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第15章 隼人と生きる光と影

No,170 別離の不安

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【これは20代後半のお話】

 俺が27歳になって間もなくの秋──その言葉は、突然俺の心臓を貫いた。

「理久、僕ももうじき30歳だ。
これ以上、彼女を待たせられない……」

(だろうな……)
 と思う俺は、覚悟の上での冷静だった。

 イベントを大事にする隼人は、毎年俺の誕生日をサプライズ的に祝ってくれる。
 俺が9月、隼人が10月と誕生祝いは続くし、11月には冬の旅行、12月にはクリスマスと続くから、なんとなく俺達の秋から冬にかけては賑々にぎにぎしい雰囲気に包まれる。
──が、今年はちょっと違った。
 冬の旅行の予定が形にならない。

「もう、殆ど目ぼしいところには行っちゃったよね?」
 なんて俺はお茶を濁したけれど、俺なんかよりずっと旅行好きな隼人が、何にも思い付かずに決めかねている。
──俺には、隼人の迷いが伝わっていた。

 9月に俺の27歳を祝ってくれた時、(10月には、隼人は30歳になるんだな……)と、はっきり意識した。

「30歳」
 =何だろう?何かとてつもなく、でかい節目を感じる。

「結婚」
 =考えた事もない、と言えば嘘になる。俺だって長男だ。
 ただ、そこに女性との性愛が絡んでくるなら、俺には到底無理な行為だとの強い自覚があった。


 隼人はどうなんだろう?


 これは、実は隼人と付き合いはじめた5年前から、ずっと俺の脳裏を往き来する問題だった。


(隼人は、いずれは彼女と結婚するんだろうな……)


 その実態が、30歳の誕生日を前にして確実にリアルを引っ提げて肥大してきた。
 俺はむしろ、隼人からのその申し出を密かにじっと待っていたのかも知れない──。


※──────────※


「理久、僕ももうじき30歳だ。
これ以上、彼女を待たせられない……」
 と、隼人がついに口火を切った時、意外にも俺はホッと肩の荷が下りる思いだった。

「そうだね、婚約してるんだもんね」
「ごめん、理久……」

「で、どうするの?取りあえず何から始める?」
「え?いいの?」

「いいも何も、隼人がそう決めたなら俺は何も言えない。だって、それは隼人の人生なんだから」

 俺は、自分でも不思議なくらい冷静だった。

 こんな事は前にもあった。
 亮ちゃんに突然この問題を突き付けられて、俺は振られた。あの時の俺は若かったし、初めての別離の衝撃にポロポロと涙を溢した。
 かなりの痛手だった。あの時の傷心は、隼人と付き合っても癒されてはいない。

 それに比べて、隼人には婚約までした彼女がいるって──知っていて付き合い始めたのは動かし難い事実だった。
 だから俺は、たとえその理由が同じであっても、亮ちゃんの時と隼人の場合では初めから違った捉え方をしていた。

 隼人もきっと、いつか俺の元を離れて結婚してしまう。
──と、それは悲愴な程に俺の心の奥深く、常にくすぶっていた恐怖だった。

 彼女の話はいつも聞き流していた。もちろん俺の方から持ち出す事はほとんどない。
 正直、5年も付き合うとは思っていなかった。つまり、俺は5年間もずっとビクビクして生きていたのだ。


(いつ、彼女を理由に別れを切り出されるのか?)


 そんな不安を心の奥底に抱えながら、俺はずっと隼人を愛し続けていた。

 幸せの記憶と並列だった、別離の不安──。

 俺はいつも、雲を踏むようにして隼人の後を追い掛けていたのだ。



(隼人……やっぱり俺達、終わるんだね…………)


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