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第一章
07 お祓い
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「幽霊……」
ケイの脳裏に、鏡に映る木宮光雅の姿が蘇った。何か言おうとするわけでもなく、ただこちらを見つめ続ける無表情な顔。
「ごめんね。いきなりこんな話したって、はあ? って感じだよね。わたしだって緋山さんの立場だったら反応に困ると思う」
ケイが引いていると思ったのか、英田は自嘲気味に言った。
「でもね、今一通り話した内容は全部本当なの。長田さんと白石さんには聞こえていなかったって知った時は、自分の頭がおかしくなったのかなって思った。けど、緋山さんは足音だけでも聞こえたんだよね。だから、少なくともわたしの幻聴じゃないって事は確かなはず……」
「信じますよ」
ケイの言葉に、俯きかけていた英田は顔を上げた。
「わたしは信じます。英田さんの話も、幽霊の存在も」
「ほんっと緋山さん優しい!」
「いえ、そんな……」
ただの同情ではないんです。何せわたしも、つい最近幽霊そのものを見てしまったようなので。鏡に映ったんですよ、何年も前に急死した友人が無表情で──そう告白したら、英田はどんな反応をするだろうか。
話してしまえば、少しは気が楽になるかもしれない。優一郎の裏切りと元職場での酷い仕打ちを打ち明けた時のように。しかしケイは、英田を余計に不安にさせるような事はしたくなかった。
「それで、わたしさあ……どうすればいいと思う? このままじゃ、わたしは勿論だけど、緋山さんにも悪影響が続いちゃうし」
「……そうですね……騒音の正体が本当に幽霊なのだとしたら、神社でお祓いしてもらう、とか」
「うーん、やっぱそっかー……」
あまり乗り気ではなさそうな英田に、ケイは理由を尋ねた。
「実はわたし、神様はあんまり信じてないんだ。幽霊は信じてるのに、おかしいかな」
「ちょっと珍しいかもしれません」
「ちゃんと理由はあるんだよ。あー……でも、駄目元で行ってみるべきなのかな。このままじゃ、下手したら騒音だけじゃ済まなくなるかもしれないし……」
何気ない言葉だったが、ケイはゾッとした。発言した英田自身も同じだったらしく、口元が引きつっている。
「コンビニのちょっと先にある日出神社はどうです? それともお寺の方がいいんでしょうかね……」
「……よし、ちょっと今から日出神社に行ってくる」英田はローテーブルに手を突きながら立ち上がった。「一旦自分の部屋戻って支度するわ。ジュースごちそうさま!」
「今から?」
「少しでも早い方がいいでしょ。今夜もまた来るのかと思うとさ。今日が駄目でも、なるべく早いうちにお祓いして貰えるように頼んでみる」
英田はケイに礼を言い、後でまた報告しに来ると約束して去って行った。
英田が戻って来たのは、一六時を過ぎた頃だった。ケイは再び部屋に招き入れた。
「心なしか体が軽くなった気がするんだよね。このお札もくれたし、これでもう大丈夫だと思う」
英田はバッグの中から札を出し、ローテーブルの上に置いた。ケイは英田に断りを入れてから礼をそっと手に取った。何と書かれているのかはわからないのに、効果がありそうだと思えてくるから不思議だ。
日出神社の神主に事情を説明すると、除霊可能だと言われ、平日のためか空いており先約もいなかったのですぐにお祓いをしてもらえたのだという。
「神様は信じてないなんて言ったけど、行って良かったよ。本当に有難うね、緋山さん」
「良かったです! わたしも安心しました。……あの、でも何で信じていないんですか?」
英田は少々の間の後、静かに口を開いた。
「わたしが小六の時にね、従姉が車に轢き逃げされたの。わたしの事をよく可愛がってくれるから、喧嘩ばかりしていた実の姉より大好きだった。
手術は成功したけど、意識は戻らなかったし、助かるかどうかわからないって聞いてから、わたしは毎日神様にお祈りした。神社にも何度も行った。でも結局従姉は、一箇月後に死んじゃった。従姉を轢き殺した犯人はすぐに捕まったけど、大した罪には問われなかった。もうとっくに刑務所出てるはずなのに、一度だって謝罪や墓参りに来た事はない」
「……ごめんなさい、余計な事聞いちゃって」
「ううん、全然気にしないで。あ、そうそう!」英田は手を打ち合わせた。「肝心な事話し忘れるとこだったよ! 騒音を発生させていた幽霊の正体!」
「……誰だったんですか?」
「それがね……〝見える〟っていう神主の話によると、何と生霊だったの」
「生霊!?」
ケイは思わず大きな声を出してしまった。ケイ自身に詳しい知識があるわけではないが、以前何かで、死霊よりも生霊に取り憑かれる方がよっぽどもタチが悪いという話を耳にした事があった。英田が誰かの恨みを買うような人間だとは思いたくはなかったが、一方的で身勝手な逆恨みをされたという可能性もある。
そこまで考えた時、ケイは一人の男を思い付いた。
「まさか、元カレさん?」
しかし英田はかぶりを振った。
「わたしも生霊だって聞いた時は、真っ先にそう思った。でもね、神主さんの霊視によると、生霊の正体は女性。理由はわたしへの激しい嫉妬。まあ、実は拓篤も大いに関係してたんだけどね」
「ああ……」ケイは今度こそ正解だと確信した。「元カレさんの浮気相手」
「ピンポ~ン。この間話したの覚えてる? 二回目の浮気相手は、拓篤と一緒になる気満々だったって」
ケイは驚き以上に納得した。愛する人に自分とは別のパートナーがいた場合、前者ではなく後者に恨みを募らせる人間が多いらしいという話も、生霊の話と同様に何かで耳にした事があった。
──わたしは違う。
ケイは優一郎が最終的に選んだ相手── 〝優君、何か変な女の人がこっち見てるよ〟──には恨みも関心もほとんどなかった。
──わたしって珍しいタイプなのかも。
「まったく、恨むならわたしじゃなくて、あの大馬鹿野郎だけにしろってね」
「本当ですね」
ケイと英田は同時に大きな溜め息を吐くと、顔を見合わせ苦笑した。
ケイの脳裏に、鏡に映る木宮光雅の姿が蘇った。何か言おうとするわけでもなく、ただこちらを見つめ続ける無表情な顔。
「ごめんね。いきなりこんな話したって、はあ? って感じだよね。わたしだって緋山さんの立場だったら反応に困ると思う」
ケイが引いていると思ったのか、英田は自嘲気味に言った。
「でもね、今一通り話した内容は全部本当なの。長田さんと白石さんには聞こえていなかったって知った時は、自分の頭がおかしくなったのかなって思った。けど、緋山さんは足音だけでも聞こえたんだよね。だから、少なくともわたしの幻聴じゃないって事は確かなはず……」
「信じますよ」
ケイの言葉に、俯きかけていた英田は顔を上げた。
「わたしは信じます。英田さんの話も、幽霊の存在も」
「ほんっと緋山さん優しい!」
「いえ、そんな……」
ただの同情ではないんです。何せわたしも、つい最近幽霊そのものを見てしまったようなので。鏡に映ったんですよ、何年も前に急死した友人が無表情で──そう告白したら、英田はどんな反応をするだろうか。
話してしまえば、少しは気が楽になるかもしれない。優一郎の裏切りと元職場での酷い仕打ちを打ち明けた時のように。しかしケイは、英田を余計に不安にさせるような事はしたくなかった。
「それで、わたしさあ……どうすればいいと思う? このままじゃ、わたしは勿論だけど、緋山さんにも悪影響が続いちゃうし」
「……そうですね……騒音の正体が本当に幽霊なのだとしたら、神社でお祓いしてもらう、とか」
「うーん、やっぱそっかー……」
あまり乗り気ではなさそうな英田に、ケイは理由を尋ねた。
「実はわたし、神様はあんまり信じてないんだ。幽霊は信じてるのに、おかしいかな」
「ちょっと珍しいかもしれません」
「ちゃんと理由はあるんだよ。あー……でも、駄目元で行ってみるべきなのかな。このままじゃ、下手したら騒音だけじゃ済まなくなるかもしれないし……」
何気ない言葉だったが、ケイはゾッとした。発言した英田自身も同じだったらしく、口元が引きつっている。
「コンビニのちょっと先にある日出神社はどうです? それともお寺の方がいいんでしょうかね……」
「……よし、ちょっと今から日出神社に行ってくる」英田はローテーブルに手を突きながら立ち上がった。「一旦自分の部屋戻って支度するわ。ジュースごちそうさま!」
「今から?」
「少しでも早い方がいいでしょ。今夜もまた来るのかと思うとさ。今日が駄目でも、なるべく早いうちにお祓いして貰えるように頼んでみる」
英田はケイに礼を言い、後でまた報告しに来ると約束して去って行った。
英田が戻って来たのは、一六時を過ぎた頃だった。ケイは再び部屋に招き入れた。
「心なしか体が軽くなった気がするんだよね。このお札もくれたし、これでもう大丈夫だと思う」
英田はバッグの中から札を出し、ローテーブルの上に置いた。ケイは英田に断りを入れてから礼をそっと手に取った。何と書かれているのかはわからないのに、効果がありそうだと思えてくるから不思議だ。
日出神社の神主に事情を説明すると、除霊可能だと言われ、平日のためか空いており先約もいなかったのですぐにお祓いをしてもらえたのだという。
「神様は信じてないなんて言ったけど、行って良かったよ。本当に有難うね、緋山さん」
「良かったです! わたしも安心しました。……あの、でも何で信じていないんですか?」
英田は少々の間の後、静かに口を開いた。
「わたしが小六の時にね、従姉が車に轢き逃げされたの。わたしの事をよく可愛がってくれるから、喧嘩ばかりしていた実の姉より大好きだった。
手術は成功したけど、意識は戻らなかったし、助かるかどうかわからないって聞いてから、わたしは毎日神様にお祈りした。神社にも何度も行った。でも結局従姉は、一箇月後に死んじゃった。従姉を轢き殺した犯人はすぐに捕まったけど、大した罪には問われなかった。もうとっくに刑務所出てるはずなのに、一度だって謝罪や墓参りに来た事はない」
「……ごめんなさい、余計な事聞いちゃって」
「ううん、全然気にしないで。あ、そうそう!」英田は手を打ち合わせた。「肝心な事話し忘れるとこだったよ! 騒音を発生させていた幽霊の正体!」
「……誰だったんですか?」
「それがね……〝見える〟っていう神主の話によると、何と生霊だったの」
「生霊!?」
ケイは思わず大きな声を出してしまった。ケイ自身に詳しい知識があるわけではないが、以前何かで、死霊よりも生霊に取り憑かれる方がよっぽどもタチが悪いという話を耳にした事があった。英田が誰かの恨みを買うような人間だとは思いたくはなかったが、一方的で身勝手な逆恨みをされたという可能性もある。
そこまで考えた時、ケイは一人の男を思い付いた。
「まさか、元カレさん?」
しかし英田はかぶりを振った。
「わたしも生霊だって聞いた時は、真っ先にそう思った。でもね、神主さんの霊視によると、生霊の正体は女性。理由はわたしへの激しい嫉妬。まあ、実は拓篤も大いに関係してたんだけどね」
「ああ……」ケイは今度こそ正解だと確信した。「元カレさんの浮気相手」
「ピンポ~ン。この間話したの覚えてる? 二回目の浮気相手は、拓篤と一緒になる気満々だったって」
ケイは驚き以上に納得した。愛する人に自分とは別のパートナーがいた場合、前者ではなく後者に恨みを募らせる人間が多いらしいという話も、生霊の話と同様に何かで耳にした事があった。
──わたしは違う。
ケイは優一郎が最終的に選んだ相手── 〝優君、何か変な女の人がこっち見てるよ〟──には恨みも関心もほとんどなかった。
──わたしって珍しいタイプなのかも。
「まったく、恨むならわたしじゃなくて、あの大馬鹿野郎だけにしろってね」
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