初恋の終わり ~夢を叶えた彼と、居場所のない私~

あんこ

文字の大きさ
3 / 43

リシュリー②

しおりを挟む

 一週間後、私とイースは王都にいた。いつの間にか任務を終えていたらしい騎士様達が王都へ帰還するのにくっつくような形で、一週間かけて王都まで移動したのだ。

 こんなに長い距離を移動するのは、私もイースも生まれて初めてで緊張したけれど、騎士様達が一緒だったせいか、警戒していた盗賊や魔獣に襲われることもなく、思いの外安全な旅だった。


 あのイースと結ばれた日の翌朝、私は両親にイースに付いて王都に行きたい、と告げた。結果は予想通り、大反対。イースの両親も巻き込んで、四人がかりで説得された。

 それでも私達二人の意志は固い。私達が意見を曲げないと分かると、双方の親は渋々許可を出した。
 但し、冬に誕生日を迎えるまでは私は一応未成年なので、何かあったらきちんと両親に相談することを約束させられた。


「ねぇイース。王都に行ったらすぐに騎士になれるの?」

「んー、ダグラス様に聞いたら、一応簡単な入団試験と身元確認があるみたいだ。身元の方は村に滞在中に確認してるからダグラス様が保証してくれるっていうし、入団試験も今の俺の実力で充分合格ラインだって」

「そうなんだ。どうやったら騎士様になれるか、なんて知らなかったよ」


 イースはいつの間にか騎士隊の人達と随分仲良くなっていたみたいで、何人かの騎士様を名前で呼んでいた。

 王都に着いてすぐ、イースは入団試験を受けた。翌日、無事合格の報せが届いてほっとした。
 実はほんのちょっとだけ、騎士になれなかったらどうしよう、って思っていたことはイースには内緒だ。

 合格通知が届いた日の夜は、王都での新生活のお祝いも兼ねて、村にはまずない、ちょっとおしゃれなレストランに二人で入ってお祝いした。
 メニューに載っている料理は初めて見るものばかりで少し困ったけれど、イースとふたり、あれこれ予想しながら頼んだ料理はどれも美味しくて大満足だった。

 数日かけてイースの職場に比較的近い新居を探し、私達は二人での暮らしをスタートさせた。
 イースは王宮内の警備に充てられたらしい。本当はもっと剣の腕を磨ける場所がいいけれど、新人の下っ端だから仕方ないんだって。
 騎士団員は便宜上、入団した時点で全員が騎士爵を授与される決まりだ。俺もこれで貴族の仲間入りだぜ、なんてお道化て言うイースに噴き出しながら、これから始まるふたりの生活を夢見て、希望に溢れていた。


******


 イースが騎士として働きだしてから一ヵ月が経った。毎朝早起きして稽古するのは村にいる時と同じだけれど、変わったのは一緒に稽古する騎士の仲間がいるってこと。
 騎士達が積極的に訓練することは推奨されていて、騎士団に入っている者は二十四時間、いつでも王宮の訓練場を利用してもいいんだって。

 仕事自体は王宮の治安維持がメインで、普段の仕事中に剣を振る機会はそう多くないとかで、イースは朝だけでなく休み時間もなるべく訓練場に通っていると言っていた。


 大変そうだけど毎日楽しそうなイースのために、家事や炊事は私が担当している。初日はイースのために気合を入れてお弁当も作ったのだけれど、昼は食堂で無料で食べることが出来るのでいらないと言われてしまった。ちょっと残念な反面、一人で二人分の家事をこなすのは慣れるまでは大変だったから、少し助かってもいる。

 今は家賃や生活費を全てイースに支えられている。家事や炊事をしているといっても申し訳なくて、生活が落ち着いたら私も王都で働き口を見つけようと思っていた。

 けれど、現実は中々厳しくて、特筆した長所の無い成人前の私に、中々仕事は見つからなかった。

 この国では、子どもは七歳になると教会に行き、儀式に参加する。儀式に参加した子どもは皆、神様からスキルを授けられるのだ。スキルは必ずしも個人の希望が反映されるとは限らなくて、すっごく有用なスキルもあれば、何に使うの? っていうようなスキルもあるらしい。世間では、結局は運次第、って認識になっている。

 そう考えると、騎士になりたくて、《剣士》のスキルを引き当てたイースは凄い。
 噂でしか聞いたことはないけれど、《賢者》や《聖女》のような、とても珍しくて能力の高いスキルを貰う人も稀にいるらしい。そういう人はすぐに教会から国に連絡がいって保護されるのだそうだ。正直羨ましいって思ってしまうのは、仕方ないよね。


 七歳の私が与えられたスキルは《腐敗》。
 その名の通り、スキルを使うことで物を腐敗させることが出来る。
 ただ、それだけ。

 スキルの強度としてはかなり強い、と判定してくれた教会の人に教えられたけど、そんなの何の慰めにもならない。食べ物や品物を大事に保存したい人は沢山いるだろうけど、腐敗させたい人なんていない。ただゴミが増えるだけだ。

 ハズレスキルしか持たない私には、両親の手伝いでしていた畑仕事くらいしか出来ることが無い。
 それだって、力の弱い私は力仕事には不向きで、村で生活している時は両親の指示通りに水を撒いたり、いらない芽を摘んだりしていただけだ。

 村にいた時は自分が役立たずだなんて、感じたことはなかった。

 でも、王都に出て来て、自分はなんて無能なんだろうと、落ち込むことが増えた。

 イースは、無理して働かなくていいよ、って言ってくれている。自分のそばにいて、家のことをしてくれたら嬉しい、って。

 私はイースから、少し前に正式にプロポーズされている。勿論、ノーという選択肢はない。結婚出来るのかは成人している男女、と決まっているので、半年後の私の誕生日が来たら結婚することに決めた。

 そのことは手紙に書いて両親に送っていて、両親も祝福してくれた。本当は村に帰って直接報告すべきことだと思うけれど、王都に出てきたばかりの私達にそれは難しい。どちらの両親もそのことは分かってくれている。
 イースの両親には手紙で『帰省した時には晴れ姿を見せてね。次会う時は孫がいたりしてね』なんて言われちゃった。

 田舎の女性は、子どもを産み育てることが一番の仕事、みたいな面があるから、私の親もイースの親も、私が仕事をしないでイースのために家事をして毎日過ごしていることを、特におかしいとは思っていないようだった。

 元々、私が知っている大人の女性は村にいる女の人だけだったから、なんとなく日々焦燥感を募らせながらも、誕生日を迎えて結婚したら子どももその内出来るだろうし、今仕事を見つけてもすぐに辞めることになるかも、と思い、それ以上深く考えることはしなかった。
 それでも一応、週に一度は職業紹介所に行って求人を確認している。今の所、いい仕事は見つからない。

 難航する職探しとは逆に、幼馴染で気心のしれたイースとの生活は、びっくりする程順調だった。ハンカチをズボンのポケットに入れたまま洗濯に出した、とか、トイレットペーパーを補充しない、とか、些細なことで喧嘩になることはあったけれど、基本的には仲良しだ。

 毎日私の作るご飯を「美味しい」って食べてくれて、休みの日にはイースが同僚から聞いて来たデートスポットや近くの公園に、二人で手を繋いで出掛けた。

 でも、そんな日々は長くは続かなかった。
 少しずつ少しずつ、イースの気持ちが変わっていってしまっていることに、私は気付けなかった。
しおりを挟む
感想 197

あなたにおすすめの小説

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

幼馴染の王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 一度完結したのですが、続編を書くことにしました。読んでいただけると嬉しいです。 いつもありがとうございます。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...