桜の奇跡 ~赤い糸の絆~

綾月百花   

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桜の奇跡  ~赤い糸の絆~

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 内視鏡室である。細い管を口から挿入して、胃や十二指腸を管の先端についたカメラで観察したり処置をしたりする。
「穴はみっつ。かなり血管露出してますね」
 原の声は少年っぽい柔らかい声だ。彼の性格をそのまま現したような穏やかさがある。
「今のところ、外科的処置は必要なさそうだ」
 加納の声は低いが滑舌がいいので聞き取りやすい。患者を不安にさせない声だ。
 身に着けているのは、白のケーシーに長白衣を羽織っている。
「クリッピングとレピンで処置します」
「あいよ。絶飲食と点滴で三日後に再検査でいいんじゃないか?」
「主治医は加納先生でよろしいですか?」
「ああ、俺でいいよ」
「よろしくおねがいします」
「部屋は七階に準備させている」
「さすがに手馴れていらっしゃる」
 血だらけになった胃の中を、器用に内視鏡を操りながら、原が手早く処置していく。
「南君だっけ?七階から迎え呼んでくれるか?」
「わかりましたっ」
 センターのナースはとにかく明るい。元気いっぱいだ。見ていて気持ちいい。
「お疲れ様でした。カメラ抜きますからね。もう少し頑張ってください」
 患者が瞬きで返事をした。
「ベッドが高くなっていますので、まだ動かないでくださいね。南さん、ストレッチャーよろしく」
「はぁい」
 ベッドの横にストレッチャーが置かれた。
「一、二、三」
 内視鏡室のナースと三人で患者をストレッチャーに移すと、ちょうど七階の病棟からナースが降りてきた。
「入院になります。主治医は加納先生です。記録書きますので少し時間ください」
「わかりましたっ」
カーテンとブラインドが上げられ、眩しくて目を瞬かせる。電子カルテを引き寄せて、原は暗証番号を打ち込み、記載を始める。
 加納は窓辺に寄って、わずかに窓を開くと煙草を一本咥えて、ライターで火をつける。
「加納先生、禁煙したんじゃなかったんですか?」
「くちさみしくてね」
「院内禁煙ですよ」
「そうなんだけどね」
「そんなにタバコがおいしいですか?」
「おいしくはないよ。ただ、ふとくちさみしくなるんだ」
「なんですかそれ」
 タッチタイピングで素早く文字を打ち込んでいると、
「なあ、今日は日勤か?」
「そうですよ」
「待機でもないだろう?」
「夜勤、日勤だったから、明日は久しぶりの休みです」
 病院勤務とセンターの勤務は始業時間から違う。ヘリの出動時間に合わせて、朝の七時半から夕方の五時までが日勤帯だ。センターはとにかく忙しくて不規則だ。日勤夜勤。夜勤日勤。日勤遅番、遅番夜勤。その上ヘリ担当もつくという不規則な勤務体制を、救命救急医八人でローテンションして回している。労働基準法なにそれおいしいの?と言いたくなるような勤務状態だ。とにかく人手が足りない。病院に残っていれば、いつでも引っ張り出されて、時間の制限もないほどだ。
「それなら今夜、飲みにいかないか?」
「加納先生は、暇なんですか?」
「二人の時くらい少しは言葉崩せよ。晃平」
「名前なんて、恐れ多くてもう呼べないですよ。僕の指導医様ですからね」
「おまえが頼んできたから請け負っただけだ。もともと俺とおまえは幼馴染だろう。幼稚園から大学まで一緒に通って医師免許も一緒に取っただろう。血迷ったおまえがナースにならなきゃ、俺とおまえは同期の桜だ」
 窓の外には、桜並木。淡く白い桜の花とピンク色の八重の枝垂れ桜がいい塩梅に植わっている。満開の染井吉野に蕾の八重の枝垂れ桜だ。ちらちらと舞う花びらを見て、原の意識が急速に六年前に遡る。


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