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第四十六話 シーサーペントに負けない漁船造り

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「さて、この辺で良いか」

 ジュリアンが足を止めたのは、街道から離れた何もない場所だった。

「結局、どんな船を造るんだ?」

 詳しい話を聞いていなかったカズキが、アーネストに尋ねる。

「デカくて頑丈で、俺が魔法を使わなくても済む船だ」
「・・・そうか」

 アーネストの返答はそれだけだった。
 代わりに、ジュリアンが楽しそうな顔で説明を始める。

「今回造るのは、マジックアイテムによる操作を前提とした、だ!」
「・・・漁船に戦闘力って必要なのか?」

 カズキの突っ込みを無視して、ジュリアンは続ける。そこにいつもの冷静な彼はいなかった。

「長さ五十メートル、幅は二十メートルにする予定だ。船首にはアダマンタイト製の衝角を付け、舷側には神話級の魔法を放つマジックアイテムを五つずつ搭載する!」
「勿論それだけじゃないわ。甲板には大型の海獣を解体する設備と、保存用の冷凍庫。後は、魚を生きたまま運べるように、大型の生け簀を二つ設置するわ。だから、定期的にリーザに戻るように。そうね、二か月に一回、決まった日に戻ってきなさい」
「お、おう」

 ジュリアンの後を続けたソフィアの言葉に、どもりながらアーネストが頷く。そこに拒否権はなかった。

「一つ目の生け簀に入れるのは、この近海で獲れない魚だけでいいわ。もう一つのほうは、自由に使っても構わないわよ」
「それは助かるぜ」

 生け簀は猫の為だと思っていたアーネストは、安堵の息を吐く。
 だが彼は気付いていなかった。新たな船が自分だけの物では無い事に。それを証明するように、ジュリアンの言葉が続く。

「これだけの大きさの船だから、今まで使っていた場所には置けないだろう。そこで、ランスリードの軍船が停泊しているスペースに繫留できるように手配しておく。他国の港にもその旨を通達しておくから、安心して漁に励むと良い」
「ありがてえ」
「・・・漁船じゃなくなってるし」

 嬉しそうなアーネストを見て、クリスが気の毒そうな顔で呟く。
 だが、漁をしていれば幸せなアーネストにとって、そんな事は些細な問題だった。
 それに、ジュリアンやソフィアも、アーネストを束縛しようと思っている訳ではない。
 ただ単に、世界中の海を股にかけて、所在を掴ませない彼の居場所を把握する為だけの措置だった。

「では分担を決めよう。カズキはオリハルコン製の船体の建造と、ミスリルの作成。アダマンタイト製の衝角を作ってくれ」
「分かった」
「え!? ダマスカス鋼って、魔法で作れるのか!?」

 クリスを無視して、ジュリアンは先を続けた。

「私と母上、アーネストは、マジックアイテムの作成を担当する」
「どうやって作るんだ?」

 古代魔法を使えないアーネストが疑問の声を上げた。
 そんなアーネストに、カズキが作り出した水晶を放り投げるジュリアン。
 反射的に受け取ったアーネストは、古代魔法を覚えてしまった。

「これって・・・」
「それが古代魔法だ。ミスリルに触れて魔法を発動すると、マジックアイテムを作成する事が出来る。お前の覚えた属性はなんだ?」
「水と風だ」
「では、その属性のマジックアイテムは任せる。私と母上で他を担当しよう」
「分かった。好きに造っていいのか?」
「お前の船だからな。必要だと思う機能を付けると良い。水と風以外の魔法で必要な物は、私達に相談してくれ」
「よっしゃ! 楽しくなってきたぜ!」
「「いいなぁ」」

 古代魔法を覚えた事に疑問を抱かず、無邪気に喜ぶアーネスト。
 そんな彼を見て、羨ましそうな表情をするラクトとマイネ。
 ランスリード王家の異常性については、最早驚かなくなっていた二人である。
 だが、そんな二人を驚愕させる男がここに一人いた。カズキである。

「さて、やるか」

 そんな軽い調子と共に地面に手を着くと、一瞬だけ大地が揺れる。
 皆がそれに気を取られていると、カズキの目の前には巨大な船が現れていた。

「こんな感じで良いのか?」
「「「「・・・・・・・・・・・」」」」

 呆然とする一同は、答える事も出来ずに船を見つめていた。

「・・・どうしたんだ?」

 反応がない事を不審に思って、何か間違えたのかと考え込むカズキ。
 沈黙がその場を支配した。

「「凄え!」」

 暫くしてから最初に言葉を発したのは、アーネストとカリムだった。

「カズキ! これが俺の新しい船になるんだな!?」
「ああ。こんな感じで良かったのか?」
「上出来だ! ちょっと船の中を確認してきてもいいか!?」
「ああ、気になった所があったら言ってくれ。今なら変更が利くから」
「にーちゃん! 俺も見てきていいか!?」
「いいぞ。アーネストと一緒に見てくると良い」
「「分かった!」」

 全く同じ反応をして、二人は船へと乗り込んでいった。
 そこに、正気を取り戻したジュリアンが声を掛けてくる。

「・・・今のは?」
「鉄を作る魔法だ。使えるだろ?」
「確かに使えるが、形を指定できる物なのか?」
「出来る。形をイメージして魔法を使えばな」
「ふむ、それは魔力で設計図を描くという事で合っているか?」
「おー、言われてみればそんな感じだな。さすがジュリアン、解り易い例えだ」

 カズキはいつも感覚的に魔法を使う為、いつしかジュリアンとソフィアはカズキの言葉を翻訳するようになった。
 その結果、二人の古代魔法への理解は急速に深まり、現代魔法の研究にも新たな光が当たり始めた。
 神話級と呼ばれている魔法を、現代魔法で再現したのもその成果の一つである。

「魔力で設計図を描く、ですか・・・」
「その発想はありませんでしたね。それがカズキさんの魔法制御力のヒントなのだとしたら・・・」
「試してみますか?」
「そうですね。もしかしたら、【レーヴァテイン】発動のきっかけになるかもしれませんし」
「そうと決まれば・・・。カズキ! 魔法の練習をしたいから【次元ハウス+ニャン】の中に入りたいんだけど!」

 了解の声が上がり、二人の前に次元ハウスへの入り口が現れる。最近は慣れた物で、何処に入り口があるのか分かるようになったのだ。

「フローネと母さんはどうする?」
「私は魔法の事は分からないし、お昼の用意でもしておくわ。そろそろ時間でしょ?」
「では、私も手伝います。猫ちゃん達の御飯も用意しないといけませんし」
「「「それは大事だな(ね)」」」

 最強の漁船作成班は頷いた。

「では、我々はマジックアイテムの作成に入るか。カズキ、ミスリルを用意してくれ」
「おう」

 先程と同じように地面に手を着くと、カズキは魔法を発動した。
 今度は揺れる事もなく、その場に大量の銀塊が姿を現す。

「・・・おい」

 一人その場に残っていたクリスが声を上げるが、見事に無視された。
 その間に、カズキが魔力を込めてミスリルを創っていく。

「これ位あれば足りるかな? 足りなければもっと創るけど」 
「良いんじゃない? それじゃあ手分けして魔法を込めましょう。カズキはアダマンタイト製の衝角を造ってくれる? それが終わったら、休憩してくれて構わないわ」
「分かりました」

 返答したカズキは、三度地面に手を着く。
 次の瞬間には、先端が禍々しく尖った、直径一メートル、長さ三メートル程の細長い物体が出現していた。

「・・・ダマスカス鋼だ」

 クリスが放心したように呟いた。
 それも無理はない。二十億円かけて一本の剣を造ろうとしているクリスにとって、目の前の光景は理不尽以外の何物でもなかったからだ。
 そんなクリスを放置して、ダマスカス鋼の衝角に魔力を込めるカズキ。
 出来上がったアダマンタイト製の衝角を見て満足そうに頷くと、船首水線下に魔法で取り付け、次元ハウスへと姿を消した。
 その場で灰になったクリスを放置して・・・。



 その日から三日掛けて、最強の漁船は完成した。
 ジュリアンとソフィア、途中から加わった(船の探検を終えた)アーネストは、憑かれたようにマジックアイテムを創り続け、二日目の夜に魔力切れで倒れた。
 そして翌日、三人が回復するのを待って、船体をオリハルコンへと変えた所で完成という事になったのである。
 そして一時間後、一行の姿は海上にあった。

「おおっ! こんだけデカい船を、本当に俺一人で操縦できるなんてな!」

 アーネストの歓喜の声が海上に響き渡る。

「ふむ、問題ないようだな」

 その隣にいたジュリアンも、満足そうな表情をしていた。

「すごいね、この船。一体どれくらいのマジックアイテムを使ってるの?」

 帆もないのに物凄い速さで沖へ向かっているのを見て、ラクトがカズキに疑問をぶつけた。

「さあ? 俺が担当したのは船体と衝角だけだからなぁ。詳しいことは、ジュリアン達に聞いた方がいいぞ」
「そうなの? じゃあカズキは二日間何もしてなかったんだ」
「ああ、暇だからフローネと母さんと一緒に、リーザの観光をしてた」
「カリム君は?」
「最初は一緒だった。二日目はクリスと釣りに行ってたみたいだな。全く釣れなかったみたいだけど」
「ふーん。シーサーペントの影響かなぁ?」
「多分な。それよりも気になっていたんだが、先輩がやけに上機嫌なのはどういうことだ?」

 マイネはこの船に乗り込む時から、やけにニコニコしていた。そんな表情をするマイネは、カズキの知る限り、美味しい物を食べている時だけである。

「やっぱ分かる?」
「ああ。魔力が上がった事と関係があるのか?」
「うーん、あると言えばあるかなぁ。まあすぐに分かるよ」
「そうか」

 もとから追及するつもりのないカズキは、そう言って素直に引き下がった。
 そこに、アーネストの上機嫌な声が聞こえてくる。

「よし、試運転は終わりだ! 野郎ども!シーサーペントを捕獲するぞ!」
「「「「おー!」」」

 その号令に反応したのは、アーネストと一緒に漁をしていたクリスと、ノリのいいカリム。そして、朝から上機嫌のマイネだった。
 反応があった事に気を良くしたアーネストは、更に船のスピードを上げる。

「野郎ども! 今からシーサーペントにぶちかます!しっかり摑まってろよぉ!」

 前方に巨大な影を発見したアーネストは、そう叫んで真正面から突撃した。
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