桜の奇跡 ~赤い糸の絆~

綾月百花   

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桜の奇跡  ~赤い糸の絆~

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 ふと目が覚めたら見知らぬ部屋だった。
 十二畳ほどの部屋には寝心地のいいダブルベッドとベッドと同じ色のサイドテーブル。
 カーテンの色はアイボリーだ。
 身に着けているのはずいぶん大きなパジャマの上だけ。
 体は少し怠い。飲み過ぎたのか頭の芯がわずかに痛む。
 カーテンは遮光カーテンなのか部屋の中は薄暗い。
 カーテンの隙間から陽の光が差し込んでいる。日は高く上がっているのだろう。
 サイドテーブルの上の時計は十時だった。その時計の横にコーヒーメーカーが置かれ、コンビニのサンドイッチが二つとマグカップが置かれていた。その横にミルクが二つ。砂糖は置いてなかった。原がいつも入れないことを知っているからだろう。
『嗜好なんて簡単には変わらない』
 そう言った加納を思い出す。嗜好なんて変わってない。加納の言うとおりだ。
 加納は仕事に行ったのだろう。メモが一枚置いてあった。『ゆっくり眠っていけP・S・鍵は持っていろ』と、もうひとつマンションの暗証番号が懐かしい筆圧のある文字で綴られていた。メモの上に鍵が一つ。
「暗証番号、僕の生年月日じゃないか」
 自分から求めてしまったことは覚えていた。
 一度は自分から去った相手に、また手を伸ばしてしまった。
 二人は確かに幼馴染だ。
 ずっと一緒に歩んできた。
 二人で愛し合うようになったのは、高校一年の時だった。
 別れた理由は、加納の親に牽制をかけられた。理不尽なこともされた。『澄人には婚約者がいます。医者になったら結婚させます』写真を見せられ、その写真の人物と加納が会っているところを見たのだ。
悔しくて悲しくて絶望した。
 ナースとして就職した先に、彼が医師として赴任してきたときは驚いた。
 原は家族にも誰にも自分の新しい進路を教えなかった。
 就職先も当然教えていない。
 それなのに、彼は『追いかけてきた』と笑っていた。
 追いかけてきたという彼に、どうしても心を開くことはできなかった。
 一線を引いて、踏み込ませることはしなかった。
 そんな彼に、指導医をお願いした。
 ブランクのある前期研修生の指導医など、誰もがやりたくはないだろう。それなりに勉強はして挑んだものの、看護師と医師とでは、仕事内容がずいぶん違う。
 それでも、彼にしか頼めないと思ったのは確かだった。
 嫌な顔もせずに引き受けて、根気よく教えて一人前に育て上げてくれたのは、もともとの面倒見の良さと、幼馴染で親友だからに違いない。
 そんな彼にまた甘えてしまった。
『心が空っぽで寂しい』
 素面ではとても言葉にできない想いも、加納に教えてしまった。
 彼が今でも自分を想っていることを知りながら、心を埋めてほしくて彼を頼って抱かれた。
 恋愛感情がそこにあるのかないのかも分からずに。
 ベッドから降りてカーテンを開けると、高層マンションであることが分かった。
「病院近いんだ?」
 それほど遠くない場所に勤務先が見えた。
 窓を少し開けて、ベッドに座った。
 甘ったるい部屋の空気が入れ替わる。
 マグカップにコーヒーを淹れて、用意されたミルクも入れた。温かいコーヒーを飲みながら、用意してくれたサンドイッチを口に運ぶ。どうしてか涙が込み上げてくる。昔と変わらぬあたたかな優しさに、胸が痛くなる。
思っていた以上にお腹が空いていたのか、サンドイッチはすぐになくなってしまった。コーヒーをもう一杯飲んで寝室を出た。
 マンションの部屋を見て回った。
 部屋には女性の影は少しもない。
 キッチンでコーヒーメーカーを洗って、シンクも一緒に洗い上げてピカピカに磨き上げる。溜まっていた洗濯物を見つけて、それを洗い乾燥機にかけ、ダイニングのソファーの上に畳んでおいた。
 一晩面倒をみてもらったお礼のつもりだ。
 家の中の片づけをして掃除機までかけて部屋を出た。
 一緒に住んでいたころの原の役割だった家事を完璧にこなした。

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