初恋の終わり ~夢を叶えた彼と、居場所のない私~

あんこ

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リシュリー③

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 結婚して数か月経った頃ぐらいから、イースは夕食を済ませて帰ってくることが増えた。

 朝はギリギリまで寝ているのでバタバタしているし、昼は王宮で食べるから、ゆっくり時間が取れるのは夜だけだ。
 一緒に暮らし始めてから、夕食をゆっくり食べながら互いに今日一日にあったことを話すのが習慣になっていて、私はそれを楽しみにしていた。私の毎日は大きな変化が無く単調で、たまに近所のおばさまに聞いた噂話を話すくらいだけれど、イースの職場の話や村にいては絶対に出逢えないような他の人の話を聞くのは単純に面白かった。

 でも、イースと夜しかゆっくり時間が取れないのは他の人も一緒。
「友人や同僚との付き合いもあるからごめん」って、徐々に、イースは夜、外で誰かと食べてくることが増えてきた。

 寂しいけど、仕方ない。
 だって、イースの時間には限りがあるから。
 私だけにイースの時間全てを頂戴、なんて言えなかった。

 私はイースの彼女で、あと少ししたら妻になる予定だけれど、新しい環境で他の人間と関係を築くことだって大事だ。特に、騎士の仕事は周囲との信頼関係とか、連携が大事で、必要だって、それくらい私にも分かる。
 
 だから、今まで私に割いていたイースの時間を、ほんの少し、他の人に譲るだけ。
 私がイースと一緒に過ごして来た十五年間の絆は、そんなことではびくともしないって、信じていた。


 最初の頃は、帰って来ると、イースは凄く申し訳なさそうな顔をしていた。夕食は一緒に食べられなくても、二人で隣り合ってお茶を飲み、その日行ったお店の話や、食べた料理の話をしてくれた。
 たまに強請られて、イースがお店で食べたという料理の再現に挑戦したりもした。お店より美味しい! って言ってくれる時もあれば、二度目は無いかな、っていう出来の日もあったけれど、あれこれ試行錯誤した料理をイースが喜んでくれるのが嬉しい。

 外食の頻度が増えるにつれ、イースの帰宅時間が段々と遅くなってきた。
 以前なら翌日の勤務に響くといけないから、と避けていたお酒を、いつの間にか飲むようになったようで、明らかに酔っぱらって帰り、そのまま寝てしまうこともある。
 そんな日が何日か連続で続くと、流石に心配になってくる。もしかして、先輩の騎士に無理矢理飲まされているのかと思い聞いてみたけれど、帰ってきた答えは、自分の意思で飲んでいるから心配ない、だった。

 一緒に過ごす時間がどんどん減って行くことに不満に思うことがなかったわけではないけど、それを表に出すことはしなかった。どんなに酔っぱらってもきちんと家に帰ってきてくれたし、休みの日には今までみたいに二人で過ごせていたから。イースとの幸せな未来を疑ったことなんてなかった。

 今から思えば、この頃には既にイースの心変わりは始まりつつあったのだろう。
 この頃に互いの気持ちを曝け出し、話し合って、二人の間に生まれつつあった溝を埋めることが出来ていたら、私達の未来は違っていたかも知れない。



******



 秋が来て、冬になった。

 予定通り、私達は結婚した。結婚した、と言っても、教会の神父様の前で婚姻証明書に記入しただけ。
 普通はこれだけで婚姻が成立するのだけど、爵位のある人は更に王宮の貴族籍管理科に書類を提出しないと駄目なんだって。イースは爵位の中でも一番低い騎士爵で、それも騎士団を辞めたら返上しないといけないものだけど、爵位は爵位、ってことらしい。

「俺が仕事のついでに提出してくるよ」ってイースが言うから任せることにした。
どっちにしても、出入り商人でもない只の平民の私じゃ王宮に入れないしね。

 ウェディングドレスには憧れるけど、イースと話し合って結婚式は延期し、婚姻届を出すだけにすることにした。
 子どもの晴れ姿を見たいのはどこの親も同じだろう。村に帰った時に小さな結婚式を挙げよう、とイースが言って、私も頷いたのだ。
 両親には一人娘として大事に育ててもらって、これから親孝行だ、ってタイミングで王都に出てきてしまった。そうするべきだ、って私も思ったから。

 結婚式を挙げてないし、元々王都に出てきた時からふたりで住んでいるから、正直あまり結婚した実感はない。

 それでもその夜は久々にふたりで過ごして、小さなケーキを買って食べ、お酒も飲んだ。初めての時みたいに優しく抱かれ、イースの腕の中で、幸せな気分で眠りについた。
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