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第一章
大丈夫
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「あのさぁ」
重い溜め息をついて、エーリクがうんざりとした声を上げた。
「口留めのつもりなら、別に気を遣わなくたっていいよ」
「え?」
頭の理解が追いつかなくて、困惑する。
呆然としているノアをどう思ったのか、エーリクは気まずそうに頭をかく。
「だから、身体のこと俺言わないから。安心して」
ノアは絶句した。
身体のことって、なんだ。どうして突然、エーリクがそんなことを言い出す?
思いもよらない発言に、口をぱくぱくと動かすが、言葉が出てこない。
「あれ、違った?まあでも、そういうことだから、もうお礼とかはいらないよ」
「ど、どうして」
「どうしても何も…。結構ややこしそうだから、正直、あんまり関わりたくないっていうか」
流石に言いづらいのか、エーリクはノアの目を見ずに言った。
聞きたいことはそんなことではなかった。
ノアの身体の秘密。誰にも見せてはいけないそれに、エーリクは気づいていたのだ。ならそれはいつだろう?裸を見られたはずはないと思うのに。
けれど関わりたくないというその一言で、そんな質問は吹き飛んでしまった。何を聞いたところで、どうしようもないと思ってしまったから。
「…そう。わかった」
「悪いな」
そう言ってエーリクは部屋を出て行った。ぽつんと一人残されて、急に部屋が暗くなったように感じる。
手の中にある箱をぎゅうと握りしめた。こんなもの。そう思い、手を振り上げる。
『…またいらないことをして』
突然耳の奥で声がした。
『みっともない身体だよ』
『まさか愛してもらえるとでも思った?』
『ばれたら嫌われちゃうんだから』
『誰のせいでこうなったと』
『調子に乗るから』
『私のことが嫌いなんでしょう』
放流のように、次から次へと頭の中を言葉が駆け抜けていく。それはいつか聞いた誰かの台詞だったかもしれないし、自分が自分に向けて言った言葉かもしれなかった。
こんなふうになることは、さほど珍しいことでもない。ふとした自己嫌悪と眠れない夜、きっかけなんてそんな些細なものだ。
それについて考えることに意味はない。気持ちの良いものではないことだけは確かだったが。
それでも聞きたくない言葉は聞かなければいいだけのことだ。
ノアは意味がないと知っていて、片方は箱を持ったままの手で、ぎゅうと耳を塞いだ。目を堅く閉じて、それをやり過ごす。
やり過ごしてさえすれば、いつか終わりが来ると知っている。
『…約束』
ほら、聞こえた。
目の前が晴れるような心地がした。そうノアには約束がある。鈴の音のような声で、真っ白な小指を絡めて。ノアは母さまと確かに約束したのだ。だから何があってもノアは平気だった。
身体のことがばれたのなら、きっとエーリクには嫌われてしまっただろうと思う。他人とは違う、醜い身体だ。生まれてからずっとノアを育ててくれたばあやでさえ眉を顰め、口を酸っぱくして隠すようにと言っていた。だからエーリクがノアを拒絶するのも、無理からぬことなのだ。
エーリクとは距離を置こう。ノアはそう決めた。今までも親しい間柄とは言い難かったが、部屋にも極力戻らないようにして、なるべく不快な思いをさせないようにしよう。それがきっとプレゼントなんかよりも、余程エーリクを喜ばせるに違いがなかった。
重い溜め息をついて、エーリクがうんざりとした声を上げた。
「口留めのつもりなら、別に気を遣わなくたっていいよ」
「え?」
頭の理解が追いつかなくて、困惑する。
呆然としているノアをどう思ったのか、エーリクは気まずそうに頭をかく。
「だから、身体のこと俺言わないから。安心して」
ノアは絶句した。
身体のことって、なんだ。どうして突然、エーリクがそんなことを言い出す?
思いもよらない発言に、口をぱくぱくと動かすが、言葉が出てこない。
「あれ、違った?まあでも、そういうことだから、もうお礼とかはいらないよ」
「ど、どうして」
「どうしても何も…。結構ややこしそうだから、正直、あんまり関わりたくないっていうか」
流石に言いづらいのか、エーリクはノアの目を見ずに言った。
聞きたいことはそんなことではなかった。
ノアの身体の秘密。誰にも見せてはいけないそれに、エーリクは気づいていたのだ。ならそれはいつだろう?裸を見られたはずはないと思うのに。
けれど関わりたくないというその一言で、そんな質問は吹き飛んでしまった。何を聞いたところで、どうしようもないと思ってしまったから。
「…そう。わかった」
「悪いな」
そう言ってエーリクは部屋を出て行った。ぽつんと一人残されて、急に部屋が暗くなったように感じる。
手の中にある箱をぎゅうと握りしめた。こんなもの。そう思い、手を振り上げる。
『…またいらないことをして』
突然耳の奥で声がした。
『みっともない身体だよ』
『まさか愛してもらえるとでも思った?』
『ばれたら嫌われちゃうんだから』
『誰のせいでこうなったと』
『調子に乗るから』
『私のことが嫌いなんでしょう』
放流のように、次から次へと頭の中を言葉が駆け抜けていく。それはいつか聞いた誰かの台詞だったかもしれないし、自分が自分に向けて言った言葉かもしれなかった。
こんなふうになることは、さほど珍しいことでもない。ふとした自己嫌悪と眠れない夜、きっかけなんてそんな些細なものだ。
それについて考えることに意味はない。気持ちの良いものではないことだけは確かだったが。
それでも聞きたくない言葉は聞かなければいいだけのことだ。
ノアは意味がないと知っていて、片方は箱を持ったままの手で、ぎゅうと耳を塞いだ。目を堅く閉じて、それをやり過ごす。
やり過ごしてさえすれば、いつか終わりが来ると知っている。
『…約束』
ほら、聞こえた。
目の前が晴れるような心地がした。そうノアには約束がある。鈴の音のような声で、真っ白な小指を絡めて。ノアは母さまと確かに約束したのだ。だから何があってもノアは平気だった。
身体のことがばれたのなら、きっとエーリクには嫌われてしまっただろうと思う。他人とは違う、醜い身体だ。生まれてからずっとノアを育ててくれたばあやでさえ眉を顰め、口を酸っぱくして隠すようにと言っていた。だからエーリクがノアを拒絶するのも、無理からぬことなのだ。
エーリクとは距離を置こう。ノアはそう決めた。今までも親しい間柄とは言い難かったが、部屋にも極力戻らないようにして、なるべく不快な思いをさせないようにしよう。それがきっとプレゼントなんかよりも、余程エーリクを喜ばせるに違いがなかった。
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