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第七章
6 それぞれの立場・姉
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日常が戻って来た。
光輝さんは仕事をして、わたしは学校の宿題をしている。
お昼はランチバイキングに出かけて、雰囲気を変えている。
栄養のある物を光輝さんに教わりながら、お皿に盛って、取り皿も取る。
お肉や卵焼きもしっかり食べるようになった。
一皿目は必ず光輝さんが、お皿をチェックする。
二皿目はフルーツやデザートを食べて、最近はアイスクリームも食べるようになった。
残念ながら、スイカの時期が過ぎたのか、スイカはバイキングに並ばなくなった。
その代わりに葡萄が並び始めた。葡萄も食べたことがなかったので、毎日、葡萄を食べるようになった。
体重は少しずつ元に戻りつつあるけれど、まだ元の体重には戻っていない。
けれど、適度なお昼寝と宿題をする日々を送っていると、体調はかなり良くなってきた。
学校が始まっても通学できそうなほどだ。
季節は巡り、9月に入った。あと半月で授業も始まる。
「美緒、パスポートを作っておいてくれるか?」
「はい」
食事の後のお茶を飲んでいると、光輝さんが思い出したように言った。
「急な出張の時に連れて行けないからね」
「お出かけするんですか?」
「するかもしれない。最近は出かけていなかったが、以前はいろんな国に出かけていた」
「分かりました。午後から出かけてきます」
「一人で行けるか?」
「大丈夫よ。最近は市役所でもできるみたいだし」
「まだ外は暑いから、無理だと思ったら帰ってくるんだよ」
「はい」
光輝さんはすごく心配性で、体の事ばかり気に掛けてくれる。
ゆっくりお昼休憩を取った光輝さんは、部屋に戻ると仕事部屋に入って行った。
午後からは会議があるそうだ。
わたしは、まずインターネットで必要な物を調べて、それを集めながら申請窓口に行こうと思った。
写真がいるようなので、綺麗にお化粧をするとポシェットを斜めがけにして、久しぶりに一人でお出かけをした。
ホテルの外に出ると、9月に入ったのに、日射しが強くて眩しいし想像以上に外は熱風が吹いていて暑い。
まだ体調が戻っていないのだろうかと思えるほど、体力を奪われていく。
なんとか地下鉄までやって来て、自動の写真撮影機に入って写真を撮った。
その後で市役所に行って、戸籍抄本をもらうと、パスポートの申し込みの場所に移動した。
どうせ作るのなら、10年でいいかと思って書類をもらって、書き込んでいく。
名前を書き込みながら、自分が円城寺家の人間だと改めて自覚する。
書類を提出すると、もう終わってしまった。
暑いので、市役所の中でペットボトルを買って、一服する。
椅子に座って、人の流れを見ていると、見覚えのある顔が現れた。
しかし、髪は以前よりかなり短いし、服装も男性のような半袖のシャツに細身のズボンを履いている。
見間違いかもしれないけれど、声をかけてみた。
「お姉ちゃん?」
わたしの声に、その人は振り向いた。
「美緒」
見間違いではなくて、懐かしさが込み上げてくる。
嫌いだったはずなのに、会えて嬉しい。
姉もパスポートの申し込みに来ていたようだ。
書類を提出するとわたしの隣に座った。
「元気だったか?」
「うん。お姉ちゃんは?」
「自由に暮らしているよ。すまなかったな。俺が家を出たから苦労したんじゃないか?」
姉は両親が逮捕されたことは知らないようだ。
わたしが受けた虐待も知らないのだろう。
光輝さんが手を回したのか、あまり報道はされなかったのだと教えてもらった事がある。
そのお陰で、周りから騒がれることもなかった。
「うん、両親に虐待を受けて、円城寺さんに助けてもらった」
「そうか?今はどこに住んでいるんだ?」
「お姉ちゃん、わたし、円城寺さんと結婚したの。籍も入れてもらって一緒に住んでいるの。いろんな事から守ってもらっているの」
姉はフンと鼻を鳴らした。
「男に媚びたのか?」
「媚びてはいないわ」
「ただで守る男などいるはずがない」
姉は辛辣だ。
愛されていると伝えたい。
「お姉ちゃん」
「あー、俺、性別変えたんだわ。今は男として過ごしている。名前も静美でなく静也に変えた。スマホを持っているか?」
「はい」
わたしはポシェットからスマホを取り出した。
姉はわたしの新しいスマホを見て、「やっと新しく買えたのか?」と微かに笑った。
「連絡先の交換はしておくよ。両親とは縁も切った。今は真竹も名乗ってはいない」
「そうなの?」
姉はわたしと連絡先の交換をして、ラインの交換もした。
姉の名字は五十嵐になっていた。恵と同じだ。
「本当に円城寺美緒になっているな。玉の輿だな?」
姉は面白そうな顔をした。
確かに玉の輿だ。
光輝さんは円城寺グループの総帥だから、お金も権力もある。
「これでも苦労はあるけれど、円城寺さんはとても優しくしてくれるから」
「そうか、良かったな」
「お姉ちゃんは……」
「お兄さんと呼んでくれ。俺は男として生きているんだ」
「ごめんなさい。お兄さん、今は幸せですか?」
姉は幸せそうに微笑んだ。
「ああ、幸せだよ」
「どこに住んでいるの?」
その時、
「静也、どこよ?」
聞き覚えのある声がした。
「あ、こっちだ」
姉は立ち上がると、笑顔で手を振った。
わたしは、その視線の先を見た。
「あ、恵」
「あ、美緒」
「恵は俺の彼女だよ。パートナーシップ制度で結婚した」
「……え、おめでとう」
「ありがとう」
恵は相変わらず黒のロリータ服を着て、ツインテールにしていて、そして頬を染めている。
姉は恵の肩を抱いている。
すごく大切にしているのだと、伝わってくる。
「静也、秘密にするって約束したのに」
恵は不満げに頬を膨らましたが、そんな姿も可愛らしい。
「こいつは気が弱くて、心配性なんだ。俺は自分の身を守るために堪えてきたが、美緒は、酷い虐待を受けてきた。助けると俺まで被害が及ぶから、見て見ぬ振りをしてきた。すごく卑怯だよな。でも、俺もあの家で生きて行くのに必死だった。命の危険を感じたときだけしか助けられなかったが、それが俺の精一杯だった」
「やっぱり助けてくれていたんだね?」
ポロポロと涙がこぼれてしまう。
心が悲鳴を上げているときに、確かに姉は助けてくれた。
言葉はなかったけれど、一見、助けるような素振りは見せずに救い出してくれた。
「泣き虫は変わってないようだね?」
「うん」
わたしはポシェットからハンカチを出して、涙を拭った。
「俺は男として、春には正式に就職する。システムエンジニアとして、既に仕事を始めている。男でも女でも実力があれば働ける仕事だ。両親とは縁を切ったが、困った事があれば、恵か俺に連絡して欲しい」
「うん」
姉は受付で名前を呼ばれて、受付に行った。
「美緒、驚いた?」
「恵、いつから付き合っていたの?」
「う~ん、高校生の頃からよ。最初はSNSで知り合ったのよ。静也を追いかけて上京してきたの。T大に入るつもりが落ちちゃって、それで美緒と同じ大学に通うようになったの。静也に妹がいるからって教えてもらって、美緒に近づいたの。仲良くなれて嬉しかった。静也は、毎朝、私の家で男性用の服に着替えて、帰るときは女性用の服に着替えていたの」
恵は姉の素顔を教えてくれた。
「静也は近々、性転換手術をするの。完全な男になりたいんですって。私は今の静也でも好きだけど」
恵はニコニコと笑った。姉が戻ってくると恵は立ち上がって、姉に抱きついていった。
恵からも姉からもお互いに好き合っているのが分かる。
わたしも立ち上がった。
「美緒、また痩せたな。体に気をつけろよ」
「うん」
姉と恵は手を振って帰って行った。
久しぶりに見る姉は、本物のような男性に見えた。
身長は165㎝くらいあるけれど、筋トレしているのか、以前より体格もしっかりしていた。
元が女だと言わなければ、男に見える。
自由を手に入れた姉は、清々しいほどかっこよく見えた。
学校が始まったら、恵に色々教わろうと思う。
光輝さんは仕事をして、わたしは学校の宿題をしている。
お昼はランチバイキングに出かけて、雰囲気を変えている。
栄養のある物を光輝さんに教わりながら、お皿に盛って、取り皿も取る。
お肉や卵焼きもしっかり食べるようになった。
一皿目は必ず光輝さんが、お皿をチェックする。
二皿目はフルーツやデザートを食べて、最近はアイスクリームも食べるようになった。
残念ながら、スイカの時期が過ぎたのか、スイカはバイキングに並ばなくなった。
その代わりに葡萄が並び始めた。葡萄も食べたことがなかったので、毎日、葡萄を食べるようになった。
体重は少しずつ元に戻りつつあるけれど、まだ元の体重には戻っていない。
けれど、適度なお昼寝と宿題をする日々を送っていると、体調はかなり良くなってきた。
学校が始まっても通学できそうなほどだ。
季節は巡り、9月に入った。あと半月で授業も始まる。
「美緒、パスポートを作っておいてくれるか?」
「はい」
食事の後のお茶を飲んでいると、光輝さんが思い出したように言った。
「急な出張の時に連れて行けないからね」
「お出かけするんですか?」
「するかもしれない。最近は出かけていなかったが、以前はいろんな国に出かけていた」
「分かりました。午後から出かけてきます」
「一人で行けるか?」
「大丈夫よ。最近は市役所でもできるみたいだし」
「まだ外は暑いから、無理だと思ったら帰ってくるんだよ」
「はい」
光輝さんはすごく心配性で、体の事ばかり気に掛けてくれる。
ゆっくりお昼休憩を取った光輝さんは、部屋に戻ると仕事部屋に入って行った。
午後からは会議があるそうだ。
わたしは、まずインターネットで必要な物を調べて、それを集めながら申請窓口に行こうと思った。
写真がいるようなので、綺麗にお化粧をするとポシェットを斜めがけにして、久しぶりに一人でお出かけをした。
ホテルの外に出ると、9月に入ったのに、日射しが強くて眩しいし想像以上に外は熱風が吹いていて暑い。
まだ体調が戻っていないのだろうかと思えるほど、体力を奪われていく。
なんとか地下鉄までやって来て、自動の写真撮影機に入って写真を撮った。
その後で市役所に行って、戸籍抄本をもらうと、パスポートの申し込みの場所に移動した。
どうせ作るのなら、10年でいいかと思って書類をもらって、書き込んでいく。
名前を書き込みながら、自分が円城寺家の人間だと改めて自覚する。
書類を提出すると、もう終わってしまった。
暑いので、市役所の中でペットボトルを買って、一服する。
椅子に座って、人の流れを見ていると、見覚えのある顔が現れた。
しかし、髪は以前よりかなり短いし、服装も男性のような半袖のシャツに細身のズボンを履いている。
見間違いかもしれないけれど、声をかけてみた。
「お姉ちゃん?」
わたしの声に、その人は振り向いた。
「美緒」
見間違いではなくて、懐かしさが込み上げてくる。
嫌いだったはずなのに、会えて嬉しい。
姉もパスポートの申し込みに来ていたようだ。
書類を提出するとわたしの隣に座った。
「元気だったか?」
「うん。お姉ちゃんは?」
「自由に暮らしているよ。すまなかったな。俺が家を出たから苦労したんじゃないか?」
姉は両親が逮捕されたことは知らないようだ。
わたしが受けた虐待も知らないのだろう。
光輝さんが手を回したのか、あまり報道はされなかったのだと教えてもらった事がある。
そのお陰で、周りから騒がれることもなかった。
「うん、両親に虐待を受けて、円城寺さんに助けてもらった」
「そうか?今はどこに住んでいるんだ?」
「お姉ちゃん、わたし、円城寺さんと結婚したの。籍も入れてもらって一緒に住んでいるの。いろんな事から守ってもらっているの」
姉はフンと鼻を鳴らした。
「男に媚びたのか?」
「媚びてはいないわ」
「ただで守る男などいるはずがない」
姉は辛辣だ。
愛されていると伝えたい。
「お姉ちゃん」
「あー、俺、性別変えたんだわ。今は男として過ごしている。名前も静美でなく静也に変えた。スマホを持っているか?」
「はい」
わたしはポシェットからスマホを取り出した。
姉はわたしの新しいスマホを見て、「やっと新しく買えたのか?」と微かに笑った。
「連絡先の交換はしておくよ。両親とは縁も切った。今は真竹も名乗ってはいない」
「そうなの?」
姉はわたしと連絡先の交換をして、ラインの交換もした。
姉の名字は五十嵐になっていた。恵と同じだ。
「本当に円城寺美緒になっているな。玉の輿だな?」
姉は面白そうな顔をした。
確かに玉の輿だ。
光輝さんは円城寺グループの総帥だから、お金も権力もある。
「これでも苦労はあるけれど、円城寺さんはとても優しくしてくれるから」
「そうか、良かったな」
「お姉ちゃんは……」
「お兄さんと呼んでくれ。俺は男として生きているんだ」
「ごめんなさい。お兄さん、今は幸せですか?」
姉は幸せそうに微笑んだ。
「ああ、幸せだよ」
「どこに住んでいるの?」
その時、
「静也、どこよ?」
聞き覚えのある声がした。
「あ、こっちだ」
姉は立ち上がると、笑顔で手を振った。
わたしは、その視線の先を見た。
「あ、恵」
「あ、美緒」
「恵は俺の彼女だよ。パートナーシップ制度で結婚した」
「……え、おめでとう」
「ありがとう」
恵は相変わらず黒のロリータ服を着て、ツインテールにしていて、そして頬を染めている。
姉は恵の肩を抱いている。
すごく大切にしているのだと、伝わってくる。
「静也、秘密にするって約束したのに」
恵は不満げに頬を膨らましたが、そんな姿も可愛らしい。
「こいつは気が弱くて、心配性なんだ。俺は自分の身を守るために堪えてきたが、美緒は、酷い虐待を受けてきた。助けると俺まで被害が及ぶから、見て見ぬ振りをしてきた。すごく卑怯だよな。でも、俺もあの家で生きて行くのに必死だった。命の危険を感じたときだけしか助けられなかったが、それが俺の精一杯だった」
「やっぱり助けてくれていたんだね?」
ポロポロと涙がこぼれてしまう。
心が悲鳴を上げているときに、確かに姉は助けてくれた。
言葉はなかったけれど、一見、助けるような素振りは見せずに救い出してくれた。
「泣き虫は変わってないようだね?」
「うん」
わたしはポシェットからハンカチを出して、涙を拭った。
「俺は男として、春には正式に就職する。システムエンジニアとして、既に仕事を始めている。男でも女でも実力があれば働ける仕事だ。両親とは縁を切ったが、困った事があれば、恵か俺に連絡して欲しい」
「うん」
姉は受付で名前を呼ばれて、受付に行った。
「美緒、驚いた?」
「恵、いつから付き合っていたの?」
「う~ん、高校生の頃からよ。最初はSNSで知り合ったのよ。静也を追いかけて上京してきたの。T大に入るつもりが落ちちゃって、それで美緒と同じ大学に通うようになったの。静也に妹がいるからって教えてもらって、美緒に近づいたの。仲良くなれて嬉しかった。静也は、毎朝、私の家で男性用の服に着替えて、帰るときは女性用の服に着替えていたの」
恵は姉の素顔を教えてくれた。
「静也は近々、性転換手術をするの。完全な男になりたいんですって。私は今の静也でも好きだけど」
恵はニコニコと笑った。姉が戻ってくると恵は立ち上がって、姉に抱きついていった。
恵からも姉からもお互いに好き合っているのが分かる。
わたしも立ち上がった。
「美緒、また痩せたな。体に気をつけろよ」
「うん」
姉と恵は手を振って帰って行った。
久しぶりに見る姉は、本物のような男性に見えた。
身長は165㎝くらいあるけれど、筋トレしているのか、以前より体格もしっかりしていた。
元が女だと言わなければ、男に見える。
自由を手に入れた姉は、清々しいほどかっこよく見えた。
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