁の円舞曲。

 二人の間に言葉は要らない。
 黙って差し出した明彦の右手にそっと左手を重ねる優夜。
 明彦は優夜の身体を優しくいだき、円舞曲のステップを踏み始めた。

 溢れる情感を湛え、流れる様に歌う美しきメロディー。そして切なき憂いを秘めたその円舞曲は、今まさにほとばしる二人の心情を更に煽り立てる。

 並み居る人々は感嘆のため息を吐いた。ホール狭しと踊り回る東洋の名花とそれを支える逞しき若木。
 二人は激しく回転する円舞曲を踊りながら互いの視線を外さず、燃える想いで憂愁の旋律を回り続ける。


──二人の心が円舞曲に溶けた。


 が、突然優夜の足が止まった。
 明彦は咄嗟にそのよろめいた身体を抱きかかえる。

「どうしました?!」

 優夜は両手で胸を押さえ、戸惑う明彦に苦痛の表情を見せた。

「……済みません。気分が優れませんので……失礼致します……」

 ひと言だけそう言うと、優夜は人波をかき分けながらふらふらとその場を離れた。
 後に残され一瞬躊躇したが、明彦も意を決してその後を追った。人波がそれを邪魔する。

 優夜の行く先を目で追うと、或る一室へと吸い込まれて行く──そこは優夜に与えられた控えの間。明彦はためらわずにノックした。

「失礼致します」

 ドアを開けた明彦の視界に、苦しみに耐える優夜の姿が飛び込んで来た。ひざまずき、両手で胸を押さえている──。

「お許しも得ずしての入室、どうかご容赦下さい」

 振り返り、驚きに目を見開く優夜。そして明彦は畳み掛けるように問おた。

「お加減がお悪いのですか?突然の事で驚いております」

「いいえ、何でもありません。
もう大丈夫です。少し……ほんの少し疲れただけです」

 明彦は苦しむ優夜の側に近寄り、ひざまずいて優夜の半身を支えた。

「……心臓……心臓が苦しいのですね?」

「いえ違います!そんな事はありません、決して……」

「でも、胸を押さえていらっしゃる」

「いえ、ただ……久し振りに踊りましたので……少々息切れがしてしまっただけなのです……」
 そう言いながらも息絶えだえに、優夜は苦痛に顔を歪めた。


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