赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―

文海マヤ

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三章『竜の慟哭と壁の町』編

第十六話「竜の息吹」-4

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「二週間の付き合い、そう割り切れてるんなら、お前さんはどうして――そんなにボロボロになるまで戦ったんだ?」

 ドキリとした。斜に構えようとしていた自分を、両手の痛みが引き戻す。
 理由は、いくらでもでっち上げられる。リタが死ぬと、自分の身の安全に差し支えるから。こんなところで死ぬわけにはいかなかったから。

 けれど、それら全てを超えるくらいの、強い理由があったのだ。あの時は確かに輪郭を感じたはずのそれは、今となっては強がりの飽和水溶液となって、ただ水音を響かせている。

「……うるさいな、理由なんてないさ」

 ただ必要だったから。
 今の僕に絞り出せた"言い訳"は、それが精一杯だった。それ以上を込めてしまえば、きっと僕と彼女の関係は変わってしまう。

 再び僕は、茨の道を進むことになってしまう。
 だから、これもまた、逃げるための答えだった。"それでいい"と言い聞かせるためだけの。

「そうかよ。なら、これはお節介になっちまうかもしれねえな」

 彼はそこで、声を潜めた。注意深く、僕にしか聞こえない程度まで絞った声量で、彼は続ける。

「……リタのルーツは、【燃える街インフェルノ】にある」

「【燃える街】? なんだって、そんな……」

「さあな、俺の古い知り合いが、初めてあいつを見つけたのがそこなんだって話だ。詳しくは知らねえが、覚えておいて損は無いだろう。お前さんが、リタのことを知りてえと望むのならな」


 【燃える街】。
 僕も多くは知らない。呪われた街の中でも、とびっきりの異常。【壁の街】の魔物たちが可愛く思えてしまうような、消えない炎に苛まれる街と聞いたことがある。

 そんな場所に、彼女のルーツがある――?
 そこまで進んだ思考は、ヒステリックな声に遮られる。

「あんたたち、男二人でいつまでコソコソやってるのよ!」

 リタが苛立たしげに、足をパタつかせながら叫ぶ。また、いつもの癇癪が始まったようだ。

 ただでさえ満身創痍なのだ。これ以上傷を負わされたらたまったもんじゃない。呆れ混じりに頭を掻いて、ゆっくりと歩き出す。

「おお、悪い悪い! なんでもないって――」

 僕はそう、適当に誤魔化しながら、彼女に歩み寄ろうとして――。


「――危ねえっ!」


 ――不意の衝撃に、体勢を崩した。

 背中を押され、揺らぐバランスと視界の中で、自分が突き飛ばされたことに気がつく。

 誰に? 言うまでもなく、すぐ側にいたラティーンにだ。派手に地面に倒れ込んだ僕は、悪態の一つでも吐こうと振り返り――。

「痛っ……おい、ラティーン。何するんだよ――」


 ――胸元を貫かれた竜騎士の姿を、目にすることになる。


「……なっ!?」

 思わず、言葉を失う。先の戦いでも潔癖を保っていた、歴戦の全身鎧。その隙間から侵入した武骨な刃が、彼の分厚い胸を貫通し、鎧のプレートを突き破るようにして、頭を出している。

「ラティーンっ!」

 悲鳴のように叫び、リタが駆け出すのが見えた。同時、刃が引き抜かれ、彼の巨体が投げ出される。
 僕は反射的に、それを受け止めにいった。ズシリと重い体は、脱力していることの証左だ。驚愕に見開かれた瞳は、数瞬の後に、痛みに歪んでいく。

 一体、何が。
 戸惑いを口にするよりも早く、リタが加速する。展開した翼は傷を感じさせぬ速度とキレを以て駆動する。

「――二人から離れなさい、『羽弾』っ!」

 僕らを避けるように、雨霰の羽弾が降り注ぐ。それをラティーンの背後にいた人影は、後ろに飛び退きつつ軽々と避けていく。

 頭を下げ、巻き込まれないようにと避けつつ、胸の傷を確かめる。鎧の隙間からしか状況はわからないが、止めどなく流れてくる血液が、決して軽い傷ではないことを伝えてくるだろう。

 リタが、僕らと人影の間に降り立つ。その辺りまで来てようやく、周囲を確認するだけの余裕が生まれた。

 ラティーンを刺した誰かと、もう一人。二人の男が、こちらを見つめていた。
 羽弾が命中した様子はない。悠然とした態度を崩さずに、彼らはぺこりと、巫山戯たような一礼を挟む。

 一体、誰が――憤りとともに睨みつけた僕は、それに気が付く。
 否、気が付いて、しまう。

「……お、お前、は……っ!」

 暗がりの向こう。侮るようにして立つ、細いシルエット。全身を黒いスータンに包んだその姿には、嫌と言うほど見覚えがある。

「やあ、随分と久しぶりだ。元気にしていたかな、お坊ちゃん」

 僕がその姿を忘れるわけがない。
 この目に焼き付いているのだから。

 この魂に、嫌と言うほど憎しみを刻み込んだのだから――。

「――リトラ、神父っ……!」

 食い縛るように、それだけを漏らすことができた僕の正面で。

 家族の敵――リトラ・カンバールが、嘲るように笑っていた。
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