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第15章 隼人と生きる光と影

No,168 幸せの記憶

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【これは20代中盤のお話】

 宝塚活動は相変わらずタッチと行動を共にしていた。
 実は隼人は、公言通りご贔屓ひいきの大スターの退団後、ぴたりと宝塚を観なくなった。それは宝塚ファンには有りがちな現象で、一種の「燃え尽き症候群」とも言える。

 大好きで大好きで入れ揚げたスターがいなくなった後、あれほど好きだったはずの宝塚にぱったりと足が向かなくなる現象は決して珍しくはない。
 特に雪組と月組の二大スターが相次いで退団したあの年は、その後東宝劇場にも空席が増えたと噂される程にファンが減ったと言われている。

 もっとも隼人に言わせれば、
「僕のスターさんは辞めちゃったけど、今は理久だから」
 なんて、これまた歯の浮くような事をすらりとささやいてくれるところが、案外俺は気に入っていた。キザなセリフをさらりと自然に言える隼人が素敵だった。

 まあ、いずれ俺も宝塚と離れる事にはなるのだけれど、でもこの時はまだその段階ではなかった。
 変わらずタッチとチケット争奪戦に夢中だったりもしたけれど、これについても隼人は俺とタッチとの仲を変に疑う事もなく、鷹揚おうように接してくれた。

 宝塚公演中はタッチとべったりの他にも、ナッキーとも変わらず仲良く遊び回っていた。
 週末はフラッシュで飲み仲間とワイワイ。なぜなら土日は隼人が仕事だから、ついつい朝まで遊んでナッキーの部屋になだれ込んだりもあったけれど、でもそれでも隼人に叱られた覚えはない。

 隼人は本当におおらかだった。
──そんな隼人と、ほぼ同棲のように行き来していたあの頃の俺。
 とても生活が充実していた。
 とても楽しかった。

 そうそう、休みが合わないのを楽しみにも変えていた。
 俺が平日で出勤だった日に隼人は休みだったりする。そんな日は、隼人がよく俺を迎えに会社まで来てくれたっけ。

 当時はまだ携帯なんて無かったから色々と行き違いも多かった。
 突然の残業なんかも多かったから、隼人には待ちぼうけを喰らわすことも多かったのだけれど、それでも文句や愚痴を言わないのが隼人の美点だった。

 会社を出るといつもの場所にちょこんと隼人が立っていて、ニコリと嬉しそうな笑顔を見せる。そんな時は俺もたまらなく幸福な気持ちを味わえるのだ。

 もちろん帰る方向が一緒だから仲好く肩を並べて歩くのだけど、ちょっと人が途切れたりすると、どちらともなく手を繋ぐ。
 旅行でもお出掛けでもなく、そんな日常の中での手繋ぎこそが、むしろ一番心臓をドキドキさせるのを俺は知ってる。

 気取らず安くて美味しい、いつもの居酒屋や定食屋によく寄ったっけ。
 少しお酒が入ると調子に乗って、よくそこらの物陰でキスしたりも若気の至り。
──部屋の直ぐ近くまで来ているのに、わざわざ人に見られそうな状況にドキドキしてた。

 二人でコンビニに寄ったり、アイスキャンディーを舐めながら並んで歩いたり、途中の公園で夜のブランコに乗ったりと、日常で何気ない幸福を味わえる日々だった。

 モルタルアパートの狭い浴室だったけれど、隼人は俺の後を追っ掛けてよく押し入って来た。
「おいおい、狭いだろが」と言いながら、俺も決して嫌じゃなかった。
「頭洗って?」って甘えられて、俺はいつものようにゴシゴシ洗ってあげる。
 そう言えば──初めての時のラブホでも、まずシャンプーから始まったっけ。

 そして最後は、隼人が頬を紅潮させてもっと甘える。
「お○ん○ん洗って?」って、結局その夜は浴室でフィニッシュ。
(しめしめ、シーツを汚さなくってかえって良かった)
 なんて、こっそりほくそ笑む。

 要するに、休日感覚の隼人と平日感覚の俺では、性欲の感覚にも誤差が生じる。そこを「疲れてるから」なんて拒否するのは不仲の元だ。
「今日は休み」の隼人の開放感に、優しく寄り添ってあげなくちゃ。
(逆の立場なら、やっぱり俺も甘えちゃうもん♪)

 隼人といるのが楽しかった。
 隼人のことが好きだった。
 隼人と、ずっと一緒にいたかったのに。

──あの5年間は、正に俺にとって幸せの記憶だった。
 と言っても、正確に言えば幸せは半分。
 あとの半分は………ね?

 そのお話しはこの次に──。


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