赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―

文海マヤ

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四章『死別という病』編

第二十話「第一医療棟」-7

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 夜明けまでの時間を、僕は睡眠に費やすことにした。

 理由はいくつかあるものの、一番大きかったのは、リタとどう顔を合わせていいか分からなかった、というところだろう。

 変に空いてしまった距離を、今更詰めるような間柄でもない。けれど、頭の中に常に居座るその懸案から目を背けたかった僕は、とりあえず何もかもを棚上げして、眠ってしまうことにしたのだ。

 勿論、単に休息が必要だったというのもある。屍竜の討伐作戦から今まで休み無しで動いていた体には、これ以上の無理をさせられない。

 ともかく、エイヴァに頼んで、空いている病室のベッドを借りた僕が次に目を覚ましたとき、時刻は作戦開始の三十分ほど手前となっていた。

 相変わらず寝相の悪い僕は、ひとまずずり落ちかけていた体を起こして、身支度を整える。

 寝る前にシーナにかけてもらった治療魔術はよく馴染んでおり、爛れていた両手はだいぶ動くようになっていた。まだ、皮に突っ張るような感覚は残っているものの、動かすのには支障がない。

「……さて、とだ」

 僕は息を一つ吐いて、エントランスに向かう。少しだけ重い足取りは、彼女と顔を合わせることへの、ほんの少しの気まずさだ。

 懸案事項はいくつもある。けれど、一つ一つに突っかかっていられるような余裕はない。
 少なくとも今は、目の前のことに集中するべきなのだ。

 エントランスに着けば、既に役者は揃っていた。エイヴァとシーナ、そしてリタ。ダグラスは姿が見えない辺り、もう、僕と関わるつもりはないのだろう。

「お、来たか、少年」

 エイヴァが軽快に振り返る。眠る前と同じ白衣姿の彼女だったが、その下に、薬瓶を格納するホルスターのようなものがいくつも取り付けられたベルトをしているのが見えた。

 シーナも、肩から大きな鞄をかけている。どうやら、二人とも準備は万端のようだ。


「ああ、おはよう。僕が寝ている間に、変わったことは?」

「無いさ、奇妙なほどにね。もしかすると向こうも、戦力の拡充に努めているのかもしれん」

「……嫌な話だが、襲撃されて叩き起こされるよりマシか」


 戦力の拡充、と言えばサラッと流せてしまいそうだが、それは屍者を増やしているということだ。
 医療術師の二人からすれば、戦わされる仲間たちの死体が多くなるということになる――まったく、酷な話だ。

「……あのさ、何も連れて行くのはシーナじゃなくてもいいんじゃないか? ほら、他にも医療術師の人っているだろうし」

 僕の脳裏に過ったのは、地下道で見せた彼女の表情だった。
 悔やむような、悲しむような、驚くような。とにかく悲壮な感情を綯い交ぜにしたようなあの顔は、可能であればもう、見たくなかった。

 しかし、エイヴァは首を傾げる。


「どうしてだい? この子を連れて行くのが、一番仕事が早く済む。君たちも、友人を救いたいのだろう?」

「いや、まあ、そうなんだけどさ。ほら、第三医療棟の連中の成れの果てを見て、また傷付くといけないし……」

「そんなのは、皆同じだろう」エイヴァは呆れたように肩を竦める。「ここで働くものならば、皆、同じ痛みを負うことになる。この子だけが特別扱いされる理由は、ないと思うがね」


 窮した。
 確かにその通りだ。シーナが悲しむところを見たくないというのは、僕のエゴでしかない。

 顔見知りが悲しむのは嫌だが、大してよく知らない、他人同然の誰かが苦しむ分にはいいなんて。そんなこと、口に出したくもないというのに。


「……ジェイ様、私は大丈夫ですよ。もう、覚悟は決めましたから」

「……シーナ」


 弱々しく口にする彼女に、僕はそれ以上、何も言えなかった。

 その傍らで、リタが無言で僕を見つめていた。半端な僕を責めるように、何か言いたげな彼女は、それでも、むくれるようにして口を開かない。

 と、そんなやり取りをしていれば、建物の奥の方から足音が聞こえてきた。見やれば、歩いてきたのは、枯れ木のような細身のシルエット。

「さてさて、皆さま、おはようございます。そろそろご出立の時間ですかな」

 そう口にしながら現れた男――ダグラスは、革手袋をはめた右手に懐中時計を持ちながら、ゆったりと歩み出してきた。

 その装いは数時間前の入院着とは違い、見覚えのあるタキシードに変わっていた。髪も立派なオールバックに整っており、屋敷に仕えていた頃の姿を思わせた。


「クククッ、ずいぶんと気張った格好をしているね、ダグラス。そんなに決め込んでも、まだまだ退院の許可はやれないがね」

「ええ、構いませんとも。ただ、主のために戦う可能性があるのであれば、装いは正さねばなりますまい」

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