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三章『竜の慟哭と壁の町』編
第十六話「竜の息吹」-3
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ドラコの放った炎が消えるまでには、たっぷり数十分ほどの時間を要した。
あれだけの質量が燃焼したから当然と言えば当然なのだが、辺りには蛋白質の焼ける不快な匂いが漂っていた。それをリタの羽で吹き飛ばしてもらってから、僕たちはようやく、ひと心地吐くことができた。
「もう、大丈夫なのよね?」
リタが僕に聞いてくる。主語が欠けた問いかけだったが、僕にはその意図が過不足なく伝わっていた。
「ああ、大丈夫だ。もう澱んだ魂の気配は感じない。たぶん、完全に燃え尽きたと思う」
僕は、握り締めていたロザリオから手を離しつつ立ち上がる。
ドラコの炎は、その場に留まっていた澱みの全てを消し飛ばしたようだった。視で辺りを確認しても、あの不気味な魂の気配はどこにも感じない。
竜種の炎にこれだけの力があるとは。十二年前にドラコの親が命を落とし、屍竜と成り果てなければ、今回の戦いがここまで激化することもなかっただろう。
残った、僅かな消し炭の如き残骸。ラティーンはそれを見つめながら、何かを言いたげに視線を彷徨わせた。けれど、それを口にすることもないまま。
「……ガハハハ! ともあれ、だ。これで依頼は完了、ってことになるな!」
肩に担いだ槍を揺らしながら、豪快に笑う。彼もまた、歴戦の強者だ。僕なんかが心配する方がおこがましいだろう。
「完了、ってことは、これで【壁の街】の呪いは解けた……ってことになるのか?」
「うんにゃ、そうはいかねえよ。結局、街から澱みが垂れ流される限り、再びいつかは呪いの主が目覚めることになる。また、十二年の安寧が保たれる、そんだけだ」
「なるほどな……街に押し寄せてた魔物たちはどうなる?」
「そっちは、急速に力を失うだろうよ。それに、これ以上大きく数が増えることもねえ。街の設備で十分に迎撃しきれるんじゃねえか」
彼の答えを聞いて、僕は一つ息を吐く。
それなら、心配は無さそうだ。帰路も魔物たちと戦わなければいけない、なんてことになれば、今度こそ無事ではすまないだろう。
いや、厳密には今も無事ではない。リタは全身を傷めつけられていて、僕も両腕が潰れている。ラティーンとドラコは比較的軽傷だが、それでも、無傷というわけではない。
そこで僕は、なんとなく、ずっと抱えていた疑問を投げかけてみることにした。
「……というか、だ。そもそもトドメを刺せるのがドラコの炎だったのなら、道中の時間稼ぎは、お前たちじゃなくて僕らがやるべきだったんじゃないか?」
リタの戦力は疑うべくもない。
しかし、今回の戦いで重要なのは竜種の肉体を葬れるだけの火力だった。彼女が用いた『鉄の翼』や『操岩術式』は確かに強力だったが、竜鱗を穿てるほどではなかった。
それは、彼女自身も十分に把握していたようだったが――。
そんな風に思案する僕を他所に、ラティーンは再び笑い声を上げた。一方で、リタは気まずそうに視線を逸らす。
「ガハハハ! だってよ、リタ。依頼人様に言われちまってるぜ!」
「……うるさいわね、わかってるわよ」
僕は首を捻った。どうやら、リタに原因があるようだったが、それ以上はわからない。
よっぽど、訝る様子が顔に出ていたのだろうか。ラティーンがどこか、茶化すような口振りで続ける。
「いや、な。昨日の晩に頼まれたのさ。『あれを倒すのは【赤翼】の仕事、だから、ひとまず自分に戦らせてくれ』ってな」
「……ええ、そうよ。何か悪い? だってそもそも、あれを倒すっていうのが、依頼の内容だったじゃない」
「まあ、正確にはその手伝いをしてくれ、ってのが今回の依頼だったんだがなァ。別に、お前さんが一人で戦る必要は……」
「もう、いいじゃない。倒せたんだから、結果オーライ! それじゃ駄目なの?」
胸を張り、鼻を鳴らしながら開き直る彼女に、僕とラティーンは揃って溜息を吐いた。
確かに、結果だけ見れば今回の作戦は成功だろう。もしドラコたちを先に行かせていれば、僕らが到着する前に消耗してしまい、今回ほど手際良く戦えなかったかもしれない。
そういう意味では、上手いこと勝てるパターンを拾えた……と、言えないこともないのだろうが。
「と、まあ、こんな調子でな。まだまだ未熟な奴なんだ。お前さんにも、苦労をかけるな」
「……別に、苦労なんて。それに、あと二週間の付き合いだぜ、僕らは」
「おいおい、そりゃねえだろ」
肩を竦めつつ、ラティーンが僕に視線を向けてくる。それはどこか、肉親を慈しむような温かみを帯びたものだった。
あれだけの質量が燃焼したから当然と言えば当然なのだが、辺りには蛋白質の焼ける不快な匂いが漂っていた。それをリタの羽で吹き飛ばしてもらってから、僕たちはようやく、ひと心地吐くことができた。
「もう、大丈夫なのよね?」
リタが僕に聞いてくる。主語が欠けた問いかけだったが、僕にはその意図が過不足なく伝わっていた。
「ああ、大丈夫だ。もう澱んだ魂の気配は感じない。たぶん、完全に燃え尽きたと思う」
僕は、握り締めていたロザリオから手を離しつつ立ち上がる。
ドラコの炎は、その場に留まっていた澱みの全てを消し飛ばしたようだった。視で辺りを確認しても、あの不気味な魂の気配はどこにも感じない。
竜種の炎にこれだけの力があるとは。十二年前にドラコの親が命を落とし、屍竜と成り果てなければ、今回の戦いがここまで激化することもなかっただろう。
残った、僅かな消し炭の如き残骸。ラティーンはそれを見つめながら、何かを言いたげに視線を彷徨わせた。けれど、それを口にすることもないまま。
「……ガハハハ! ともあれ、だ。これで依頼は完了、ってことになるな!」
肩に担いだ槍を揺らしながら、豪快に笑う。彼もまた、歴戦の強者だ。僕なんかが心配する方がおこがましいだろう。
「完了、ってことは、これで【壁の街】の呪いは解けた……ってことになるのか?」
「うんにゃ、そうはいかねえよ。結局、街から澱みが垂れ流される限り、再びいつかは呪いの主が目覚めることになる。また、十二年の安寧が保たれる、そんだけだ」
「なるほどな……街に押し寄せてた魔物たちはどうなる?」
「そっちは、急速に力を失うだろうよ。それに、これ以上大きく数が増えることもねえ。街の設備で十分に迎撃しきれるんじゃねえか」
彼の答えを聞いて、僕は一つ息を吐く。
それなら、心配は無さそうだ。帰路も魔物たちと戦わなければいけない、なんてことになれば、今度こそ無事ではすまないだろう。
いや、厳密には今も無事ではない。リタは全身を傷めつけられていて、僕も両腕が潰れている。ラティーンとドラコは比較的軽傷だが、それでも、無傷というわけではない。
そこで僕は、なんとなく、ずっと抱えていた疑問を投げかけてみることにした。
「……というか、だ。そもそもトドメを刺せるのがドラコの炎だったのなら、道中の時間稼ぎは、お前たちじゃなくて僕らがやるべきだったんじゃないか?」
リタの戦力は疑うべくもない。
しかし、今回の戦いで重要なのは竜種の肉体を葬れるだけの火力だった。彼女が用いた『鉄の翼』や『操岩術式』は確かに強力だったが、竜鱗を穿てるほどではなかった。
それは、彼女自身も十分に把握していたようだったが――。
そんな風に思案する僕を他所に、ラティーンは再び笑い声を上げた。一方で、リタは気まずそうに視線を逸らす。
「ガハハハ! だってよ、リタ。依頼人様に言われちまってるぜ!」
「……うるさいわね、わかってるわよ」
僕は首を捻った。どうやら、リタに原因があるようだったが、それ以上はわからない。
よっぽど、訝る様子が顔に出ていたのだろうか。ラティーンがどこか、茶化すような口振りで続ける。
「いや、な。昨日の晩に頼まれたのさ。『あれを倒すのは【赤翼】の仕事、だから、ひとまず自分に戦らせてくれ』ってな」
「……ええ、そうよ。何か悪い? だってそもそも、あれを倒すっていうのが、依頼の内容だったじゃない」
「まあ、正確にはその手伝いをしてくれ、ってのが今回の依頼だったんだがなァ。別に、お前さんが一人で戦る必要は……」
「もう、いいじゃない。倒せたんだから、結果オーライ! それじゃ駄目なの?」
胸を張り、鼻を鳴らしながら開き直る彼女に、僕とラティーンは揃って溜息を吐いた。
確かに、結果だけ見れば今回の作戦は成功だろう。もしドラコたちを先に行かせていれば、僕らが到着する前に消耗してしまい、今回ほど手際良く戦えなかったかもしれない。
そういう意味では、上手いこと勝てるパターンを拾えた……と、言えないこともないのだろうが。
「と、まあ、こんな調子でな。まだまだ未熟な奴なんだ。お前さんにも、苦労をかけるな」
「……別に、苦労なんて。それに、あと二週間の付き合いだぜ、僕らは」
「おいおい、そりゃねえだろ」
肩を竦めつつ、ラティーンが僕に視線を向けてくる。それはどこか、肉親を慈しむような温かみを帯びたものだった。
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