氷結の毒華は王弟公爵に囲われる

後日談

8

　ジーンがアシュリーを連れて家に入ると、アシュリーは我に返り、挨拶しなければならない相手が居る筈だと、ジーンに慌てて話し掛ける。


「あっ、あの、エヴァンス侯爵子息様。わたくし、部屋に行く前に、エヴァンス侯爵様とその奥方様にもご挨拶をしたいのですが……」

「アシュリー嬢、私の事はジーンと呼んで下さい。貴女は私の花嫁となるのだから。私の両親は、父の仕事の都合で不在中ですが、アシュリー嬢は花嫁修業として、ここ、エヴァンス家で預かります。勿論、両親にも承諾済みですよ。なので貴女はここで、私との生活に慣れて下さい。今日からここは、貴女の家でも有るのだから」


　アシュリーは自分の家でも有ると言われて、思わず感動しそうになったが、その前の、両親が不在中と言う事と、ジーンとの生活と言う言葉に、諸手を挙げては喜べない。

(こんな方との一緒の生活だなんて、心臓に悪過ぎる気がするのですが!!そもそも、契約や政略の結婚で妻になる相手を口説く必要は無いのでは?!わたくしは、あの幼馴染みの彼ですら、軽口程度で真剣になんて口説かれた事は有りませんのに！！！)

　それ所か、もっと周囲に愛想良くした方が良いだの、仕事なんて物は男のする事なんだから、君の父上に任せて、令嬢らしくすれば良いのにだの言われていたのだ。

(……何故でしょう。今になって、色々とムカついて来ましたわ。仕事も元々はあの父がちゃんとしないからやっていた事だし、周囲に愛想良くなんて、陰口を言っている相手にまで愛想を振り撒けとでも？そんな時間が有れば、本の一冊や二冊でも、読んでいる方がマシだわ)


「……アシュリー嬢、今、何を考えているのですか？」


　ジーンの声でアシュリーが我に返り、慌ててジーンに謝罪する。


「申し訳御座いません！エヴァンス侯爵子息……その……ジーン様が優しくして下さるのはどうしてだろうと思ってしまったのです。比べるなんて、とても失礼な事だと解ってはいるのですが、あまりにも対応が違うので、思わず嫌な事まで思い出してしまったのです」

「比較対象が有れば、比べるのは当然だと思いますよ。ただ、私は前の婚約者殿に負ける気も無ければ、貴女を他の男に譲る気も無いだけです。貴女の元婚約者で有る相手の男は調査資料でしか知りませんが、見る目の無い馬鹿な男だとしか思えませんね。貴女を手放した事が最大の落ち度だと、未だに気付いていないのだから。まぁ、そのお陰で私は貴女を手に入れる事が出来るのだから、ある意味感謝したいぐらいですが、貴女を傷付け悲しませた事にはそれ相応の仕返しが必要ですからね。報復は貴女の前で、きちんとさせて頂きますが、相手に同情して、実家に帰る等と言わないで下さいね？貴女に振られると、私の立場も有りませんから」


　最後の方は、ジーンが切な気な声でアシュリーに言うものだから、アシュリーは思わずキュンと胸を高鳴らせ、真っ赤な顔でワタワタと弁解する。


「もももも、勿論です！わたくしの帰る場所はここだけですわ！ですから、わたくしを追い出したりしないで下さいね?!」


　アシュリーの言葉に、ジーンは色気の漂う満足気な笑みを浮かべた。