ボーイ・イン・ザ・ミラー

園村マリノ

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エピローグ

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 一二月一日。
 舞翔まいしょう松竹町しょうちくちょう内の空き家で火災が発生し、全焼したというニュースが報道された。同日二時頃、空き家に侵入した未成年者のグループが、室内にあった木片を燃やして遊んでいたのが原因らしいが、詳細は捜査中との事だった。
 火災の現場が、つい一週間程前に自分と想い人とで訪れた場所だとわかっても、なぎは特別驚かなかった。

 ──これで完全に浄化されたかな。

 テレビ画面に映された旧木宮きみや家の焼け跡を見ながら、凪はそう思った。



 あの日、全てが終わり旧木宮家を出る頃には、陽が傾きかけていた。すぐにその場から立ち去ろうとすると、反対方向から中年男性に声を掛けられた。
 てっきり不法侵入を咎められるのかと思いきや、その男性はケイがアイテムを購入した〈雪月花せつげつか〉店主兼祓い屋の比留間ひるまだった。

「どうしてこちらに?」

「仕事が早めに終わったからすっ飛んで来たんだよ。この間あなたが帰った後に、他の同業者たちと協力してこの場所を特定した」

「そうだったんですね」

 比留間は凪とケイを交互に見やり、

「で、終わったのかい?」

「はい、終わりました。友人の魂も救えました」

「そうか」比留間は頷いた。

「式神には本当に助けられました。ごめんなさい、形代は紛失しました」

「そんな事はいいよ。それよりあなたたち、あちこち血が付いてるよ! 怪我したのか?」

「俺は大丈夫です。でも緋山ひやまは噛まれました」

「噛まれた?」

「ええ、肩を。でももう血は止まりましたし、付いてる血の大半は〝アイツ〟のものですから」

「まったく、無茶するねえ! よくその程度で済んだよ!」

 比留間の声色は、怒っているような呆れているような、それでいて安堵しているような複雑なものだったが、その顔には僅かに笑みが浮かんでいた。

「さ、いつまでもここにいない方がいい。今の君たちはかなり目立つぞ。向こうに私の車があるから乗りなさい。家まで送るから」

 どうするかと凪が目配せすると、ケイは小さく頷いてみせた。

「それじゃあ、お言葉に甘えて……」



 あの日だけでなく、光雅こうがに関わる一連の出来事は、凪の中では既に遠い昔、あるいは夢の中で起こったような感覚になっている。時々夢の中に〝アイツ〟が出て来て嫌な思いはさせられるが、記憶が創り出した〝アイツ〟は現実の本物と比べれば可愛いものだ。

 ──いずれは現実の記憶ももっと薄れて、夢に見ることもなくなるのか?

 はそうなるかもしれない。しかし、ケイは?

 ──緋山……。

 凪が次にケイに会うのは二四日だ。当然のように出勤だと思っていたが、社員もバイトもほぼ全員が何の予定もないので出勤OK、むしろ仕事をさせてくれという悲しい現実だったうえに、店長が余計な気を利かせたために休みとなった。光雅の件が解決したら想いを伝えようと考えていた凪は、勇気を出してケイをイルミネーションに誘ったところ二つ返事だった。
 プレゼントは既に購入した。ディナーも予約した。後は神のみぞ知る、といったところか。

 ──まあ、多分フラれるよな。その場でなくとも、「時間を頂戴」なんて言われて一週間後くらいに……。

 凪は自嘲気味にフッと笑った。そう考える理由は一つ、お騒がせな亡き友人の存在だ。

 ──俺が高校時代からずっと緋山を意識しているように、緋山もまたずっと光雅あいつを……。

 それでも凪は、少ない望みに賭けたかった。予想通りに断られてもケイ本人や光雅を恨む事はないし、後悔もしない。

 ──木宮、応援してくれないか? なんてな。

 凪はテレビの電源を消すと、大きく伸びをした。

「ちょっくら出掛けるか」

 行き先は決まっていないが、たまにはそういうのもいいだろう。せっかくいい天気なのに、家にこもっていたら勿体無い。
 凪は早速身支度を始めた。



「うん、仕事は少しずつ探してる。遅くとも来年の春までには働けるようにね……うん、有難う。それじゃあアイリにもよろしくね。……ああ、そうね、父さんにも。うん、じゃあね」

 母との通話を終え、スマホをローテーブルの上に置くと、ケイはストレッチで肩甲骨をほぐし始めた。働いていた時からそれなりにおり、退職しデスクワークがなくなった今でもなかなか解消されない。

 ──スマホのいじり過ぎかしら。

 ストレッチの途中、左肩に疼きを感じたケイは、Tシャツを捲って問題の箇所を見やると小さく溜め息を吐いた。
〝アイツ〟の噛み跡はまだ残っている。ひょっとするとこれから先も完全に消える事はなく、疼きも不定期的に顔を覗かせるのかもしれなかった。
 しかしケイはあまり悲観的にはならず、この程度で済んだのは不幸中の幸いだと考えていた。もっと深手を負ってもおかしくはなかった。〝アイツ〟はあの時点で結構なダメージを受けていたのであまり力が入らなかったのだろう。

 ──わたしは色々な人や物に助けられた。三塚みつか君、比留間さん、比留間さんの式神とアイテム、そして……光雅君。

 光雅の最後の笑顔を思い出した瞬間、ケイの目に温かい涙がじわりと滲んだ。

 ──やだなあ、もう。
 

 
 約一時間後。
 ケイは西にし区の浜波はまなみ駅周辺を歩いて回っていた。特に目的はなかったが、ずっと部屋にこもっていても光雅の事ばかり考えてしまいそうだった。それに今日は絵に描いたようないい天気なので、家にこもっていたら勿体無いとも思えた。

 ──そうだ、新しいリュックと服を買おう。

 自分と〝アイツ〟の血で汚れたリュックと当日の服装一式は、どんなに丁寧に洗ったところで限度があった。

 ──とんだ出費ね。

 ケイはショッピングモール〈VIOLETバイオレット〉へ足を運ぶと、買い物の前にトイレに入った。用を足し、洗面台で手を洗い終え、ドアを開けて外に出ようとした時、誰もいないはずの後方から気配を感じた。
 ケイは一旦ドアを閉めると、様子を窺いながらゆっくりと周囲を見回した。

 ──……まさか。

 ケイは洗面台まで戻った。

 ──!!

 二枚連なっている洗面鏡の右側にはケイが、そして左側には木宮光雅が映っていた。

「な、何で!?」ケイは思わず身を乗り出し、鏡面に手を突いた。「え、何で? どうして? 成仏出来たんじゃなかったの!?」

「ケイ、落ち着いて」

 ケイは深呼吸すると、ゆっくり鏡面から離れた。

「成仏っていうとアレだよね、この世に未練を残さずに天国へ逝くっていう」光雅は他人事のように言った。

「そうよ。てっきりわたしは、あの鏡が割れた後、光雅君はそうなったと──」

「ヤなこった」

「え?」

「おれには最初からそんな気なんてなかったよ。なあケイ、君と三塚が〝アイツ〟を倒してくれたおかげで、ほとんど消滅しかけていたおれは救われた。でもさ、〝アイツ〟でさえ完全に消滅したと思い込んでいたくらいに弱っていたおれが、ケイと三塚を助けてあげられたのは何でだと思う?」

 ポカンとしているケイに、光雅は続けた。

「俺は〝アイツ〟に取り込まれてからも必死に抵抗し続けた。そうしながら、自分の力──所謂霊能力とかいうやつだね──を使って、逆に〝アイツ〟の力をほんの少しずつ奪っていたんだ。
 そしてあの日、ケイと三塚がやって来て〝アイツ〟を弱らせてくれたおかげで、おれは一気に多くの力を奪えた。だからあの場にジッポーとオイルを用意出来たんだ。一応言っとくけど、あれは昔父さんが使っていた物を思い出して、おれの力で実体化しただけだから。おれは不良じゃありません」

 ケイは、光雅が言わんとしている事がだんだんとわかってきた。

「そしてケイと三塚を元の世界に戻した後、おれは完全に息絶えていた消し炭状態の〝アイツ〟から、残っていた力を全部奪った! だから今はかなり力がみなぎっているんだ、生きていた時以上にね!」

「……つまり光雅君は、せっかく〝アイツ〟の悪魔の力を奪って強くなったのだから、成仏なんてせずに今のままでいたい、と」

「そう、その通り!」光雅の顔に、パッと無邪気な笑みが広がった。「理解が早くて良かった。流石ケイ!」

「……ねえ光雅君」

「何?」

「そのあり余った力……一体どう使うつもりなの?」

「それはね……いずれわかるよ。その時まで楽しみに待っていてよ。それこそ、あちこちに転がっている怪異を、三塚と一緒に解決しながらでもさ。ケイは悪しき存在たちと対峙するの、何だかんだで楽しかったんじゃない?」

「な──」

〝何かさ……活き活きしてんなって〟

〝緋山、ひょっとして霊と戦える事を楽しんだりしてないか?〟

「──に言ってるの……」

 光雅が何かに気付いたようにドアの方を向いた。

「そろそろ行くよ。それじゃあケイ、またね」

「こ、光雅君!!」

 トイレのドアが開き、ケイと同年代くらいの女性が入って来た。女性はチラリとケイを見やったが、それ以上気にする様子はなく、一番奥の個室へと入って行った。
 ケイはもう一度鏡の中に光雅の姿を探したが、映るのは背後の壁と、あまり顔色の良くない自分自身だけだった。



〝後で電話していい? 光雅君の事で話があるの〟

 買い物も忘れて真っ直ぐ帰宅したケイは、散々迷った末に凪にメッセージを送った。

 ──……光雅君ったら。

 ケイは手鏡を手に取った。どうやらケイわたしは、自分で思っていた程、木宮光雅という少年の事を理解していなかったらしい。まさか彼の死後何年も経ってから、当の彼本人から気付かされるとは思いもよらなかった。

〝それじゃあケイ、またね〟

「ええ、楽しみに待っているわ」

 姿こそ現さないが、鏡の中の何処かで聞いているかもしれない想い人に、ケイはそう囁いた。
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