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第一章
08 凪との再会①
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翌日。
ケイは予定よりも早く自宅を出た。
お祓いの効果があったのか、夜中に足音で目を覚ます事もなく、朝までぐっすりと眠る事が出来た。そのおかげか、久し振りに頭がスッキリしている。
──英田さんも何もなかったならいいけど。
JR浜波駅西口改札前には、ケイと同じく誰かを待つ人々があちらこちらにいたが、凪の姿は見当たらなかった。もっとも、約束の一一時まで二〇分近くあるので無理はない。
ケイは凪がわかりやすいように、改札から数メートル真っ直ぐ進んだ先の柱の前に立った。そして時間潰しのためにスマホのパズルアプリを起動させ、可愛らしいキャラクターたちが画面いっぱいに現れた時だった。
「──るな」
唐突に耳元で聞こえた声に、ケイはスマホから顔を上げて振り向いた。一番近くにいる眼鏡の女性は、連れの女性と会話している。反対側も見やったものの、立っている人々は、ケイと同じようにスマホをいじるか、連れと会話しているかのどちらかだ。
──……何?
何と言っていたのかははっきり聞こえなかったが、恐らくは女性の声だ。ケイには関係ない独り言にしては距離が近過ぎた。すぐ近くに立っている人間ではないという事は、数多くの行き交う人々の中の誰かが、すれ違いざまにわざわざ柱の後ろから顔を出し、ケイの耳元で言葉を発して去って行ったという事になりそうだ。
──気持ち悪っ!
せっかくこれから旧友と会うというのに、変質者のせいで気分を台無しにはされたくない。パズルゲームに集中して忘れようと思い直したところで、改札から凪が出て来るのが目に入った。
ケイと凪が訪れたのは、浜波駅から北方面に徒歩一〇分程の居酒屋&レストラン〈SORRISO〉。朝から夕方まではイタリアン中心のレストランで、夜以降は居酒屋となる有名な全国チェーン店だ。ケイは初めてだが、凪はしょっちゅう来ているらしい。
店内はほとんどがドアのない個室になっており、部屋毎に異なるデザインの暖簾が掛けられている。客は多いようだが、ケイと凪は大して待たずに二人用の個室に通された。
「で……相談したい事って?」
注文を終えると、ケイは凪に尋ねた。
「あー……その、長くなりそうだから、食い終わってから話そうかなって考えてた」
「そう。じゃあ後でね」
「悪いな」
凪の口振りからすると、かなり深刻な内容なのだろうか。急に不安を覚えたケイだったが、その不安が一時的に頭の片隅に追いやられるような質問が投げ掛けられた。
「緋山は今何の仕事してるんだ?」
出来れば触れてほしくはなかったが、だんまりを決め込むわけにもいかず、ケイはとりあえず現状のみを話した。
「まあ、生活に困ってないならいいんじゃね」
「今のところはね。でも、いつまでもこのままってわけにもいかないのはわかってるわ」
「だからって焦って変なとこに入っちまってもな」
店員がドリンクを運んで来た。喉が渇いていたのか、アイスコーヒーのグラスが目の前に置かれるなり、凪は早速飲み始めた。
「三塚君は大学出てからずっと今の職場?」
「ああ。今までは本社が厳しいノルマやらよくわかんねえルールやら押し付けてきたし、有給もろくに使えなくて、選ぶの失敗したかなって思ってたんだけどさ、今年の四月に社長が変わってから短期間でどんどん良くなってる」
「良かったじゃない。なかなかないわよね、ブラック体質が改善されるのって」
「だな。俺の大学時代の友達には、もっと酷い環境で働き続けている奴もいるし。もしかして緋山はブラックが原因で辞めたのか?」
「うーん、まあ、そんなところね」
「そうか……」
凪はそれ以上聞き出そうとはせず、パスタが運ばれてからは〈クローバー〉での様々な接客エピソードでケイを笑わせた。中でも、常連の中国人家族の漫才のようなやり取りは、下手なお笑いを聞くよりもずっと面白く、二人揃って笑い過ぎてしまいなかなか食事が進まない程だった。
「ほんっとにさ、色んな人間がいるよ。たまに性格悪い奴に当たると二度と来んなよとは思うけど、何だかんだで楽しいかな」
「そういうの、SNSに投稿してみたら?」
「それがさ、この間、俺が経験したのとかなりよく似た話を漫画にした投稿がバズってたんだ。もしやと思ってちょっと探ってみたら、その投稿者は同じ店のアルバイトの女の子だったんだ。先越されたよ」
やがて凪は、氷が溶けてすっかり薄くなった残りのアイスコーヒーを飲み干すと、遠慮がちに相談事を切り出した。
「もしかしたら、緋山を嫌な気分にさせちまうかもしれない。少なくとも、何言ってんだこいつとは思われるだろうな」
「それは……聞いてみないとわからないわよ」
「そうかな」凪はうっすら微笑んだ。「だったらいいんだけど。とにかく先にこれだけは言っておく。これから話す内容は全部、真実だ」
「わかったわ。話して」
「……おう」
それでも凪は、なかなか本題に入ろうとはしなかった。ケイはじれったさを感じながらも、辛抱強く待ち続けた。そしてようやく凪が口を開いた時、ケイは周囲の時が止まったように感じた。
「木宮の霊を見たんだ」
ケイは予定よりも早く自宅を出た。
お祓いの効果があったのか、夜中に足音で目を覚ます事もなく、朝までぐっすりと眠る事が出来た。そのおかげか、久し振りに頭がスッキリしている。
──英田さんも何もなかったならいいけど。
JR浜波駅西口改札前には、ケイと同じく誰かを待つ人々があちらこちらにいたが、凪の姿は見当たらなかった。もっとも、約束の一一時まで二〇分近くあるので無理はない。
ケイは凪がわかりやすいように、改札から数メートル真っ直ぐ進んだ先の柱の前に立った。そして時間潰しのためにスマホのパズルアプリを起動させ、可愛らしいキャラクターたちが画面いっぱいに現れた時だった。
「──るな」
唐突に耳元で聞こえた声に、ケイはスマホから顔を上げて振り向いた。一番近くにいる眼鏡の女性は、連れの女性と会話している。反対側も見やったものの、立っている人々は、ケイと同じようにスマホをいじるか、連れと会話しているかのどちらかだ。
──……何?
何と言っていたのかははっきり聞こえなかったが、恐らくは女性の声だ。ケイには関係ない独り言にしては距離が近過ぎた。すぐ近くに立っている人間ではないという事は、数多くの行き交う人々の中の誰かが、すれ違いざまにわざわざ柱の後ろから顔を出し、ケイの耳元で言葉を発して去って行ったという事になりそうだ。
──気持ち悪っ!
せっかくこれから旧友と会うというのに、変質者のせいで気分を台無しにはされたくない。パズルゲームに集中して忘れようと思い直したところで、改札から凪が出て来るのが目に入った。
ケイと凪が訪れたのは、浜波駅から北方面に徒歩一〇分程の居酒屋&レストラン〈SORRISO〉。朝から夕方まではイタリアン中心のレストランで、夜以降は居酒屋となる有名な全国チェーン店だ。ケイは初めてだが、凪はしょっちゅう来ているらしい。
店内はほとんどがドアのない個室になっており、部屋毎に異なるデザインの暖簾が掛けられている。客は多いようだが、ケイと凪は大して待たずに二人用の個室に通された。
「で……相談したい事って?」
注文を終えると、ケイは凪に尋ねた。
「あー……その、長くなりそうだから、食い終わってから話そうかなって考えてた」
「そう。じゃあ後でね」
「悪いな」
凪の口振りからすると、かなり深刻な内容なのだろうか。急に不安を覚えたケイだったが、その不安が一時的に頭の片隅に追いやられるような質問が投げ掛けられた。
「緋山は今何の仕事してるんだ?」
出来れば触れてほしくはなかったが、だんまりを決め込むわけにもいかず、ケイはとりあえず現状のみを話した。
「まあ、生活に困ってないならいいんじゃね」
「今のところはね。でも、いつまでもこのままってわけにもいかないのはわかってるわ」
「だからって焦って変なとこに入っちまってもな」
店員がドリンクを運んで来た。喉が渇いていたのか、アイスコーヒーのグラスが目の前に置かれるなり、凪は早速飲み始めた。
「三塚君は大学出てからずっと今の職場?」
「ああ。今までは本社が厳しいノルマやらよくわかんねえルールやら押し付けてきたし、有給もろくに使えなくて、選ぶの失敗したかなって思ってたんだけどさ、今年の四月に社長が変わってから短期間でどんどん良くなってる」
「良かったじゃない。なかなかないわよね、ブラック体質が改善されるのって」
「だな。俺の大学時代の友達には、もっと酷い環境で働き続けている奴もいるし。もしかして緋山はブラックが原因で辞めたのか?」
「うーん、まあ、そんなところね」
「そうか……」
凪はそれ以上聞き出そうとはせず、パスタが運ばれてからは〈クローバー〉での様々な接客エピソードでケイを笑わせた。中でも、常連の中国人家族の漫才のようなやり取りは、下手なお笑いを聞くよりもずっと面白く、二人揃って笑い過ぎてしまいなかなか食事が進まない程だった。
「ほんっとにさ、色んな人間がいるよ。たまに性格悪い奴に当たると二度と来んなよとは思うけど、何だかんだで楽しいかな」
「そういうの、SNSに投稿してみたら?」
「それがさ、この間、俺が経験したのとかなりよく似た話を漫画にした投稿がバズってたんだ。もしやと思ってちょっと探ってみたら、その投稿者は同じ店のアルバイトの女の子だったんだ。先越されたよ」
やがて凪は、氷が溶けてすっかり薄くなった残りのアイスコーヒーを飲み干すと、遠慮がちに相談事を切り出した。
「もしかしたら、緋山を嫌な気分にさせちまうかもしれない。少なくとも、何言ってんだこいつとは思われるだろうな」
「それは……聞いてみないとわからないわよ」
「そうかな」凪はうっすら微笑んだ。「だったらいいんだけど。とにかく先にこれだけは言っておく。これから話す内容は全部、真実だ」
「わかったわ。話して」
「……おう」
それでも凪は、なかなか本題に入ろうとはしなかった。ケイはじれったさを感じながらも、辛抱強く待ち続けた。そしてようやく凪が口を開いた時、ケイは周囲の時が止まったように感じた。
「木宮の霊を見たんだ」
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