やさしい魔法使いの起こしかた

青維月也

文字の大きさ
90 / 218
第二話 ギルド本部編

2ー49 ただいま

しおりを挟む
 城からの脱出は、最短距離が取られた。簡単に言うと、セツが直線に壁をぶち抜いて進んだのである。
 ロワメールとジュール、ダニエル以外は初見だったので、皆度肝を抜かれた。

「なんでわざわざ、魔者の言う通りに進まなきゃならないんだ?」
「仰る通りです……」
 マスターの近くに陣取るフレデリクが、端正な顔を引きつらせている。
 迷路のように張り巡らされた通路を、馬鹿正直に進んでいた自分達が恥ずかしい。

 無尽蔵とも思える魔力に支えられたマスターは規格外過ぎて、普通の魔法使いの常識が通用しなかった。
 時折正規の通路から魔獣が現れるも、先頭のセツ、しんがりのジスランが難なく倒していく。

 時間の感覚も方向感覚も狂いそうな城の中で、セツは迷わず一直線に進んだ。
 出口は、最初にセツが橋を作ったソウワ湖西南沿岸。
 脱出はもうすぐだった。



 ソウワ湖畔は無数の篝火によって昼と見まごう明るさだった。岸辺には天幕がいくつも張られ、その間を騎士や魔法使いが物々しく行き来している。
 未だ、王子も魔法使いも見つかっていなかった。

 雄大なるアカセ山脈に太陽が沈み、薄暮が世界を包み込む。昼間の熱気は足元に留まり続け、重苦しい空気が閉塞感を沈殿させていた。
 騎士隊長ヴェールは、手元に置かれた地図を睨みつける。
 騎士も魔法使いも総動員し、手当たり次第に周辺を捜索したが、おびただしい数のバツ印で地図が埋め尽くされただけだった。

 残るは目の前、ソウワ湖に浮かぶ黒城のみ。
 だが城の外壁は堅く、どんな道具を使おうと、二級魔法使いが束になってかかろうと、傷付けることすらできなかった。

 ヴェールは汗を拭うフリをし、チラリと横に座る側近筆頭を窺う。
 王子が攫われた直後もカイは取り乱しているようには見えなかった。しかし真夏の炎天下、休憩も交代もせず、壊れぬ城壁に延々とハンマーを振るい続ける姿は尋常ではなかった。
「ニュアージュ卿! 貴殿が倒れたら、誰がご帰還した殿下をお迎えするのですか!」
 見かねたヴェールが、無理矢理天幕に押し込んだのである。
 どんなに冷静を装おうと、カイもまた激しく動揺していたのだ。

 ヴェールの一喝で頭の冷えたカイは、それ以降王子の側近として十分以上の働きぶりを見せた。
 本来なら王子が騎士隊を動かし、現場の責任者であるマスターに協力するはずだったが、二人共に姿を消している。この非常事態において、カイは騎士隊と魔法使い、両陣営の指揮を執り、王子が唱えた協力体制を見事に実現させていた。
 けれど事態は一向に好転せず、消えた王子の手がかりすら掴めない。不気味な黒城だけが、威容を誇っていた。

 そんな中、待ちに待った一報が伝令の騎士からもたらされた。
「黒城に動きがありました!」
 その報告にカイは本部天幕を飛び出し、ヴェールも後に続く。

「ニュアージュ卿、これは……」
 セツの作った橋を渡り、黒城の前まで来たヴェールはゴクリと唾を飲み込んだ。

 中からドォン、ドォンと不気味な音が聞こえてくる。最初は小さく、しかし破壊音は徐々に大きくなっていく。
 ヴェールの額から、ツゥと冷たい汗が流れ落ちた。
 魔法使いならば良し。
 けれど、もし魔者ならば。

 退避か迎撃か、ヴェールは決断しかねたが、カイは迷わなかった。
「二級魔法使いを呼び寄せろ! 騎士は迎撃体制を取れ!」
 自らも腰の双剣を引き抜き、カイが号令をかける。

 ドン! ドオンッ! と破壊音と振動が近付いてくる。
 カイは先頭に立ち、壁が壊れるのを待ち構えた。一対一なら、例え魔族相手だろうが遅れを取るつもりはない。

「ロワ様を返してもらう!」 

 目前に迫った轟音に、緊張が高まった。
 いくら工具を振るおうとビクともしなかった城壁が、ドゴォン! という破壊音と共に一気に突き破られる。
 ガラガラッと音を上げ崩れる城壁に、もうもうと上がる土煙。
 抜刀した騎士達が息を潜め待ち受ける中、白い髪の魔法使いが仲間を引き連れて姿を表した。

 魔法使いの帰還だった。



 銀の髪は、宵闇の中でも見誤ることはない。闇夜を照らす明月のごとく、唯一の輝きをもってその存在を主張する。

「ロワ様! ご無事で……!」
 駆け寄るカイを、しかし王子はピシャリと遮った。
「カイ、怪我人の治療が最優先だ」

 短い命令に、カイはいくつもの言葉を飲み込んだ。激戦を物語り、魔法使いは傷だらけで、重傷者もいる。カイは近くの騎士に搬送を命じた。

 色違いの瞳は、側近には目もくれない。こんな時、彼の主はまごうことなき王子なのだと実感する。

 黒いローブに守られ黒城から生還した王子は、土の橋を渡り、大地に足をつけるとぐるりと周囲を見回した。
 騎士は剣を収め、魔法使いは魔法を解除し、王子を見つめる。
「皆、ご苦労! 今戻った! 行方不明の魔法使い五名全員無事救出、魔者も倒した! 死者なし! 我々の勝利だ!」

 ソウワ湖畔が歓声に包まれる。
 それは想定された中で、最良の結果だった。



 昼間はなにもなかった湖畔に天幕が立ち並び、その中では医師が負傷した魔法使いの治療を行っている。
 全てカイが手配したものだった。やはりこの側近筆頭は、文句なしに優秀だ。

「心配かけたね」
 半日で、カイはずいぶんやつれて見えた。
「お怪我は?」
「ないよ」
 いつも余裕綽々の側近筆頭のこれほど追い詰められた顔を、ロワメールは見たことがなかった。
 どれだけ心配し、どれだけ怖い思いをさせてしまったのだろう。

「ごめん……」
 ボスっと、カイの肩に額をうずめる。

「でも、約束はちゃんと守ったよ」
「当たり前です……」
 カイの声は消え入りそうだった。

 ーー私がおそばにいる時は、ロワ様は思うまま、お好きになさってください。なにがあろうと、私がお守りし、お助けします。
 ーーですが、私がおそばを離れている時は決して無茶をなさらないで、どうか御身をお守りください。約束してくださいますね?
 ーーうん。約束するよ、カイ。
 かつて交わしたその言葉は、今もかわらず、主従にとって一番大切な約束だった。

「おかえりなさい。ロワ様」
「うん。ただいま、カイ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

精霊が俺の事を気に入ってくれているらしく過剰に尽くしてくれる!が、周囲には精霊が見えず俺の評価はよろしくない

よっしぃ
ファンタジー
俺には僅かながら魔力がある。この世界で魔力を持った人は少ないからそれだけで貴重な存在のはずなんだが、俺の場合そうじゃないらしい。 魔力があっても普通の魔法が使えない俺。 そんな俺が唯一使える魔法・・・・そんなのねーよ! 因みに俺の周囲には何故か精霊が頻繁にやってくる。 任意の精霊を召還するのは実はスキルなんだが、召喚した精霊をその場に留め使役するには魔力が必要だが、俺にスキルはないぞ。 極稀にスキルを所持している冒険者がいるが、引く手あまたでウラヤマ! そうそう俺の総魔力量は少なく、精霊が俺の周囲で顕現化しても何かをさせる程の魔力がないから直ぐに姿が消えてしまう。 そんなある日転機が訪れる。 いつもの如く精霊が俺の魔力をねだって頂いちゃう訳だが、大抵俺はその場で気を失う。 昔ひょんな事から助けた精霊が俺の所に現れたんだが、この時俺はたまたまうつ伏せで倒れた。因みに顔面ダイブで鼻血が出たのは内緒だ。 そして当然ながら意識を失ったが、ふと目を覚ますと俺の周囲にはものすごい数の魔石やら素材があって驚いた。 精霊曰く御礼だってさ。 どうやら俺の魔力は非常に良いらしい。美味しいのか効果が高いのかは知らんが、精霊の好みらしい。 何故この日に限って精霊がずっと顕現化しているんだ? どうやら俺がうつ伏せで地面に倒れたのが良かったらしい。 俺と地脈と繋がって、魔力が無限増殖状態だったようだ。 そしてこれが俺が冒険者として活動する時のスタイルになっていくんだが、理解しがたい体勢での活動に周囲の理解は得られなかった。 そんなある日、1人の女性が俺とパーティーを組みたいとやってきた。 ついでに精霊に彼女が呪われているのが分かったので解呪しておいた。 そんなある日、俺は所属しているパーティーから追放されてしまった。 そりゃあ戦闘中だろうがお構いなしに地面に寝そべってしまうんだから、あいつは一体何をしているんだ!となってしまうのは仕方がないが、これでも貢献していたんだぜ? 何せそうしている間は精霊達が勝手に魔物を仕留め、素材を集めてくれるし、俺の身をしっかり守ってくれているんだが、精霊が視えないメンバーには俺がただ寝ているだけにしか見えないらしい。 因みにダンジョンのボス部屋に1人放り込まれたんだが、俺と先にパーティーを組んでいたエレンは俺を助けにボス部屋へ突入してくれた。 流石にダンジョン中層でも深層のボス部屋、2人ではなあ。 俺はダンジョンの真っただ中に追放された訳だが、くしくも追放直後に俺の何かが変化した。 因みに寝そべっていなくてはいけない理由は顔面と心臓、そして掌を地面にくっつける事で地脈と繋がるらしい。地脈って何だ?

犬の散歩中に異世界召喚されました

おばあ
ファンタジー
そろそろ定年後とか終活とか考えなきゃいけないというくらいの歳になって飼い犬と一緒に異世界とやらへ飛ばされました。 何勝手なことをしてくれてんだいと腹が立ちましたので好き勝手やらせてもらいます。 カミサマの許可はもらいました。

「犯人は追放!」無実の彼女は国に絶対に必要な能力者で“価値の高い女性”だった

佐藤 美奈
恋愛
セリーヌ・エレガント公爵令嬢とフレッド・ユーステルム王太子殿下は婚約成立を祝した。 その数週間後、ヴァレンティノ王立学園50周年の創立記念パーティー会場で、信じられない事態が起こった。 フレッド殿下がセリーヌ令嬢に婚約破棄を宣言した。様々な分野で活躍する著名な招待客たちは、激しい動揺と衝撃を受けてざわつき始めて、人々の目が一斉に注がれる。 フレッドの横にはステファニー男爵令嬢がいた。二人は恋人のような雰囲気を醸し出す。ステファニーは少し前に正式に聖女に選ばれた女性であった。 ステファニーの策略でセリーヌは罪を被せられてしまう。信じていた幼馴染のアランからも冷たい視線を向けられる。 セリーヌはいわれのない無実の罪で国を追放された。悔しくてたまりませんでした。だが彼女には秘められた能力があって、それは聖女の力をはるかに上回るものであった。 彼女はヴァレンティノ王国にとって絶対的に必要で貴重な女性でした。セリーヌがいなくなるとステファニーは聖女の力を失って、国は急速に衰退へと向かう事となる……。

巻き込まれた薬師の日常

白髭
ファンタジー
神に選ばれ、魔素の循環する界へと送り込まれたのは――現代の薬師。 剣も魔法も扱えない彼が憑依したのは、戦闘力ゼロの商人見習いの少年だった。 彼の武器は、知識と経験。商品を生み出し、人脈を築き、産業を広げていく。 「居場所を見つけたい」その願いが、やがて世界を変える力となる。 これは、一人の薬師が紡ぐ研究と開発、そして成長の物語。 【カクヨムでも掲載しています】 表紙は紹介文をもとに、ai【adobe firefly】で作成したものです。(参考程度に……)

「追放された雑用係の俺、《真理の鑑定眼》で隠れた天才を集めたら最強パーティになっていた」

きりざく
ファンタジー
ブラック企業で過労死した男は、異世界に転生し《真理の鑑定眼》を授かった。 それは人や物の“本当の価値”、隠された才能、そして未来の到達点までを見抜く能力だった。 雑用係として軽視され、ついには追放された主人公。 だが鑑定眼で見えたのは、落ちこぼれ扱いされていた者たちの“本物の才能”だった。 初見の方は第1話からどうぞ(ブックマークで続きが追いやすくなります)。 評価されなかった剣士、魔力制御に欠陥を抱えた魔法使い、使い道なしとされた職業―― 主人公は次々と隠れた逸材を見抜き、仲間に迎え入れていく。 やがて集ったのは、誰もが見逃していた“未来の最強候補”たち。 鑑定で真価を示し、結果で証明する成り上がりの冒険が始まる。 これは、見る目のなかった世界を置き去りに、 真の才能を集めて最強パーティへと成り上がる物語。

女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます

ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。 前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。 社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。 けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。 家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士―― 五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。 遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。 異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。 女性希少世界の社交界で、自分の幸せを選べるようになるまでの ほのぼの甘い逆ハーレム恋愛ファンタジー。

拝啓。私を追い出した皆様へ! 化け物と噂の辺境伯に嫁がされましたが噂と違い素敵な旦那様と幸せに暮らしています。

ハーフのクロエ
恋愛
 公爵家の長女のオリビアは実母が生きている時は公爵家令嬢として育ち、8歳の時、王命で王太子と婚約して12歳の時に母親が亡くなり、父親の再婚相手の愛人だった継母に使用人のように扱われていた。学園の卒業パーティーで婚約破棄され、連れ子の妹と王太子が婚約してオリビアは化け物と噂のある辺境伯に嫁がされる。噂と違い辺境伯は最強の武人で綺麗な方でオリビアは前世の日本人の記憶持ちで、その記憶と魔法を使い領地を発展させて幸せになる。

処理中です...