7 / 43
リシュリー⑥
しおりを挟むイースが無事、遠征から帰って来た。
戦神様のお陰か、目立った怪我は無い。一緒に行った騎士たちも全員、無事に帰って来れたらしい。
今度、戦神様の像がある教会へ、御礼に行ってみようかな。
遠征から帰ってきたばかりだと言うのに、帰って来た日の夕方、イースは再び出かけて行った。遠征は当初の予定通り、二週間で終わったけれど、報告書の提出とか支給されている剣や鎧の手入れその他諸々の仕事が残っているらしい。「先に寝てていいからね」って言われたけれど、そんなに遅くなるもの?
遠征中は休みが無かったから、遠征に行った騎士たちは明日から交代でお休みを取るんだって。
イースはまだ騎士になって日が浅いから、先輩騎士たちが休みの日を決めてから、それに合わせて他の下級騎士の人たちと調整してお休みを決めるって言っていた。
分かっていたことだけど、騎士の仕事って大変だ。イースがいつ帰ってきてもいいように、数日前から夕食はイースの好物ばかり用意していた。今日もそう。長時間煮込んだポークカレーは肉がホロホロで、我ながらいい出来だ。付け合わせのサラダもゆで卵とトマトを飾り切りして見た目にも楽しいし、デザートには特製のなめらかプリンも作った。
……折角、一緒に食べれると思ったのにな。
心を籠めて作った料理は、イースの口に入ることは無かった。
仕方ない、タイミングが悪かった。カレーは明日の朝温めなおせばいいし、またイースがいる時に作ればいい。
プリンは……私はなんだか食欲が湧かないし、ご近所のおばさまにでも差し入れしようかな。
おばさまの家は私たちの家の前の道を挟んで斜め向かいにある。
引っ越してきたばかりの時向こうから話しかけてくれて、それを切っ掛けに、街中であった際などに言葉を交わすようになった。おばさまは生粋の王都生まれ、王都育ちらしく、王都の情報に明るいから、色々とお世話になっている。
適当な籠に容器ごとプリンを詰め、家の外に出る。
いつものお世話になっている御礼、と言ってプリンを渡すと、おばさまはとても喜んでくれた。大工の旦那様が代の甘党なんだって。
折角外に出たので少し散歩して帰ろう。
家から少し離れた公園を目指して歩いていると、遠目に見覚えのある男性を見掛けた。イースの同僚の騎士だ。イースから紹介されたことは無いけれど、間違いない。
一度だけ、王宮の訓練場が一般開放されていた日に、騎士団の訓練をこっそり見に行ったことがあるのだ。
年に一度、一般開放の日だけは貴族も平民も関係なく、騎士様たちの訓練風景を囲いの外側から見学することが出来て、筋肉好きの若い女子や、騎士に憧れる幼い男の子なんかに大人気らしい。
私が行った時も、凄い混雑だった。イースが自分はまだ弱いから、私に見られるのは恥ずかしい、と言って私が行くことに消極的だったから、人垣の隙間から隠れるように見たんだ。
目の前の彼は、騎士服とは違う私服を着ているけれど、イースと剣を合わせた後、仲良さそうに肩を叩き合っていた人だ。私と同じ黒髪だから、なんとなく覚えていた。
その彼は見るからに酒に酔った様子で、気分良さそうに歩いている。気になってじっと見ていたら、流石騎士様というべきか、酔っぱらっているにも関わらず私の視線に気付くと近づいて来た。
どうしよう。ここで逃げたら変に思われるよね。
あたふたしている内に、彼が目の前にやって来てじっとこちらを見下ろしていた。
「何か俺に用かな、お嬢さん」
あ、これ、私子どもだと思われているわ、って、口調で分かった。確かに背は低いけど、立派に成人しているのになぁ。でも、ここでイースの妻です、って言い出すのもおかしいし、合わせた方がいいよね。
「い、いえ、あの、騎士様ですよね? 以前お見掛けしたことがあったので」
「おっ、キミ、俺のファン?」
「……ファ、ファンです!」
「そうかそうか、照れるな~。気持ちは嬉しいけど、後五年くらい経ったらまた来て欲しいかな。こんな時間にひとりは危ないよ」
(……つまり直訳すると、ガキには興味ねぇ、とっとと帰れ、ってことね。)
「あの、遠征に行かれていたのですよね」
「よく知ってるな。そうなんだよ、ちょうど今日帰ってきたばっか。久々にダチと飲んできたから、ご機嫌なのよ」
「……遠征の報告だったり、お仕事はいいのですか?」
「わぁー、お嬢ちゃん意外とスパルタ?! 私たちの税金で生きているんだから馬車馬のように働け、ってタイプ?」
「い、いえ、そんな風に思ったことは」
「俺らだって騎士である前に人間なの。報告書も上官も逃げない。明日でいんだよ明日で! 帰って来た日くらい休ませろよ~」
「ええ、その通りだと思います。お兄さんは間違ってません」
「お、分かってくれた? ってことで、ひとりが怖いなら家まで送るけど~」
「え?! いえ、大丈夫です! ひとりで帰れますのでっ。 お勤め、ご苦労様でした!」
「あ、おい!」
聞こえない振りをして、全速力で家まで走る。
変に思われたかな。酔っていたみたいだし、大丈夫だよね。
久々に走ったら息が上がって、玄関の扉に寄りかかりながらずるずるとしゃがみこむ。
「報告書、明日でもいいんじゃない……」
ねぇ、イース。その仕事は、本当に今日しなければいけない仕事なの?
それとも、仕事っていうのは嘘で、本当は違うところにいるの?
0
あなたにおすすめの小説
妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】少年の懺悔、少女の願い
干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。
そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい――
なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。
後悔しても、もう遅いのだ。
※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。
※長編のスピンオフですが、単体で読めます。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
幼馴染の王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
一度完結したのですが、続編を書くことにしました。読んでいただけると嬉しいです。
いつもありがとうございます。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる