《完結》愛されたいわたしは幸せになりたい

綾月百花   

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30   続く魚料理

「少し、早いですが、夕食の時間に致しましょう」


 帰宅後暫くしてから、宰相が部屋に迎えに来た。


「すまないが、入浴をしたいのだが」

「気づかずに、申し訳ございません」


 宰相は礼儀正しく、お辞儀をした。

 最敬礼と呼ばれるきっちり45度で、この宰相は礼儀の正しい宰相だと思えた。


「では、食事の後に、お風呂に案内を致します。お客様には東の国で有名な大浴場を準備しておりますが、なにぶん、食後は毎日、眠られておりますので、お疲れなのかと思っておりました」

「心配していただいていたようだ。さすがに汗臭くて、気分が悪い」

「そうですね。少し汗臭いですね。せっかくのできたての食事が冷めてしまいますので、お先にお食事をどうぞ」

「では、頼む」

「はい」

「ジュリアン、行くぞ」

「……」


 ジュリアンは帰宅の途中から機嫌が悪い。

 やはりルビーのネックレスが欲しかったようだ。

 ずっとルビーのネックレスの話をするので、「うるさい!」と初めて、怒鳴ったのだ。そうしたら、口を利かなくなった。

 目をうるうるさせて、今にも声を出して泣き出しそうになってしまった。

 だが、ここで甘い顔をすれば、またルビーのネックレスが欲しいと言い出す。

 我が儘すぎるのも困る。

 少しは金銭感覚という物を、じっくり考えさせる必要があると思うのだ。

 マリアナが国に産業を増やすべきだと、いろんな産業を広めているが、何事も最初から上手くいく物ではない。少しずつ成果を出してきた所だ。

 そのお陰で、国は潤ってきた。

 国益を出すことができるようになってきたのに、次から次へとお金を使っていたら、いつまで経ってもドゥオーモ王国は貧困な国のままだ。

 そうして考えると、マリアナは、宝の泉だ。

 僅か11歳で湧き水から川を造ることを思いつき、魚の養殖場まで作り、人々の飢えをなくした上に、輸出産業まで考えた。

 川魚は帝国にも売りに出している。

 川の氾濫を無くすために、僅か12歳でダムと堤防の設計図まで作り、それを完成させた経歴がある。まだ他にもいろいろあるのだ。

 次から次に、新しい産業を考えて、成功させている。

 国益を出しているのは、マリアナで、そのお金を浪費しているのはジュリアンなのだ。

 王妃に相応しいのは、どこから見てもマリアナではないか?

 俺はどこを見て、真実の愛などと世迷い言を言っていたのだろう。

 父上はマリアナとの結婚を勧めていた。

 母上は、マリアナを敵を見るような目で見ていた。

『第一夫人は愛さなくてもいい。第二夫人と真実の愛を温めればいい』と母上から教わった。

 母上は第一夫人であったが、父は母上を愛しているように見えなかった。

 父は執務が終わると、俺のことも放っておいて、離宮に住んでいた。

 朝食も夕食も俺は、母上と二人で食べていた。

 父上の真実の愛は第二夫人の元にあった。

 それが証拠に、第二夫人は俺と変わらぬ年齢の姫が生まれて、その次も姫が生まれた。そうして、俺が10歳の時に、とうとう第二王子が生まれた。

 さすがに動揺した。

 父上にとって、俺はいらない子ではないかと。

 だが、父は、俺を後継者にしようとしてくれている。

 それなのに、父上に逆らい、執務も公務もマリアナに押しつけ、可愛いだけの取り柄のジュリアンと結婚して、ひたすら浪費をしている。

 今日のジュリアンの姿を見て、俺は愚かなことをしてきたのだと、やっと気づけたのだ。

 もっとマリアナを大切にしなくてはならない。

 食事もろくに食べさせずに仕事をさせてきたので、マリアナは日に日に痩せていき、絶えず目の下に隈ができていた。

 あんな生活をさせていては、宝の泉は枯れてしまう。

 俺は帝国に来てよかったと今、思っている。

 マリアナの大切さを思い知ったのだ。

 彼女の頬を殴り、子を孕む腹を蹴った事を悔やんだ。

 謝ったら、許してくれるだろうか?

 これから、真面目に公務も執務もすると言ったら、信じてくれるだろうか?

 俺は変わりたい。

 こんな浪費女に執着していた自分が情けない。

 国の為に尽力してくれるマリアナの本当の夫になりたいと、本気で思ったのだ。

 国に戻ったら、ジュリアンと離婚してもいい。

 浪費女は王族に要らない。

 帝国での暮らしの間だけ、最後の時間を共に過ごして、国に戻ったら離縁の話をしよう。

 どちらの子が優秀か、考えるまでもない。

 マリアナも美しい。

 ただ激やせ過ぎて、不健康に見えるだけだ。

 そうさせたのは俺だから、国に戻ったら、きちんと食事を与えて、眠る時間も与えよう。そうすれば、出会った頃のマリアナに戻るだろう。

 可愛い笑顔をした、明るい女の子。

 おしゃべり好きで、俺の心を一瞬で鷲づかみにした女の子だった。

 母上が怖くて、きっと無口になったのだと、今なら分かる。

 もう一度、出会いからやり直したい。

 そんなことを考えながら部屋に案内された。

 扉を開けられると、高価な果物が飾られたテーブルに、二人分の料理が置かれていた。

 焼き魚……。

 後ろから歩いてきたジュリアンは、悲鳴を上げた。

 その口を、急いで手で塞いで、椅子に導かれる。

 メイドが果実酒をグラスに注いだ。


「どうぞ、ごゆっくり召し上がれ」


 宰相は礼儀正しくお辞儀をすると、部屋から出て行った。

 帝国に来て、こう連続で同じ料理が並ぶのは、何かの思惑があるのだろう。

 ジュリアンは魚が苦手なので、ジュリアンへの嫌がらせか、その嫌がらせに俺も含まれているのだろう。

 宿場町の一件を、帝国の皇帝陛下は知っているのだ。

 ジュリアンがマリアナを叩き、俺が殴り、蹴った事を。ジュリアンに至っては、腹の上で何度も跳ねたのだ。

 簡単に許せるわけはない。

 仕方なく、俺はジュリアンの魚をほぐし、「食べろ」と命令した。

 出された物は残さず食べて、皇帝陛下、クラクシオン皇太子の怒りを抑える努力をするしか、今はできることはなさそうだ。

 ジュリアンは果実酒で飲み込み、果実酒を飲み過ぎて、最後は椅子から落ちた。

 さすがの俺は、果実酒の度数が高いことに気づいて、適量だけいただいた。

 床に落ちたジュリアンを仕方なく、拾い、部屋に戻る。

 ジュリアンから、酸っぱい、汗臭い匂いがする。

 正直に言って、臭い。

 ジュリアンをベッドに転がすと、扉がノックされた。

 俺は扉を開けた。


「これは、第二夫人は眠ってしまわれましたか?」


 そこには宰相が立っていた。


「お風呂に案内致します」

「大浴場でなくて、普通の風呂でいい」

「そうでございますか、ですが折角ですので、どうぞ」


 お風呂の用意はされていたようだ。

 眠っていたら、そのまま放置されたのだろう。

 俺は大浴場に案内された。

 男女別の大浴場の中には誰もいなかった。


「どうぞ、ごゆっくり。お帰りの際は、お迎えに上がりましょうか?」

「いいや、部屋は覚えた。自分で戻れる」

「そうですか、ごゆっくりどうぞ」


 宰相はきっちり45度の角度で、お辞儀をすると去って行った。

 俺は脱衣所で服を脱ぐと、久しぶりに体を清潔にできた。

 頭と体を洗うと、シャワーで流した。

 湯船に入ろうかどうか迷い、止めておいた。

 酒を飲んだ後だ。それに、暑い季節なので、シャワーだけで十分だった。

 部屋に戻ると、眠る支度をして、ベッドではなくソファーに横になった。

 初めてジュリアンと距離を置いた。

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