五年越しのきみは

Sai

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ネタばらし

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「ねぇ。ほんとに新からだったの?」
「……うん」
 
 かれこれ一時間は車に乗っている。痺れを切らしたのか、ずっと黙っていた茜が俺に質問し続けた。
 
「どこなのかわかってるの?」
「わかってるよ。あと二十分ぐらいで着く」
 
 奏の携帯は位置情報がオンになっていないのか、正確な情報は割り出せなかった。が、新が送ってきたであろう写真から推測はできる。おそらくは埠頭ふとうのプレハブ。新は俺に最小限の情報だけを寄越した。
 
「あと二十分て……本当に新がいるの?」
「たぶんね。ちょっと黙っててもらっていい。これでも急いでるから」
「……、……」
 
 夜のアップダウンの激しい山道。アクセルを忙しなく踏み込む俺を見て、乗り心地の悪そうな助手席の茜が俺に向けていた体を仕方なく前へ向けた。
 
「良い知らせと悪い知らせ。どっちから聞きたい?」
「……あんたが黙れって言ったんじゃない」
「そう言えばなにも言ってなかったなと思って」
「……良い方から」
「……。俺の携帯取って」
 
 ロック解除の番号を伝え、写真を見てもらった。倉庫のような写真二枚と、縛られた腕の写真。
 
「……これ……」
「そう。それ、かなで
「ど、どういうこと」
「俺を脅してるってこと。でも奏は生きてる。それが良い知らせ」
「……なんで……」
「次は悪い知らせ。俺はお前を、奏がされたのと同じにするかもしれない」
「えっ?」
「それだけ、覚えといて」
「……」
 
 茜はまた俯いて黙った。足の上に置いた手の平を、ぎゅっと強く握りしめて。
 
 
 
 
 
 向こうにある灯台がチカ、チカ、と光っている。港に隣接されている工場からの音が時折ゴォゴォ鳴って、車からおりた俺達は仄暗くコンテナが並ぶ埠頭に立っていた。
 
「奏の携帯鳴らしてみようかな」
「……うん」
 
 プルル、と何度か音がした。暗闇の向こうの海を見つめる。その音が途中で途切れ、着いたか? と新の声がした。
 
「たぶん、ここで合ってると思うけど。五島工場でいいのかな」
『さすがだなぁ、お前。奥にプレハブが見えんだろ。そこに来い』
「……」
 
 プツ、と電話が切られる。携帯をジャケットのポケットに入れて、茜に、行こう、と声をかけた。
 
「……そんな顔するな。大丈夫だから」
「う、うん……」
 
 足早に歩く俺の後をついてくる。不安なのだろう。今にも泣き出してしまいそうな顔だった。
 
「俺が先に行く」
「……ん」
 
 言われたプレハブの前まで来て、重たい古びた扉を右側だけ横にスライドさせる。中は薄暗くて、埃っぽい。昔ここで何かの部品を作っていたのか、古い機械がたくさん置いてあってだいぶ月日の経った油のような臭いがした。
 
「よぉ」
 
 ふいに上から声がしてその方へと視線を動かした。そこは簡単な二階のような作りになっていて壁はなく柵があり、こちらからぼんやりとその姿が見える。時折灯台の灯りがパァ、と窓から差し込んで、そしてすぐに暗闇に戻った。
 
「奏。大丈夫」

 二人ともしゃがんでいるのか座っているのか、上半身だけしか見えない。俺が声をかけたけど奏の返事はなく、暗がりの中で項垂れているようにも見えた。
 
「ほら。兄ちゃん・・・・。来たぞ」
「……、……っ! ンンッ!」
 
 ガシ、と奏の髪を掴み上げ俺達の方を無理矢理向かせた。
 
「暴れんなって。ほら」
「にっ、兄ちゃん……来ないでって、言ったのに……!」
「……」
 
 タオルか何かを噛まされていたのかそれを外され、俺の姿を見た奏が声を震わせた。
 
「あぐっ」
 
 新が、また、ぐいと奏の髪を引き上げた。
 
「お前弟いたんだなぁ。知らなかったよ。水臭ぇなぁ」
 
 そのニヤリ顔が、仄暗い闇の中からでもわかる。
 
「俺がいない間茜とヤリまくったか? あー、そーいや同じ目に遭わせるって言ってなかったっけ? ほら」
「ううっ」
「新……」
 
 茜がいろんな感情で新の名を呼んだ。
 
「茜。俺の後ろに下がってろ。出て来るなよ」
「おいおい。もっとこっち来いよ。話したいことがたくさんあるから」
「……奏から手を離せ」
「はいはい」
 
 ぱ。と新が指を広げ、奏が前のめりに体勢を崩した。きょろ、と、辺りを見渡しても階段らしきものがない。いや、よく見ると昇降式の簡素な階段が上げられている。上からしか操作できないのかと、チラチラと周りに視線を向けた。
 
「……どうして」
「ん?」
「なんで裏切ったの」
「なんで? ははっ。そこのタヌキに聞いてみろ。そいつは最初から全部知ってたんだから」
「どういうこと? なんでなの……初めからって、なに?」
「……」
「ほらー、早く言えよ。茜も聞きたがってんだろ。もったいぶんなって」
「……」
「うぜぇな。早く言えって」
「……うっ!」
「奏!」
 
 シャッ、と新が持つ何かが奏の方へと動いた。銀色の小さなそれが、奏の首元を横に沿っていった。
 
「……っ。……、……」
「今度はもっと深く裂こうか?」
「……わかった」

 つう、と奏の首元から薄く血が垂れていった。じり、と地面の砂利の音がする。少しの間の静寂が、俺達を包んだ。
 
「何から……話せばいいか……」
「全部だよ。最初から。弟も聞きたいだろ。なぁ?」
「……兄ちゃん……」
 
 奏。
 
 やっぱり空港の中までお前を見送れば良かった。こんな目に遭わせてしまって、ごめん。
 
「……」
 
 奏の前で、話したくない。
 
「早くしろよ」

 ぎゅ、と後ろにいる茜が、言い渋る俺のジャケットの裾を握った。
 
「……ボスには、娘がいる」
「ああ、そうそう。そこからだな」
「名前は……確かひまり・・・と言ったか……日本人だ」
「……養子の子?」
「そう。ボス達の本当の子どもじゃない。でもボスは自分の子のように愛している」
「……」
 
 茜も奏も、固唾を飲んで俺が話すのを見ていた。
 
 俺は、ボスの子どもに会ったことはない。名前と個人情報を知っているだけ。ただ、それだけ。特別何かの愛情があるのかと言われたら何の興味もない。
 
 ただ、俺達の行く末を握っているのは間違いなく彼女だという事実があるだけ。
 
「その子は産まれてから一度もICU集中治療室から出たことがないらしい」
「……?」
「多臓器不全でね。今も病院の中さ」
「……その子に私達と何の関係があるの」
「俺達は皆、彼女のドナーなんだ」
「ドナー……」
「だから俺達は皆アジア系……なるべく彼女に合う・・ように。俺は腎臓、新は血液……って具合に、役割が与えられてる」
 
 俺がそれを知ったのは奏と暮らし始めて数年経ってからだった。初めは純粋な興味。俺が世話を任されていた子ども達はあの後どうなったんだろうという、興味からだった。その日俺達はボスの家に泊まりに行っていて、ボスが出掛けるからと言いその隙にボスの部屋のパソコンをあたった。
 
「それで……? その子達はどうなったの?」
「皆、彼女の体の一部になったみたいだった」
「……!」
「それで、もう次のドナーは決まっていて、それは奏だった。運悪くその時ボスが戻って来て……俺は泣いて懇願した。どうか奏だけは、って」
「……兄ちゃん……」
「はは。茜。驚いただろ? ボスがやってきたこと……こいつはボスとグルだったんだよ。俺達には弱者を助けるとかなんとか言っといて。なぁ? 今まで俺達がどんだけ危ない橋を渡ってきたか」
「……」
「お前子ども好きだったよな。産めない体だし尚更。どう思う? この子ども殺しのクソ野郎どものこと。孤児の俺達を引き取ったのも理由があって……全部、自分の私利私欲のためだったなんてなぁ。許せるかよ、茜」
「……」
 
 茜にも、もちろん言うつもりなどなかったのに。
 
「すげぇよな。今まで何食わぬ顔で俺達を騙してたんだから」
「……それでも俺は責められることはしてない。俺がしなければどの道この中の誰かがいなくなってた話だ。奏だけじゃなくて、お前も茜のドナーも探してボスに教えてたんだから」
「ふん。俺達を騙して片棒担がせてたのは変わりねえだろ」
「……確かにね。でもこの話をしたところでやめないけど。俺は」
「ははっ。鬼かよ、お前は」
「創……」
「茜。大事に思ってるのは、本当のことだから」
 
 そう。俺はここにいる誰もを大事にしていた。赤の他人をボスに差し出すことで、そうやって守って来た。茜はそんな俺に、複雑な表情をして見せた。
 
「……それで? 俺が黙ってたから、俺に騙されたから腹いせに奏を殺すのか?」
「そうだな……それもいいな」
「うっ……」
「前から兄貴気取りのお前が嫌いだったんだよなぁ。俺」
 
 新が奏の後ろに隠れ、そのナイフを首にあてた。
 
「……茜。ごめんな」
「えっ」
 
 ジャッ、と茜の背後に立つ。首元を腕で締め、苦悶の声が彼女から出てきた。
 
「……脅しか?」
「脅しじゃない。茜を同じ目に遭わせるって言っただろう」
「……」
「うぐっ……」
 
 ギリギリ……と腕の輪を小さくしていった。徐々に彼女の体が浮き、地面と接しているつま先が心許なく震えた。
 
「……チッ」
「ナイフを投げろ」
「……」
 
 ヒュッと音がしてカンッと落ち、俺達の前でカラカラと転がった。俺は腕の力を抜き、とたんに崩れ落ちてゲホゲホと咳き込む茜をそっと気遣った。が、バッと手を振り払われ、仕方なく俺は再び新の方へと向いた。
 
「俺を恨んでもいい。だけどボスのことは裏切れない。俺がやめたらここの誰かがいなくなるから」
「……なんとかならねぇのかよ」
「ならないね。ボスはものすごく慎重だし。腎臓だって肺だって二つあるけど、いつも二つともを移植する程だった。その子達の残り・・を売って、莫大な治療費にあててる。新が持ってった分も、その金だよ」
「……」
「バカなの……そんなことして……」
「……ボスが娘を想うように、俺がここの皆を想うように、お前が新を想ってるように……守りたいものが違うだけだ」
「……だからって……」
「……お前が俺の立場になればわかるさ」
「……っ」
「おい」
 
 ギギギ……と鉄製の階段が降りてくる。カン、カンと新がそれを下ってきた。
 
「……やめる気は、ねーんだな」
「ない」
「そーかよ」
「っ!」
「創!」
 
 ガツッ、と頬に鈍い痛みがした。口の中に鉄の味が広がる。どうやら切れたらしい。
 
「……二度と顔見せんな」
「茜をこれ以上泣かせないでくれよ」
「お前に言われたくねぇんだよ」
 
 ぐい、と新が茜の腕を引っ張った。茜が潤んだ瞳で俺を見る。その瞬間、俺は彼らとの今生の別れを悟った。一体、なにを伝えるべきだろう。

「茜……ごめん。でも新に会えるってのは、守ったから。これで帳消し」
「……ッ。バカ……」
 
 ぽん、と茜の頭を撫でる。ボスが俺達によくしていたその行動。俺が奏の元へ行くそのすれ違い様に、掠れた声で、ありがとう。と言われた。
 
「……元気でな」
「おい。キー寄越せ。お前らは歩いて帰れよ」
「……」
 
 なんて横暴な奴だと思いながらも、ポケットに入れてあったキーを新に投げた。
 
「じゃあな」
「ああ……ボスに見つかるなよ」
「ふん」
 
 ジャリジャリと二人分の足音が俺の背後から消えていった。俺は新が投げたナイフを手に取り、簡素な階段をゆっくりと上がった。
 
 奏……。
 
 奏はずっと黙ったままだった。憔悴しているのか、俯き、俺が近付いてもなんの反応もなかった。
 
「縄。切るよ」
「……」
 
 ギリギリ……と縛っている縄に刃をあてる。ぷつりとそれが切れて、奏の手がだらりと力無く落ちた。
 
「奏。大丈夫?」
「さわんな」
 
 奏は下を一点だけ見つめ、俺にそう言った。
 
「……ごめん。とりあえず、出よう」
「……」
 
 俺が立ち上がり奏の様子を伺うと、彼はただ茫然とそこに座り込んだままだった。
 
「奏。行こう」
 
 奏の肩にそっと指を触れた瞬間、さっきの茜のように俺の手を振り払った。
 
「……」
「一人で歩ける」
「……うん」
 
 カン、カン……と重い足取りの奏の後ろについて階段を下りた。奏の背中がこんなに寂しい。俺に兄ちゃんとあの笑顔を見せてくれていたのがあんなに遠くに感じた。
 
 どう言えば、良かったのだろう。どう言い回せば、お前を、皆を傷つけずに済んだのだろう。
 
 俺は、至極俺らしくない考えにどろどろと支配されていった。
 
 
 
 
 
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